蜜婚遊戯~ファーストキスから溺愛されています~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第2章 可愛いってからかってるんですか?

9.モテ男の現実

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「雪花、終わったか」

今日は来ないと思っていたのに、はるくんは終業時間と同時に迎えにきた。

「……はぁーっ」

私の口から落ちたため息はどどめ色をしていたけれど、仕方ないよね。
昨日のあれでわかってくれたんじゃなかったのかな。

「今日は残業なので。
ちょっと待っててもらえますか」

――どこか、別の場所で。

心の中で、そんなことを付け加えてみる。
でも。

「わかった」

はるくんは腕を組んで壁に寄りかかってしまった。
全く、気づいてくれなかったらしい。

「夏原課長」

持っていたファイルを私の机の上に置き、三田みたさんははるくんに語尾にハートマークがついた声で話しかけた。

「冬月さんなんて放っておいて、一緒にお食事いかがですか?」

「あの……」

このファイルは彼女がやりかけの仕事のはずなのだ。
それが、ここに置かれた意味って?

「あ、三田さん狡い!
私と!
私とどうですか!」

ドン!と間髪入れずに松井まついさんがファイルをさらに積む。

「えっと……」

これってやっぱり、私がしなきゃなんだよね……?
それにしても四十手前のお局様と今年入社の新人さんが取り合いだなんて、さすが社内一のモテ男だ……。

「……君たちと」

「はい」

ふたり仲良くハモって返事をし、それに気づいて火花を散らしあっていますけど……。
はるくんの声、すべてを凍らせるツンドラ気候並みに冷たくなっているの、気づいていないのかな……?

「食事なんてするわけないだろ」

「ひぃっ」

はるくんが僅かに笑い、さすがのふたりも今度は一緒に小さく悲鳴を上げた。

「そ、それは冬月さんと付き合っているからですか……?」

目にうっすらと涙を浮かべながらも、まだ挽回の機会をうかがう松井さんは、凄いなー。
私もあれくらい、ガッツが欲しい。

「そんなことは関係ない。
自分の仕事を人に押し付けて、自分はいい思いをしようとする人間が嫌いなだけだ」

「す、すみませんでした!」

お辞儀をしたままふたりはもの凄い勢いで後ずさっていく。
姿勢は崩さないまま私の机にきて、自分が置いたファイルプラス私の分も掴んで自分の机に戻っていった。

「えっと……」

よかったのかな、これで。
おかげで私の仕事はずいぶん減ったけど。

その後もはるくんは壁に寄りかかって監視するように私を見つめ続け。
私もできる限り最速で仕事を進める。

「夏原課長」

気を利かせた藤島ふじしま課長がはるくんに声をかけてくれた。
簡易応接コーナーで待っては、なんて勧めてくれている。

「いや、ここで結構です」

なんでそこで断るのー!?
せっかく、藤島課長が勧めてくれているんだよ?
しかも、藤島課長の方がずーっと年上なんだよ?
なのにどうして断るの!?

……などという私の心の叫びが聞こえるわけがなく。
ちらっと見て視線のあったはるくんは、大好きなおもちゃを前にした子供みたいにぱっと顔を輝かせた。

残業が終わったときにはぐったりと疲れていた。
はるくんが姿勢を変えず、ずっと見つめ続けてくれたせいだ。

「だから、迎えにくるのはやめてくださいって言いましたよね……?」

「考慮するとは言ったが、やめるとは言ってない」

ええ、確かにそうですね。
そうなんですけど……。

「せめて、藤島課長が勧めてくれた、応接コーナーで待ってください」

「だってあそこからだと、雪花が見えないだろ」

「……はい?」

私を見ていたいがために、あの壁から一歩も動きたくない、と。
なにを考えているのかな、この人は。

「可愛い雪花は二十四時間三百六十五日見ていたい。
本当は仕事中だって傍に置いておきたいくらいだ。
なので一分、一秒だって無駄にできない」

「……はい?」

私はこの人の言っていることが全く理解できないんだけど……おかしくないよね?
桐谷主任みたいな美女ならまだしも、地味子の私をそこまでして見ていたいとか。
からかっているのだとしたら、度が過ぎる。

「……とにかく。
迎えにくるのはやめてください。
困るんです、本当にいろいろと」

「……」

はるくんはとうとう黙ってしまった。
きっと言ったって無駄なんだろう。
そしてやっぱり――。
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