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最終章 公開告白を許してください
2.私と心中する覚悟のある人はいないんですか
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火曜の朝は早く起きた。
軽くプレゼンの見直しをし、買ったスーツに着替える。
路さんに教えてもらったとおりに髪をセットして化粧をした。
「よし!」
絶対、今日はできる。
路さんも小泉さんも、滝島さんだって太鼓判を押してくれた。
頑張るぞ!
「おはようございます」
出社したら、周囲がどよめいた。
「伊深、お前……」
「それ以上はセクハラです、大石課長」
日高さんに牽制され、大石課長はそれ以上なにも言わずに口を噤んだ。
仕事中もチラチラと視線が向かう。
そんなに先週までの私と違う?
うん、自分でも違うと思うけど。
プレゼンは午後一なので、お昼ごはんを食べつつ滝島さんにLINEを入れた。
【いよいよです】
【緊張してきたー】
すぐに既読になってピコピコとメッセージが上がってくる。
【日曜にやったとおりにやれば大丈夫だ】
【落ち着いていけ】
頑張れと応援する眼鏡男子のスタンプが貼られ、ついくすっと笑いが漏れた。
【頑張ります!】
最後にまた、さっきと違うスタンプが貼られる。
うん、滝島さんが応援してくれているんだから、きっと大丈夫だ。
指定された会議室で準備をして待つ。
時間になってぞろぞろと上役の人たちが入ってきた。
最後に、仙道社長も。
ナイスミドルという言葉がぴったりな仙道社長は一見、優しげに見える。
けれどかなりのやり手だ。
彼の代になってから従業員は一桁増え、売り上げは二桁増えた。
心臓が口から飛び出るんじゃないかというくらい、激しくバウンドしている。
資料を掴む手は、カタカタと細かく震えていた。
……大丈夫、だから。
滝島さんの顔を思い浮かべ、一度すーっと深呼吸する。
うん、落ち着いた。
いける。
「本日はお時間をいただき、ありがとうございました。
では……」
おもむろに口を開いてはじめる。
大石課長をはじめ、上役たちの視線が痛い。
仙道社長はなにを考えているのか、ずっとにこにこ笑っているし。
でも、負けないんだから。
「……以上になります。
なにか質問などございますか」
水を打ったようにあたりがしん、と静まりかえる。
ぱら、ぱら、と資料を捲る音だけが響いた。
このままなにもなければいい、そう願ったものの。
「……はい」
期待を破るように、大石課長が手を上げた。
「このやり方だと個人の裁量に委ねる部分が大きすぎる。
もし、担当の不用意な発言で炎上した場合の対策などは練っているのか」
きた、想定どおりの質問だ。
これは日曜の模擬でやった。
落ち着いて返す。
「担当者は会社を背負っていることを常に意識し、その心構えで運用するとしかいえません。
しかしながらこの資料が示すように、いままでよりも大きな効果が望めるわけで」
「同じやり方で他社では炎上、運用永久停止になっているところもありますよね。
うちも同じにならないと言い切れるんですか」
他の上役からも手が上がる。
興味がないからきっと、調べたりしないだろうと少しだけ楽観視していた。
が、そんなわけないか。
あちらは潰そうと必死なんだし。
「確かに、その可能性はあります。
けれど……」
「なら、いままでどおりの申請制でいいんじゃないですかね?
現にそれでも、成果は出ているようですし」
ぱしぱしと違う上役が資料を叩く。
Twitter運用の有効性で、この間のバレンタインの実績を載せたのが裏目に出た。
「これにつきましては、もしもっと自由度が高ければさらなる成果が望めたとしかいいようがありません。
また、申請制では質問者への反応が遅くなり、機会を逃がしてしまう可能性も考えられます」
「でもさー、あんたと心中する気はないしなー」
ゲラゲラと下品な笑いが起き、ギリッ、と奥歯を強く噛みしめた。
悔しい、みんなの力を借りて頑張ったのに。
あちらは存続させる気がないから、全部否定すればいいだけで楽でいい。
「ならば。
……私と」
――心中する覚悟のある方はいないんですか。
「待ちなさい」
それまで黙っていた仙道社長の一言に、ピタッと音がすべて止まる。
「私は彼女と、心中する覚悟がある」
誰かがごくりと、つばを飲んだ音が妙に大きく響いた。
「しっかりとした、いかに彼女が、会社のことを一生懸命考えているかわかる、いいプレゼンだった。
それをなんだ?
君たちは馬鹿にして笑うだけで」
静かな仙道社長の声が、すーっと刃物になって頬を撫でる。
誰ひとり、カタリとも音を立てない。
「確かにこの問題は個人に賭けるしかないだろう。
私は、彼女に賭けていい。
そう思わせるプレゼンだった」
「……仙道、社長」
胸がじーんと熱くなり、出てきそうになった涙を慌てて拭う。
「今日は有意義な時間をありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございました」
立ち上がった仙道社長が会議室を出ていく。
上役たちはなにも言わない。
「……結果は追って、知らせる」
ぽつりと大石課長が呟いた声で場の空気が緩んだ。
三々五々に上役たちも会議室を出ていく。
誰もいなくなり、片付けを済ませて私も出た。
「……」
職場に戻ると大石課長はちらっとだけ私を見た。
彼が、他の上役がどんな結論を出そうとかまわない。
仙道社長のあの言葉がもらえただけで十分だ。
夜、滝島さんからメッセージが入ってきた。
【プレゼン、どうだった?】
【伊深のことだから大丈夫だったとは思うけど】
こうやって期待してくれているのに、つい頬が緩んでしまう。
【やはり先日の模擬と同じところを突かれました】
「それで……って、早い、早いって!」
【やっぱりか】
次の文章を打っている間に、どんどん滝島さんのメッセージが上がってくる。
【それでどうなったんだ?】
【お前に賭けてもらえたか】
「ちょっと待ってくださいよ」
できるだけ早く、次の文章を打ち込む。
【仙道社長が私と心中してもいい、って言ってくださって】
【嬉しかったです】
すぐに既読が付いていき、新しいメッセージが上がる。
【よかったな】
その一言が、胸の中でじん、と響く。
【これでどんな結果になっても後悔はありません】
【絶対に大丈夫に決まっているから、自信持っていい】
その自信はどこから?
なんて思うのはいつものこと。
でも、それに救われちゃうんだよな。
【はい、そうですね】
【いい知らせを待っていてください】
【期待して待ってる】
おやすみなんかのスタンプを送って会話は終了。
私のために尽くしてくれた滝島さんのためにも、いい結果になるといいな。
軽くプレゼンの見直しをし、買ったスーツに着替える。
路さんに教えてもらったとおりに髪をセットして化粧をした。
「よし!」
絶対、今日はできる。
路さんも小泉さんも、滝島さんだって太鼓判を押してくれた。
頑張るぞ!
「おはようございます」
出社したら、周囲がどよめいた。
「伊深、お前……」
「それ以上はセクハラです、大石課長」
日高さんに牽制され、大石課長はそれ以上なにも言わずに口を噤んだ。
仕事中もチラチラと視線が向かう。
そんなに先週までの私と違う?
うん、自分でも違うと思うけど。
プレゼンは午後一なので、お昼ごはんを食べつつ滝島さんにLINEを入れた。
【いよいよです】
【緊張してきたー】
すぐに既読になってピコピコとメッセージが上がってくる。
【日曜にやったとおりにやれば大丈夫だ】
【落ち着いていけ】
頑張れと応援する眼鏡男子のスタンプが貼られ、ついくすっと笑いが漏れた。
【頑張ります!】
最後にまた、さっきと違うスタンプが貼られる。
うん、滝島さんが応援してくれているんだから、きっと大丈夫だ。
指定された会議室で準備をして待つ。
時間になってぞろぞろと上役の人たちが入ってきた。
最後に、仙道社長も。
ナイスミドルという言葉がぴったりな仙道社長は一見、優しげに見える。
けれどかなりのやり手だ。
彼の代になってから従業員は一桁増え、売り上げは二桁増えた。
心臓が口から飛び出るんじゃないかというくらい、激しくバウンドしている。
資料を掴む手は、カタカタと細かく震えていた。
……大丈夫、だから。
滝島さんの顔を思い浮かべ、一度すーっと深呼吸する。
うん、落ち着いた。
いける。
「本日はお時間をいただき、ありがとうございました。
では……」
おもむろに口を開いてはじめる。
大石課長をはじめ、上役たちの視線が痛い。
仙道社長はなにを考えているのか、ずっとにこにこ笑っているし。
でも、負けないんだから。
「……以上になります。
なにか質問などございますか」
水を打ったようにあたりがしん、と静まりかえる。
ぱら、ぱら、と資料を捲る音だけが響いた。
このままなにもなければいい、そう願ったものの。
「……はい」
期待を破るように、大石課長が手を上げた。
「このやり方だと個人の裁量に委ねる部分が大きすぎる。
もし、担当の不用意な発言で炎上した場合の対策などは練っているのか」
きた、想定どおりの質問だ。
これは日曜の模擬でやった。
落ち着いて返す。
「担当者は会社を背負っていることを常に意識し、その心構えで運用するとしかいえません。
しかしながらこの資料が示すように、いままでよりも大きな効果が望めるわけで」
「同じやり方で他社では炎上、運用永久停止になっているところもありますよね。
うちも同じにならないと言い切れるんですか」
他の上役からも手が上がる。
興味がないからきっと、調べたりしないだろうと少しだけ楽観視していた。
が、そんなわけないか。
あちらは潰そうと必死なんだし。
「確かに、その可能性はあります。
けれど……」
「なら、いままでどおりの申請制でいいんじゃないですかね?
現にそれでも、成果は出ているようですし」
ぱしぱしと違う上役が資料を叩く。
Twitter運用の有効性で、この間のバレンタインの実績を載せたのが裏目に出た。
「これにつきましては、もしもっと自由度が高ければさらなる成果が望めたとしかいいようがありません。
また、申請制では質問者への反応が遅くなり、機会を逃がしてしまう可能性も考えられます」
「でもさー、あんたと心中する気はないしなー」
ゲラゲラと下品な笑いが起き、ギリッ、と奥歯を強く噛みしめた。
悔しい、みんなの力を借りて頑張ったのに。
あちらは存続させる気がないから、全部否定すればいいだけで楽でいい。
「ならば。
……私と」
――心中する覚悟のある方はいないんですか。
「待ちなさい」
それまで黙っていた仙道社長の一言に、ピタッと音がすべて止まる。
「私は彼女と、心中する覚悟がある」
誰かがごくりと、つばを飲んだ音が妙に大きく響いた。
「しっかりとした、いかに彼女が、会社のことを一生懸命考えているかわかる、いいプレゼンだった。
それをなんだ?
君たちは馬鹿にして笑うだけで」
静かな仙道社長の声が、すーっと刃物になって頬を撫でる。
誰ひとり、カタリとも音を立てない。
「確かにこの問題は個人に賭けるしかないだろう。
私は、彼女に賭けていい。
そう思わせるプレゼンだった」
「……仙道、社長」
胸がじーんと熱くなり、出てきそうになった涙を慌てて拭う。
「今日は有意義な時間をありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございました」
立ち上がった仙道社長が会議室を出ていく。
上役たちはなにも言わない。
「……結果は追って、知らせる」
ぽつりと大石課長が呟いた声で場の空気が緩んだ。
三々五々に上役たちも会議室を出ていく。
誰もいなくなり、片付けを済ませて私も出た。
「……」
職場に戻ると大石課長はちらっとだけ私を見た。
彼が、他の上役がどんな結論を出そうとかまわない。
仙道社長のあの言葉がもらえただけで十分だ。
夜、滝島さんからメッセージが入ってきた。
【プレゼン、どうだった?】
【伊深のことだから大丈夫だったとは思うけど】
こうやって期待してくれているのに、つい頬が緩んでしまう。
【やはり先日の模擬と同じところを突かれました】
「それで……って、早い、早いって!」
【やっぱりか】
次の文章を打っている間に、どんどん滝島さんのメッセージが上がってくる。
【それでどうなったんだ?】
【お前に賭けてもらえたか】
「ちょっと待ってくださいよ」
できるだけ早く、次の文章を打ち込む。
【仙道社長が私と心中してもいい、って言ってくださって】
【嬉しかったです】
すぐに既読が付いていき、新しいメッセージが上がる。
【よかったな】
その一言が、胸の中でじん、と響く。
【これでどんな結果になっても後悔はありません】
【絶対に大丈夫に決まっているから、自信持っていい】
その自信はどこから?
なんて思うのはいつものこと。
でも、それに救われちゃうんだよな。
【はい、そうですね】
【いい知らせを待っていてください】
【期待して待ってる】
おやすみなんかのスタンプを送って会話は終了。
私のために尽くしてくれた滝島さんのためにも、いい結果になるといいな。
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