蜜婚遊戯~ファーストキスから溺愛されています~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第3章 好きだなんて自覚したくなかった

3.キス、したい

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散歩のあとはまだ早いけれど宿にチェックインする。
時間じゃないけどいいのかな、って思ったけど、ちゃんとお願いすればできるものらしい。

お部屋は離れだった。
でも、そこに行くまでの廊下がすでにまるでどこかの大きなお寺みたいで素敵だし、その向こうに広がる日本庭園も有名なお屋敷のお庭のようで素敵だ。

「すごーい!」

「あとでゆっくり来ような」

うんうんと勢いよく頷く。
これなら、早めにチェックインした理由がよくわかる。

お部屋は洋室で雰囲気がとてもいい。
専用の小さな庭にウッドデッキまでついていて、夜はここから夜空を見上げられそうだ。

「さてと。
雪花はいまから、エステな」

「エステ……ですか」

なにを言われているのかわからなくてつい、首が斜めに傾いてしまう。

「そっ、エステ。
毎日家事をして荒れた手をきれいにしてもらわなきゃだろ」

「はぁ……」

自分の手をしげしげと見つめる。
毎日はるくんから丁寧にハンドクリームを塗り込まれた手は、手荒れどころかささくれひとつない。

「もう予約してあるから行ってこい」

「えっ、えっ」

はるくんの手が私の肩を掴んで、部屋の外へと押していく。

「はい、じゃあいってらっしゃい」

私の手に携帯を握らせ、はるくんはドアを閉めてしまった。

「そこまでしてもらわなくていいんだけどな」

苦笑いで歩きだす。
行ったエステでは手どころかあたまのてっぺんからつま先までぴかぴかにしてもらい、完全リラックスしてしまった……。

「戻りました……」

ドアを開けてくれたはるくんは浴衣になっていた。
私を見下ろす彼は無言だけど……どこか、おかしかったのかな。
エステに行ったら浴衣が用意してあった。
温泉浴衣じゃなくてちゃんとした浴衣。
紫に桔梗や萩など染め抜いていて、それにさらに白を基調とした帯と、かなり落ち着いた組み合わせだ。

「……きれいだ」

「え?」

ぽそっとはるくんが呟いた声はよく聞こえなかった。

「雪花、滅茶苦茶きれいだー!」

次の瞬間、はるくんに抱きつかれていた。
しかも頬を擦り寄せてくるもんだから、眼鏡の弦が当たるかちかちという音がする。

「うん、うん。
僕の見立てに狂いはなかったな」

どや顔ですけど……これって、はるくんが選んだのかな。

「はるくん、ありがとうございます」

「うん?
僕が見たかっただけだ。
それに雪花こそ、毎日僕のためにいろいろしてくれてありがとう」

眼鏡の奥ではるくんの目尻が下がる。
その顔に胸がキュン、と甘い音を立てた。

「散歩に行こうか」

差し出された手に自分の手をのせる。
少し、熱い顔で。

お庭はそこかしこで木々が紅く色付いていてとてもきれいだった。

「凄く素敵なお庭ですね」

「ここは昔、ある宮家の別荘だったんだ。
庭はその当時のものだ」

手を繋いで並んで歩きながらドキドキする。
浴衣のはるくんはとても――格好いい、から。
普段の、スーツ姿のはるくんももちろん格好いい。
でも浴衣のはるくんは……もっと格好よかった。
私がエステに行っている間にお風呂に入ったのか、洗いざらしの髪。
オフモードの黒縁眼鏡。
黒地にグレーの縦縞の浴衣が、はるくんのスタイルの良さを引き立たせる。

「ん?」

「ひゃっ!?」

いきなり、目の前にどアップで現れたはるくんの顔に驚いた。
どうもぼーっと見とれているうちに立ち止まってしまっていたみたいだ。

「足でも痛いのか?」

心配そうに眉根を寄せるはるくんに、そうじゃないと急いで首を振る。
きっと、下駄の鼻緒を気にしてくれているんだと思う。

「じゃあ、どうした?」

どうした、とか訊かれて素直に言えるはずがない。
はるくんに見とれていました、なんて。

「そ、そういえば、全然人に会いませんね」

さりげなく、話題を変えてみる。
実際、いくら広いお庭だといえ、もうずいぶん歩いているのに全く人に会っていない。

「ああ、貸し切りにしたからな」

「貸し切りですか……?」

この広いお庭を、私たちだけのために貸し切り……?
なんだかレベルが違いすぎて気が遠くなってきた。

「そうだ。
こんなに可愛い雪花を他の誰かに見せるわけにはいかないからな」

はるくんの手が頬に触れ、じっと私を見下ろす。

「……雪花の髪は下ろした方がいい」

後ろあたまに回った手が徐々にかんざしを引き抜いていき、するすると髪が落ちていく。
全部ほどけてはるくんはひと束、手に取った。

「こんなにきれいなんだから」

じっと私の目を見つめたまま、はるくんが髪に口付けを落とす。
レンズの向こう、艶やかに濡れる瞳に視線は逸らせない。
見つめあったまま、はるくんの手の中から髪の毛はさらさらと逃げていく。
全てなくなってもなお、はるくんの目は私だけを見ている。

「……雪花」

少し掠れた声が私の名を呼び、耳の中に侵入して鼓膜を甘く揺らす。
さらに奥へと入ったそれはあたまの芯をじん、と痺れさせた。

「……キス、したい」

蠱惑的に光る瞳に操られ、こくんとひとつ頷く。
眼鏡が引き抜かれ、近付いてくる顔に目を閉じた。
ゆっくりと唇が重なり、ちゅっとリップ音を立てて離れる。
目を開けたけれどはるくんは眼鏡をかけさせてくれない。
だから、私の頬に触れたまま彼がどんな顔をしてなにを考えているのかなんてわからなかった。

「はるくん?」

「ああ、すまない」

少ししてようやく眼鏡をかけさせてくれたはるくんは、なんでもない顔をしている。

「でも貸し切りにしといてよかっただろ?
人がいたらこんなことできない」

「人がいたらしなかったらいいだけです」

また手を繋いで歩く。
ドキドキと速い心臓の鼓動が、手から伝わっていないか気になって仕方ない。

「えー、可愛い雪花にはすぐにキスしたくなるんだけど」

足を止めたかと思ったら、不意打ちでキスされた。
カツン、と眼鏡の当たる軽い音がする。

「ほら」

ふふっとはるくんが小さく笑い、繋いだ手が揺れる。
どこまでも幸せで甘い時間。

――でもこれは全部偽物だ。

はるくんにとって私はペット。
はるくんにとって私は社長になるための道具。

その事実が私の胸をきつく締めつける。
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