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霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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最終章 公開告白を許してください

1.私の叶えたい恋はこれじゃない

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振替休日の月曜、滝島さんの家から帰って携帯を確認したら、英人からLINEが入っていた。

【死にそう、助けて】

【茉理乃しか頼る相手がいないんだ】

【お願いだ、助けてくれ】

調子がいいと思う。
そもそも、私と別れたのは新しい女ができたからじゃないんだろうか。
なら、その人を呼べばいい。

「誰が行くもんか」

そう言いつつも土曜の、英人の姿があたまから離れない。
あんな弱った姿、いままで見たことがなかった。
それに彼は病院嫌いだから、行けと言ったのに行っていないのかも。

「ああっ、もう!」

本当は昨日の予行練習で問題のわかった箇所を詰めたい。
けれどこれで本当に死なれたら寝覚めが悪いし。
仕方なく私はマスクの重装備で英人の家へ向かった。

英人のマンションには上がったことがないが、場所は知っている。
たまにタクシーで帰るとき、必ず英人の家が先だったから。

――ピーンポーン。

インターホンを鳴らすが返答はない。
本当に倒れている?

「英人?
英人!」

呼びかけ、ドアを叩いてみてもなお、反応はない。

「えっ、ちょっと!」

迷って捻ったドアノブは簡単に回った。
不用心、だけどいまは助かる。

「英人?」

勝手に上がった部屋の中は散らかっていた。

「ちょっと英人!?」

「……ま、まり、の……」

ベッドの中から弱々しく声がする。
英人はハアハアと荒い息でつらそうに横たわっていた。

「病院行ったの?」

ふる、ふる、と力なく英人があたまを振る。
思ったとおりだ。

「病院、行くよ」

また、ふる、ふる、と首を振る。
かまわずにタクシーを呼び、散らばった服の中から厚手のコートを引っ張りだした。

「財布は……」

テーブルの上にそれは放り出されていて、すぐに見つかった。

「悪いけど、中を見るよ」

開けた財布の中に保険証を見つけてほっとした。
ついでにお金を確認したが、お札は千円札が二枚しか入っていない。

「仕方ない、か」

ベッドから起こし、コートを着せる。
持ってきたマスクをさせ、嫌だったが巻いてきたマフラーでぐるぐる巻きにした。
まるっきりこの間の滝島と同じ行動に、こんなときなのにくすりと小さく笑いが漏れた。

「ほら、歩いて」

私のより背の高い彼を支え、階段を下りるのには難儀した。
危なっかしく階段を下りてくる私たちに、待っていたタクシーの運転手が手を貸してくれたほどだ。

「――円です」

「これで。
おつりはいいのでコーヒーでも買ってください。
先ほどのお礼です。
ありがとうございました」

私の財布からお札を出し、運転手に渡して下りた。
受付を済ませると当然、隔離された。
きっとインフルだとは思うが、いまうつされると困る。
一度かかっても型が違うとまたかかるというし。

結局、検査の結果、見事に陽性。
しかしながら私がかかったのと同じA型で、少しだけ安心した。

「とにかく薬飲んでおとなしく寝てて」

英人の部屋に連れて帰り、ベッドに寝かせる。
彼はずっと、訊ねられたこと以外、口を開かない。
きっとそれだけ、つらいんだと思うけど。

足りないものを一度、買いに出ようとしたら英人から呼び止められた。

「……か、帰るのか」

傍にいて看病しろとか命令されるのはまっぴらごめん、だが。

「そ、傍にいてくれ。
お願いだ、ひとりにしないでくれ……」

半泣きで英人がそんなことを言うなんて私の想定の中にはない。
これってなにかの前触れ?
でも、いつも威張っている彼のそんな姿が、気の毒だった。

「ちょっと買い物行ってくるだけだから。
すぐに戻ってくる。
おとなしく寝ててね」

「うん、うん」

ぐずぐず泣いている英人は、子供みたいでちょっと可愛い。

近所のスーパーでいろいろ買い込んで戻る。

「ただいま」

「まりの、まりの」

帰ったら英人はまだ、ぐずぐず泣いていた。

「淋しかったのかなー?」

うん、うん、と英人が小さく頷く。

「傍にいてあげるから、いまは寝ようねー」

ちょっとだけ抱き締めて後ろあたまをぽんぽんしてあげて、またベッドに寝かせて額に冷却シートを貼る。

「泣かないでいいから。
ほら」

あやすように布団を叩いてあげたら、そのうち英人は眠ってしまった。

「……寝た」

この間に帰ってしまってもいいが、起きたらまた泣いて呼びだされそうだ。
それは面倒だし、それに。

「なんか変な性癖に目覚めそう……」

弱り切った英人にそれじゃなくても調子が狂うのに、さらに幼児化。
熱のせいだとわかっているが、新たな扉を開いてしまいそうで、怖い。

「とりあえず、と」

しばらく食べるものを作っておいてやろうとキッチンへ向かいかけ、洗面所で山になっている洗濯物が目に留まった。

「洗濯くらいしなさいよ」

はぁーっとため息をつきつつ、洗濯機を回す。
その間に私が寝込んだときに滝島さんがしてくれたみたいに、簡単に食べられるようにうどんやおじやのセットを作っていく。

「ん……」

洗濯物を干し終わったら、英人が目を開けた。

「具合、どう?
ってこんなに簡単によくならないか。
喉、乾いてない?」

意識がはっきりしないのか、英人はぼーっとしている。

「……お母さん」

「は?」

「お母さん!」

「えっ、ちょっと!」

いきなり抱きついてきた彼が、いったいなにを言っているのか理解できない。
熱で混乱しているだけだとは思うけど。

「は、離して!」

すりすりと顔を擦りつける英人を引き離す。

「の、喉は渇いてない?」

努めて平静なフリをしながらも、距離を取ってしまうのは仕方ないといえるだろう。

「喉、乾いた」

「はい」

買ってきたイオンウォーターを開けて渡す。
身体を支えてやって、飲み終わったらまたベッドに寝かせた。

「私はもう帰るけど、アイスとプリン買ってあるから、食べられそうなら食べて。
あと、冷蔵庫に出汁に入れて温めれば食べられるようにうどんとおじやの準備してあるから……」

「帰っちゃうの?」

ぐずっ、と鼻を鳴らした英人がみるみる泣き顔になっていく。

「茉理乃、帰っちゃうの?」

「か、帰る、……よ」

うっ、今日の英人はなぜか、妙に可愛い。

「そっか。
……ありがとな、茉理乃」

「うん、じゃあ、お大事に」

きっともう、二度と来ることはないだろうと確信を抱きつつ、英人の家をあとにする。
あの英人から礼を言われるなんて思ってもいなかった。
しかも、あんな笑顔で。
けれどもう、私がそれにときめくことはない。
私の叶えたい恋はこれじゃないと気づいてしまったから。

「……でも、あの人にとって私は――」

電車の窓に映る私は、思い詰めた顔をしていた。
ただの、同じ仕事をしている後輩。
そういえば、ベッドの中では名前で呼ばれた方が好きな人に抱かれているつもりになれていいだろ、などと言いながら、自分のことは名前で呼ばせなかった。
恋人に抱かれているつもりなら、名前で呼ぶ方がその気になれていいのに。
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