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最終章 もう秘密にしなくていいから
7.もう誰にも隠さないでいい
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紘太朗さんとふたり、車で帰る。
「翠の実家に寄る。
それが、お父さんの条件だからな」
「え?」
旅館備え付けの電話からなら連絡できることはわかっていたが、実家にはしていない。
どうせしたところで、國方マネージャーとの結婚を勧められるだけだと思ったから。
「翠をどれだけ愛しているか説明したら、翠を見つけて説得し、連れて帰ってきたら結婚は認めてくれるそうだ」
「……よかった」
父のことだから、自分の希望とは違う男との結婚など認めないのだろうと決めつけていた。
けれど。
「お約束どおり翠さんを連れて帰ってきました。
結婚を認めてください!」
父の前で紘太朗さんが、床に額を擦りつける。
私も一緒にあたまを下げた。
「確かに顔もいい。
金もある。
でもこいつ、性格は最悪だぞ?
翠もそれで家出したんだろうが。
なのにこいつがいいのか?」
はぁっ、と父の口からため息が漏れる。
後ろに座る兄は紘太朗さんを睨んでいた。
「確かに紘太朗さんは昔、女の人と遊び回ったりしていたけど。
事情があっても、それは許されることじゃないとは思う」
紘太朗さんはいつまでもあたまを上げない。
もしかしたら許してもらえるまで、こうしているのかもしれない。
「でも、いまは私だけを愛してくれる。
本当は淋しがり屋で、嘘のつけない可愛い人。
私は紘太朗さんの、傍にいたいの。
認めてくれないのなら、家を出るだけだから」
視線を逸らさずに父の目を見つめる。
きっと、初めてちゃんと父に意見した。
いつも、嫌だ、しか言ってこなかった私が。
「……翠が帰ってこないのは嫌だ。
それに父さんは、早く孫の顔を見せてくれたらそれでいいし」
私から視線を外した父が、急に自信なさげにぼそぼそと言ってくる。
「親父!
なに言ってんだよ!?
こいつは俺たちを、騙してたんだぞ!」
立ち上がった兄が、あたまを上げかけた紘太朗さんをビシッ!と指さした。
「……だって、翠が好きだっていうなら仕方ないし。
俺は翠に嫌われたくない……」
……えーっと。
嫌われたくないならなんであんなに、國方マネージャーとの結婚を押してきたの?
「話は終わった?
お寿司が届いたからお昼にしましょう」
その場の空気を無視して、母は寿司桶を置き、お昼ごはんの準備をしはじめた。
「ほら、蔭木さんもあたまを上げて」
「はぁ……」
紘太朗さんも一緒に、食卓に着く。
がしかし、兄はいまだに紘太朗さんを睨んでいた。
「従妹の桜ちゃん。
この間、子供が生まれたのよ」
「……そう、なんだ」
お母さん、その話はいま必要ですか?
「それで公洋さんに孫自慢されて、お父さんは嫉妬してるのよ」
「……は?」
公洋さん、っていうのは、父のふたつ下の弟だ。
「公洋の奴、孫の自慢とかしやがって。
翠の子供の方が絶対可愛いに決まってるだろうが。
……ですって」
「……なにそれ」
そんなことで早く孫の顔が見たいからって、國方マネージャーとの結婚を勧めてきたの?
馬鹿みたい。
結婚したところですぐ、子供ができるわけじゃないのに。
「変な理由で人の結婚、勝手に進めないで。
私はもう、好きな人と結婚したんだから、放っておいて」
「……父さんが悪かった。
でも、好きな人がいると言わない翠も悪い。
嘘までついて」
「……それは」
言っていれば國方マネージャーとの見合いを、もしかしたら考えてくれたかもしれない。
でも、あのときは言えなかったのだ。
「すみません!
俺が口止めしたんです!
翠は悪くないです!
悪いのは全部俺です!」
箸を置き、再び紘太朗さんが床に額を擦りつけた。
「そうだ、悪いのはお前だ!」
「お兄ちゃん!」
また、彼を糾弾する兄を睨む。
兄は一瞬怯んだものの、すぐに私を睨み返してきた。
「あたまを、上げてください」
声をかけた父は、静かに笑っている。
「事情は確かに、聞きました。
それが翠のためを思ってであったことも。
けれど、それで翠は苦しんだはずです。
それは、わかりますよね?」
「……はい」
あたまを上げた紘太朗さんは申し訳なさそうに背中を丸めて、父の話を聞いていた。
「もう二度と、翠にそんな思いはさせないと誓ってください。
それが、結婚を許す条件です」
揺るぎのない目で真っ直ぐに紘太朗さんが父を見返す。
「誓います。
二度と、翠につらい思いはさせません」
「絶対に、守ってください」
深く、父が頷き、紘太朗さんも頷き返した。
「親父!
なに言ってるんだよ!?
こんな奴に翠を渡していいのかよ!?」
はぁーっ、とため息を吐き出した父は、若干、呆れていた。
「孝宏。
お前はいい加減、妹離れしろ。
翠がこの人がいいと言うんだ。
なら、妹の幸せを祈ってやれ」
さっきまで私に執着していた、親馬鹿父の台詞とは思えないけれど……でも、よく言ってくれた。
「俺は絶対、認めないからなー!」
お兄ちゃん、もう完全にアウェイになっているよ。
頼むから妹離れして……。
ひさしぶりに帰ってきたマンションは……泥棒が入ったあとみたいだった。
「どうなってるんですか、これ?」
「翠の行き先の手がかりを探して……」
それだけ気が動転していたんだと思うと、怒る気もなくなる。
身の回りのものだけ持って、また部屋を出た。
「早く引っ越しの手配をしないとな」
「そうですね」
今日から、紘太朗さんの家で暮らすことになっている。
もう、誰にも隠さないでいい。
「翠の実家に寄る。
それが、お父さんの条件だからな」
「え?」
旅館備え付けの電話からなら連絡できることはわかっていたが、実家にはしていない。
どうせしたところで、國方マネージャーとの結婚を勧められるだけだと思ったから。
「翠をどれだけ愛しているか説明したら、翠を見つけて説得し、連れて帰ってきたら結婚は認めてくれるそうだ」
「……よかった」
父のことだから、自分の希望とは違う男との結婚など認めないのだろうと決めつけていた。
けれど。
「お約束どおり翠さんを連れて帰ってきました。
結婚を認めてください!」
父の前で紘太朗さんが、床に額を擦りつける。
私も一緒にあたまを下げた。
「確かに顔もいい。
金もある。
でもこいつ、性格は最悪だぞ?
翠もそれで家出したんだろうが。
なのにこいつがいいのか?」
はぁっ、と父の口からため息が漏れる。
後ろに座る兄は紘太朗さんを睨んでいた。
「確かに紘太朗さんは昔、女の人と遊び回ったりしていたけど。
事情があっても、それは許されることじゃないとは思う」
紘太朗さんはいつまでもあたまを上げない。
もしかしたら許してもらえるまで、こうしているのかもしれない。
「でも、いまは私だけを愛してくれる。
本当は淋しがり屋で、嘘のつけない可愛い人。
私は紘太朗さんの、傍にいたいの。
認めてくれないのなら、家を出るだけだから」
視線を逸らさずに父の目を見つめる。
きっと、初めてちゃんと父に意見した。
いつも、嫌だ、しか言ってこなかった私が。
「……翠が帰ってこないのは嫌だ。
それに父さんは、早く孫の顔を見せてくれたらそれでいいし」
私から視線を外した父が、急に自信なさげにぼそぼそと言ってくる。
「親父!
なに言ってんだよ!?
こいつは俺たちを、騙してたんだぞ!」
立ち上がった兄が、あたまを上げかけた紘太朗さんをビシッ!と指さした。
「……だって、翠が好きだっていうなら仕方ないし。
俺は翠に嫌われたくない……」
……えーっと。
嫌われたくないならなんであんなに、國方マネージャーとの結婚を押してきたの?
「話は終わった?
お寿司が届いたからお昼にしましょう」
その場の空気を無視して、母は寿司桶を置き、お昼ごはんの準備をしはじめた。
「ほら、蔭木さんもあたまを上げて」
「はぁ……」
紘太朗さんも一緒に、食卓に着く。
がしかし、兄はいまだに紘太朗さんを睨んでいた。
「従妹の桜ちゃん。
この間、子供が生まれたのよ」
「……そう、なんだ」
お母さん、その話はいま必要ですか?
「それで公洋さんに孫自慢されて、お父さんは嫉妬してるのよ」
「……は?」
公洋さん、っていうのは、父のふたつ下の弟だ。
「公洋の奴、孫の自慢とかしやがって。
翠の子供の方が絶対可愛いに決まってるだろうが。
……ですって」
「……なにそれ」
そんなことで早く孫の顔が見たいからって、國方マネージャーとの結婚を勧めてきたの?
馬鹿みたい。
結婚したところですぐ、子供ができるわけじゃないのに。
「変な理由で人の結婚、勝手に進めないで。
私はもう、好きな人と結婚したんだから、放っておいて」
「……父さんが悪かった。
でも、好きな人がいると言わない翠も悪い。
嘘までついて」
「……それは」
言っていれば國方マネージャーとの見合いを、もしかしたら考えてくれたかもしれない。
でも、あのときは言えなかったのだ。
「すみません!
俺が口止めしたんです!
翠は悪くないです!
悪いのは全部俺です!」
箸を置き、再び紘太朗さんが床に額を擦りつけた。
「そうだ、悪いのはお前だ!」
「お兄ちゃん!」
また、彼を糾弾する兄を睨む。
兄は一瞬怯んだものの、すぐに私を睨み返してきた。
「あたまを、上げてください」
声をかけた父は、静かに笑っている。
「事情は確かに、聞きました。
それが翠のためを思ってであったことも。
けれど、それで翠は苦しんだはずです。
それは、わかりますよね?」
「……はい」
あたまを上げた紘太朗さんは申し訳なさそうに背中を丸めて、父の話を聞いていた。
「もう二度と、翠にそんな思いはさせないと誓ってください。
それが、結婚を許す条件です」
揺るぎのない目で真っ直ぐに紘太朗さんが父を見返す。
「誓います。
二度と、翠につらい思いはさせません」
「絶対に、守ってください」
深く、父が頷き、紘太朗さんも頷き返した。
「親父!
なに言ってるんだよ!?
こんな奴に翠を渡していいのかよ!?」
はぁーっ、とため息を吐き出した父は、若干、呆れていた。
「孝宏。
お前はいい加減、妹離れしろ。
翠がこの人がいいと言うんだ。
なら、妹の幸せを祈ってやれ」
さっきまで私に執着していた、親馬鹿父の台詞とは思えないけれど……でも、よく言ってくれた。
「俺は絶対、認めないからなー!」
お兄ちゃん、もう完全にアウェイになっているよ。
頼むから妹離れして……。
ひさしぶりに帰ってきたマンションは……泥棒が入ったあとみたいだった。
「どうなってるんですか、これ?」
「翠の行き先の手がかりを探して……」
それだけ気が動転していたんだと思うと、怒る気もなくなる。
身の回りのものだけ持って、また部屋を出た。
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今日から、紘太朗さんの家で暮らすことになっている。
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