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最終章 もう秘密にしなくていいから
6.次は、ふたりで
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けだるい身体で、ベッドを出た紘太朗さんを見ていた。
「……何時、ですか」
自分から出た声はかすっかすで笑えてくる。
それほどまでに、彼から求められたから。
「三時。
喉、乾いただろ。
なんか買ってくる」
手早く服を着て、彼は部屋を出ていった。
「……だる」
でも、それが嫌じゃない。
そういえば今日は倉下さん、夕食に呼びにこなかったけど、よかったのかな……。
「翠。
お茶、と、おにぎり」
「え、どうしたんですか……?」
お茶はロビーに自販機があるからわかるけど、おにぎりはこのあたりにコンビニなど、ない。
「部屋の玄関によかったらどうぞ、って置かれていた。
まったく、いつ置いたんだか」
お腹が空いていたのか、三つ並んでいるおにぎりを一つ掴み、紘太朗さんはがぶりと噛みついた。
「え……」
それって、もしかしていたしているところを聞かれていたかもしれないってこと?
しかもこれは、それで夕食が食べられないのを想定してって、ってことで。
は、恥ずかしすぎる!
「倉下さん、相変わらず食えないな」
「そ、そうですね……」
うー、明日、どんな顔して倉下さんと会えばいいのかわかんないよ……。
「ん?
翠、食わないのか?」
「た、食べますよ」
おにぎりに手を伸ばそうとしたけれど。
「あーん」
「あーん?」
紘太朗さんが私に、おにぎりを差しだしてきた。
「俺が食わせてやる。
ほら、口開けろ。
あーん」
「えっと……。
あ、あーん」
ものすごく期待を込めた目で見つめられ、口を開ける。
結局、一個彼に食べさせてもらった。
「翠は可愛いなー。
なあ、もう一回シていいか?」
「え?」
もう一回、もう一回ってなに?
あれだけ、しておいて!
「で、でも。
もう寝ないと仕事とかいいんですか……?」
「いい。
明日は休みだ。
明後日、帰る」
私はなんとも言っていないのに、紘太朗さんの唇が重なる。
「……翠を食っても食ってもまだ満たされない。
もっと俺を、満たしてくれ――」
そのまま――。
紘太朗さんに求められ、疲れたら微睡み、また――ということを一日中繰り返した。
食事は目が覚めたらなぜか、軽く食べられるものが用意されている。
どうしてか考えかけたけど、そこは考えちゃいけないことだからやめておく。
丸一日、私を食べ尽くしたおかげか、翌朝の紘太朗さんは、お肌つやつやだった。
「蔭木くん、来たときとは別人だね。
いまにも死にそうな顔していたのに」
今日はまともに食堂で朝食を食べ、食後に倉下さんがお茶を淹れてくれた。
「え、そんなことないですよ」
呆れている倉下さんになんでもないように返事をしているけれど、全然違いますよー。
「まあね。
今回は美月くんが元気になったからこのまま帰してあげるけど。
今度こんなことがあったら……美月くんはうちの子にして、帰さないからね」
倉下さんは笑っているけれど、目の奥は全く笑っていなくて怖い。
「ご心配なく。
もう二度と、こんなことはないですから」
ふふふっ、と紘太朗さんも笑顔だけど、やっぱり目は笑っていなくて怖いです!
「じゃあね、美月くん。
なにかあったらいつでもおいで。
僕がかくまってあげるからね」
倉下さんが私を見る目は、完全に娘を見るそれだ。
「お世話になりました。
倉下さんのおかげで、助かりました。
感謝しています」
精一杯の気持ちであたまを下げる。
ここに来ることができなかったら、倉下さんが置いてくれなかったら、私はいまごろ、どうしていたのかわからない。
「いつでも遊びにきて。
美月さんなら大歓迎よ」
女将さんが私の手を握ってくれる。
彼女にも本当にお世話になった。
私に着物を着せ、「若女将よ」とか言いながら連れて回ったり。
お茶やお花も少しだけだけど教えてくれた。
「息子が美月さんみたいな嫁を連れてきてくれたらいいんだけど」
はぁっ、とか女将さんはため息をついているけれど、もしかして……本気で私を若女将にしようと思っていたとか?……は、ないと思いたい。
「きっとこれからもいろいろ大変なことがあるだろうけど、蔭木くんは美月くんを泣かせないように。
ほんとに僕、次、こんなことがあったら、美月くんをうちの子にしちゃうからね」
「……肝に銘じておきます」
神妙に紘太朗さんが頷く。
きっと、こんなことは二度とない。
「美月くん。
蔭木くんはほんと馬鹿で大馬鹿だけど」
「ちょっとそれ、言い過ぎです」
しゅん、と紘太朗さんは小さく肩を丸めた。
もしかして自覚がある、のかな。
「……でもね。
本当は真面目で嘘がつけない人間だっていうのは僕がよく知ってる。
だから、信じてやってほしい」
真っ直ぐに私を見る倉下さんの瞳は、どこまでも紘太朗さんを気遣うものだった。
「はい、わかりました」
私も重く、頷き返す。
もう二度と、こんなことで不安になったりしない。
今回のことはちょっとした気持ちのすれ違いだっただけ。
次、こんなことがあったときは、ちゃんと私の気持ちを伝える。
どんなことをしてでも。
「お世話になりました」
「うん。
また、おいで。
今度はちゃんとふたりでね」
「はい」
倉下さんと女将さんに見送られ、宿をあとにした。
「……何時、ですか」
自分から出た声はかすっかすで笑えてくる。
それほどまでに、彼から求められたから。
「三時。
喉、乾いただろ。
なんか買ってくる」
手早く服を着て、彼は部屋を出ていった。
「……だる」
でも、それが嫌じゃない。
そういえば今日は倉下さん、夕食に呼びにこなかったけど、よかったのかな……。
「翠。
お茶、と、おにぎり」
「え、どうしたんですか……?」
お茶はロビーに自販機があるからわかるけど、おにぎりはこのあたりにコンビニなど、ない。
「部屋の玄関によかったらどうぞ、って置かれていた。
まったく、いつ置いたんだか」
お腹が空いていたのか、三つ並んでいるおにぎりを一つ掴み、紘太朗さんはがぶりと噛みついた。
「え……」
それって、もしかしていたしているところを聞かれていたかもしれないってこと?
しかもこれは、それで夕食が食べられないのを想定してって、ってことで。
は、恥ずかしすぎる!
「倉下さん、相変わらず食えないな」
「そ、そうですね……」
うー、明日、どんな顔して倉下さんと会えばいいのかわかんないよ……。
「ん?
翠、食わないのか?」
「た、食べますよ」
おにぎりに手を伸ばそうとしたけれど。
「あーん」
「あーん?」
紘太朗さんが私に、おにぎりを差しだしてきた。
「俺が食わせてやる。
ほら、口開けろ。
あーん」
「えっと……。
あ、あーん」
ものすごく期待を込めた目で見つめられ、口を開ける。
結局、一個彼に食べさせてもらった。
「翠は可愛いなー。
なあ、もう一回シていいか?」
「え?」
もう一回、もう一回ってなに?
あれだけ、しておいて!
「で、でも。
もう寝ないと仕事とかいいんですか……?」
「いい。
明日は休みだ。
明後日、帰る」
私はなんとも言っていないのに、紘太朗さんの唇が重なる。
「……翠を食っても食ってもまだ満たされない。
もっと俺を、満たしてくれ――」
そのまま――。
紘太朗さんに求められ、疲れたら微睡み、また――ということを一日中繰り返した。
食事は目が覚めたらなぜか、軽く食べられるものが用意されている。
どうしてか考えかけたけど、そこは考えちゃいけないことだからやめておく。
丸一日、私を食べ尽くしたおかげか、翌朝の紘太朗さんは、お肌つやつやだった。
「蔭木くん、来たときとは別人だね。
いまにも死にそうな顔していたのに」
今日はまともに食堂で朝食を食べ、食後に倉下さんがお茶を淹れてくれた。
「え、そんなことないですよ」
呆れている倉下さんになんでもないように返事をしているけれど、全然違いますよー。
「まあね。
今回は美月くんが元気になったからこのまま帰してあげるけど。
今度こんなことがあったら……美月くんはうちの子にして、帰さないからね」
倉下さんは笑っているけれど、目の奥は全く笑っていなくて怖い。
「ご心配なく。
もう二度と、こんなことはないですから」
ふふふっ、と紘太朗さんも笑顔だけど、やっぱり目は笑っていなくて怖いです!
「じゃあね、美月くん。
なにかあったらいつでもおいで。
僕がかくまってあげるからね」
倉下さんが私を見る目は、完全に娘を見るそれだ。
「お世話になりました。
倉下さんのおかげで、助かりました。
感謝しています」
精一杯の気持ちであたまを下げる。
ここに来ることができなかったら、倉下さんが置いてくれなかったら、私はいまごろ、どうしていたのかわからない。
「いつでも遊びにきて。
美月さんなら大歓迎よ」
女将さんが私の手を握ってくれる。
彼女にも本当にお世話になった。
私に着物を着せ、「若女将よ」とか言いながら連れて回ったり。
お茶やお花も少しだけだけど教えてくれた。
「息子が美月さんみたいな嫁を連れてきてくれたらいいんだけど」
はぁっ、とか女将さんはため息をついているけれど、もしかして……本気で私を若女将にしようと思っていたとか?……は、ないと思いたい。
「きっとこれからもいろいろ大変なことがあるだろうけど、蔭木くんは美月くんを泣かせないように。
ほんとに僕、次、こんなことがあったら、美月くんをうちの子にしちゃうからね」
「……肝に銘じておきます」
神妙に紘太朗さんが頷く。
きっと、こんなことは二度とない。
「美月くん。
蔭木くんはほんと馬鹿で大馬鹿だけど」
「ちょっとそれ、言い過ぎです」
しゅん、と紘太朗さんは小さく肩を丸めた。
もしかして自覚がある、のかな。
「……でもね。
本当は真面目で嘘がつけない人間だっていうのは僕がよく知ってる。
だから、信じてやってほしい」
真っ直ぐに私を見る倉下さんの瞳は、どこまでも紘太朗さんを気遣うものだった。
「はい、わかりました」
私も重く、頷き返す。
もう二度と、こんなことで不安になったりしない。
今回のことはちょっとした気持ちのすれ違いだっただけ。
次、こんなことがあったときは、ちゃんと私の気持ちを伝える。
どんなことをしてでも。
「お世話になりました」
「うん。
また、おいで。
今度はちゃんとふたりでね」
「はい」
倉下さんと女将さんに見送られ、宿をあとにした。
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