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第6章 初めてのデート。しかもお泊まり
4.幸せの定義
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「お先にいただきました……」
ぱっと見た寝室に蔭木さんはいなかった。
もしかして気を遣って、外に行ったのかな?
「蔭木さん?」
「ああ、あがったのか」
どこからか声がして探したら、風呂とは反対側のベッドと、壁の間に彼が転がっていた。
「なに、やってるんですか?」
「あ?
だって風呂覗いたら、翠に嫌われると思って……」
自分で結んだのか、バスローブの紐の目隠しを解きながら彼が起き上がる。
「バカですか……?」
それでわざわざこんなことをするなんて、呆れてしまう。
「翠に嫌われるのは嫌だ……」
床に座ったまま、がっくりと彼は項垂れてしまった。
やっていることはバカっぽいが、これは真剣に私を思ってのことだ。
そういうところはなんか、可愛いなー。
「気遣ってくださって、ありがとうございます」
自然に、彼の頬へ自分からキスしていた。
途端に、ぱーっと雲間から太陽が覗いたみたいに蔭木さんの顔が輝く。
「俺も風呂、入ってくるな」
ぱたぱたと振られる、尻尾の幻まで見えてきた。
「はい、ごゆっくりどうぞ」
サイドテーブルに置いてあった眼鏡をかけ、浴衣なんかを用意して彼がリビングを出ていく。
けれどいなくなったかと思ったら、すぐにひょこっと顔を出した。
「翠は風呂、覗いていいからな」
「覗きません!」
間髪入れずに言い返す。
「覗けばいいのに」
そのまま彼は今度こそ、リビングを出ていった。
「覗くわけないじゃないですか」
ごろんとベッドに寝転ぶ。
掛け布団が信じられないほどふわふわで驚いた。
「すっごい、気持ちいい……」
そのうち、ジャーッとシャワーの音が聞こえてきた。
音は意外と、聞こえるらしい。
「ほんと、最高……」
お風呂で十分リラックスしたのもあって、次第に眠くなっていく。
寝ちゃダメだと、携帯を出してweb小説を読みはじめた。
「あがったぞー」
蔭木さんの声で目が覚めた。
どうも少し、眠っていたようだ。
「あ、はい……」
もそもそと起き上がると、ちゅっと額に口付けを落とされた。
「寝てたのか?」
「……ちょっとだけ」
「起こして悪かったな」
またちゅっ、と額に口付けし、すん、と髪のにおいを嗅いだ。
「いい匂いがする」
私の顔を見て、ふふっと小さく笑う。
本当に、嬉しそうな顔で。
「蔭木さんだって」
今日は旅館に備え付けのシャンプーをふたりとも使っているせいで、同じ匂いがした。
「そうだな」
今度ははむ、と唇を食まれる。
「このまま翠を食いたいが、まずはメシだな」
「そう、ですね」
差し出される右手に自分の手をのせて立ち上がる。
――今晩。
ちゃんと決めて、きたんだし。
食事はレストランの個室だった。
ふたりだけのカウンター席で、わざわざ料理長が今日の料理の説明をしてくれる。
「乾杯」
食前酒はスパークリングの日本酒だった。
「日本酒はあまり飲んだことがないんですが、これは美味しいですね」
「じゃあ、もっと飲むか?」
蔭木さんは勧めてくれたものの。
「……飲み過ぎるとあれなので、遠慮します」
今日はほどほどにしておかないと困る。
――このあと、が。
「もしかして警戒しているのか」
「いえ、そうじゃなくて!」
警戒などしていない。
だって、家を出るときに決めてきたんだし。
でも酔い潰れてほぼ意識のないまま、また……なんて事態は絶対に避けなければ。
「なら、いいが」
少し淋しそうに、蔭木さんはグラスを口に運んだ。
もしかしたらいまだに、負い目に感じているのかもしれない。
料理は一品ずつ、できたてが運ばれてくる。
「凄く美味しいです!」
美しく飾られた見た目が目を楽しませるだけじゃなく、味も舌を十二分に楽しませてくれた。
「すまないな、本当は翠にもっと旨いもを食べさせてやりたいのに、めったに連れていってやれなくて」
箸を置き、眼鏡の奥の目が伏せられる。
「そんなの、全然気にしてません。
それに、蔭木さんが作ってくれる料理、美味しいから」
彼がそんなこと、気にしているだなんて知らなかった。
もしかして、贅沢イコール愛情だとか思っている?
「こんな旅行も嬉しいですけど。
ただおうちで、ふたりで遅くまで寝て、今日は堕落した生活しようって、パンケーキたくさん焼いて食べたり、B級映画を笑いながら見たり、晩ごはんは面倒だーって、ピザ取って済ませるようなのでも、十分幸せなんです」
真っ直ぐにレンズの向こうの瞳を見つめる。
それは、だんだんと泣きだしそうに歪んでいった。
「翠……。
ありがとう」
ぎゅっと蔭木さんの手が、私の手を掴む。
「私は別に、お礼を言われるようなことはなにも……」
「いや。
翠はやはり、俺が思ったとおりの人間だ」
指先にちゅっと口付けを落として彼の手が離れた。
「わ、私はそんな、蔭木さんが思っているような人間じゃ」
「いいや。
翠は最高に可愛い」
眼鏡の下で目尻が下がり、彼の目が美しいアーチを描く。
それはとても眩しくて、同時に幸せそうだった。
ぱっと見た寝室に蔭木さんはいなかった。
もしかして気を遣って、外に行ったのかな?
「蔭木さん?」
「ああ、あがったのか」
どこからか声がして探したら、風呂とは反対側のベッドと、壁の間に彼が転がっていた。
「なに、やってるんですか?」
「あ?
だって風呂覗いたら、翠に嫌われると思って……」
自分で結んだのか、バスローブの紐の目隠しを解きながら彼が起き上がる。
「バカですか……?」
それでわざわざこんなことをするなんて、呆れてしまう。
「翠に嫌われるのは嫌だ……」
床に座ったまま、がっくりと彼は項垂れてしまった。
やっていることはバカっぽいが、これは真剣に私を思ってのことだ。
そういうところはなんか、可愛いなー。
「気遣ってくださって、ありがとうございます」
自然に、彼の頬へ自分からキスしていた。
途端に、ぱーっと雲間から太陽が覗いたみたいに蔭木さんの顔が輝く。
「俺も風呂、入ってくるな」
ぱたぱたと振られる、尻尾の幻まで見えてきた。
「はい、ごゆっくりどうぞ」
サイドテーブルに置いてあった眼鏡をかけ、浴衣なんかを用意して彼がリビングを出ていく。
けれどいなくなったかと思ったら、すぐにひょこっと顔を出した。
「翠は風呂、覗いていいからな」
「覗きません!」
間髪入れずに言い返す。
「覗けばいいのに」
そのまま彼は今度こそ、リビングを出ていった。
「覗くわけないじゃないですか」
ごろんとベッドに寝転ぶ。
掛け布団が信じられないほどふわふわで驚いた。
「すっごい、気持ちいい……」
そのうち、ジャーッとシャワーの音が聞こえてきた。
音は意外と、聞こえるらしい。
「ほんと、最高……」
お風呂で十分リラックスしたのもあって、次第に眠くなっていく。
寝ちゃダメだと、携帯を出してweb小説を読みはじめた。
「あがったぞー」
蔭木さんの声で目が覚めた。
どうも少し、眠っていたようだ。
「あ、はい……」
もそもそと起き上がると、ちゅっと額に口付けを落とされた。
「寝てたのか?」
「……ちょっとだけ」
「起こして悪かったな」
またちゅっ、と額に口付けし、すん、と髪のにおいを嗅いだ。
「いい匂いがする」
私の顔を見て、ふふっと小さく笑う。
本当に、嬉しそうな顔で。
「蔭木さんだって」
今日は旅館に備え付けのシャンプーをふたりとも使っているせいで、同じ匂いがした。
「そうだな」
今度ははむ、と唇を食まれる。
「このまま翠を食いたいが、まずはメシだな」
「そう、ですね」
差し出される右手に自分の手をのせて立ち上がる。
――今晩。
ちゃんと決めて、きたんだし。
食事はレストランの個室だった。
ふたりだけのカウンター席で、わざわざ料理長が今日の料理の説明をしてくれる。
「乾杯」
食前酒はスパークリングの日本酒だった。
「日本酒はあまり飲んだことがないんですが、これは美味しいですね」
「じゃあ、もっと飲むか?」
蔭木さんは勧めてくれたものの。
「……飲み過ぎるとあれなので、遠慮します」
今日はほどほどにしておかないと困る。
――このあと、が。
「もしかして警戒しているのか」
「いえ、そうじゃなくて!」
警戒などしていない。
だって、家を出るときに決めてきたんだし。
でも酔い潰れてほぼ意識のないまま、また……なんて事態は絶対に避けなければ。
「なら、いいが」
少し淋しそうに、蔭木さんはグラスを口に運んだ。
もしかしたらいまだに、負い目に感じているのかもしれない。
料理は一品ずつ、できたてが運ばれてくる。
「凄く美味しいです!」
美しく飾られた見た目が目を楽しませるだけじゃなく、味も舌を十二分に楽しませてくれた。
「すまないな、本当は翠にもっと旨いもを食べさせてやりたいのに、めったに連れていってやれなくて」
箸を置き、眼鏡の奥の目が伏せられる。
「そんなの、全然気にしてません。
それに、蔭木さんが作ってくれる料理、美味しいから」
彼がそんなこと、気にしているだなんて知らなかった。
もしかして、贅沢イコール愛情だとか思っている?
「こんな旅行も嬉しいですけど。
ただおうちで、ふたりで遅くまで寝て、今日は堕落した生活しようって、パンケーキたくさん焼いて食べたり、B級映画を笑いながら見たり、晩ごはんは面倒だーって、ピザ取って済ませるようなのでも、十分幸せなんです」
真っ直ぐにレンズの向こうの瞳を見つめる。
それは、だんだんと泣きだしそうに歪んでいった。
「翠……。
ありがとう」
ぎゅっと蔭木さんの手が、私の手を掴む。
「私は別に、お礼を言われるようなことはなにも……」
「いや。
翠はやはり、俺が思ったとおりの人間だ」
指先にちゅっと口付けを落として彼の手が離れた。
「わ、私はそんな、蔭木さんが思っているような人間じゃ」
「いいや。
翠は最高に可愛い」
眼鏡の下で目尻が下がり、彼の目が美しいアーチを描く。
それはとても眩しくて、同時に幸せそうだった。
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