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第3章 好きだなんて自覚したくなかった
4.一緒のお風呂
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夕食はとても豪華な懐石料理だった。
「いつもいろいろありがとう、雪花」
「こちらこそありがとうございます」
食前酒の梅酒で乾杯する。
美しく盛りつけられた料理は、食べるのがもったいないくらい。
「雪花が苦手なものは避けたはずだが、もしあったら言ってくれ」
普通なら鯛とかマグロとかのお刺身がついているところだけど、今日はなくて代わりに茹でた伊勢エビがある。
どうして知っているんだろ、私が生魚が苦手だって。
「はるくん、ありがとうございます」
「だからー」
言葉を切ったはるくんは、箸を置いてはぁーっと大きなため息を吐き出した。
「そういう雪花は可愛くて困るだろ」
ちらっと上目遣いで、口もとだけで笑うのは反則だ。
「えっ、あっ」
グラスに残っていた梅酒を一息に飲み干せば、一気に酔いが回ったかのように全身が熱くなった。
部屋には露天風呂がついていた。
「最高だ……」
もう暗くて見えないが、湯船の向こうからは川のせせらぎが聞こえてくる。
「エステに……浴衣に……ごはんに……こんな贅沢、していいのかな……」
もう、最高すぎるよ……。
「雪花」
「は、はいっ!」
つい、うとうとしていたらはるくんから声をかけられ、慌てて返事をする。
「一緒に入っていいか」
「は……えっ!?」
惰性で返事をしようとしていたが、理解するとどうしていいのかわからない。
わたわたパニクっているうちに、タオルを巻いたはるくんが入ってきた。
とりあえず、タオルで隠してみる。
「バスタオル巻けばいいだろ」
「……はい」
渡されたバスタオルを受け取り、隅の方で背を向けてこそこそと巻く。
それですら、恥ずかしい。
「だいたい、眼鏡をかけていない僕が見えると思うのか?」
「えっと……」
私は眼鏡なしでもぼんやりとある程度わかる程度だから裸眼でお風呂に入れる。
でもはるくんはもっと悪いから知らない場所でのノー眼鏡は命取りだって聞いたことがある。
なのにいま、眼鏡なしなんて大丈夫なのかな。
「かけないんですか、眼鏡?」
そろそろとはるくんが浸かるお風呂の、対角線上に入る。
「風呂用眼鏡は持ってきているが、かけたら雪花が困るだろ」
「うっ」
それは、確かにそうなんですが……。
「……」
「……」
川のせせらぎの音だけが、ふたりの間に流れていく。
「こっちに来たらどうだ」
「無理。
無理無理無理無理」
首と同時に前に出した右手も激しく振る。
左手はしっかりとバスタオルを押さえて。
「それとも僕がそっちに行こうか」
そろり、とはるくんが動いた。
「えっ、だ、だから!」
「タオルで隠している、さらには僕は眼鏡なしだ。
なにが恥ずかしい?」
それは確かにそうなんだけど!
そうなんだけど!
などと考えているうちに、はるくんは距離を詰めてきた。
「逃げるなよ」
「ひぃっ」
縁伝いに距離を取ろうとしたものの、ギロッと眼光鋭く睨まれれば瞬間、身体は固まってしまう。
というか、見えていないんですよね、本当に?
仕方ないので、はるくんの隣に改めて腰を下ろした。
目に映る手は散る紅葉なんか目じゃないほど、赤く染まっている。
――なのに。
「……!」
伸びてきたはるくんの手が、私の手を掴む。
それはお湯の中で指を絡めて握られた。
「雪花はほんとに可愛いな……」
はるくんの声が、まるでお風呂のお湯みたいにとろとろと溶けていく。
「隅々まで僕のものにして食べてしまいたいが……ダメ、か」
気づけば、繋いでいない方の手が私の頬にかかり、彼の方へ向かせた。
じっと私を見つめる、艶やかなオニキスの瞳。
見えていないはずなのに、そこにははっきりと私が映っている。
「……ダメ」
震える唇で、ただそれだけを絞り出す。
「……そうか」
小さく呟くように一言だけ漏らしたはるくんは、傷ついているように見えた。
途端にツキン、と胸に鋭い痛みが走る。
「先、あがってるな」
ざばっ、と勢いよく立ち上がり、はるくんが浴室を出ていく。
「まっ……」
伸ばしかけた自分の手をじっと見つめた。
そのままゆっくりと元に戻し、膝を抱えて丸くなる。
ペットの私は受け入れるのが正解だってわかっていた。
はるくんに抱かれたくないわけじゃない。
むしろ――抱いてほしい。
でも本当に私を好きじゃないはるくんに抱かれたって、ただ悲しいだけ。
だって私はこんなにはるくんが――。
「好き、だから」
ぽつりとこぼれた言葉は、川のせせらぎが浚って流していく。
うん、それでいい。
これ以上はるくんを好きになったって、私が傷つくだけだから。
「おやすみ、雪花」
「おやすみなさい」
お風呂を出たあと、はるくんはいつもどおりだった。
だから私もいつもどおりにする。
ベッドはツインだったけど、はるくんは当然のように私を抱いてベッドに入った。
はるくんの寝息を聞きながら、胸がきつく締め付けられる。
いつかはるくんに、本当に好きな人ができるのかな。
そのとき、私はどうしたらいいのかな。
笑っていられるのかな……。
「いつもいろいろありがとう、雪花」
「こちらこそありがとうございます」
食前酒の梅酒で乾杯する。
美しく盛りつけられた料理は、食べるのがもったいないくらい。
「雪花が苦手なものは避けたはずだが、もしあったら言ってくれ」
普通なら鯛とかマグロとかのお刺身がついているところだけど、今日はなくて代わりに茹でた伊勢エビがある。
どうして知っているんだろ、私が生魚が苦手だって。
「はるくん、ありがとうございます」
「だからー」
言葉を切ったはるくんは、箸を置いてはぁーっと大きなため息を吐き出した。
「そういう雪花は可愛くて困るだろ」
ちらっと上目遣いで、口もとだけで笑うのは反則だ。
「えっ、あっ」
グラスに残っていた梅酒を一息に飲み干せば、一気に酔いが回ったかのように全身が熱くなった。
部屋には露天風呂がついていた。
「最高だ……」
もう暗くて見えないが、湯船の向こうからは川のせせらぎが聞こえてくる。
「エステに……浴衣に……ごはんに……こんな贅沢、していいのかな……」
もう、最高すぎるよ……。
「雪花」
「は、はいっ!」
つい、うとうとしていたらはるくんから声をかけられ、慌てて返事をする。
「一緒に入っていいか」
「は……えっ!?」
惰性で返事をしようとしていたが、理解するとどうしていいのかわからない。
わたわたパニクっているうちに、タオルを巻いたはるくんが入ってきた。
とりあえず、タオルで隠してみる。
「バスタオル巻けばいいだろ」
「……はい」
渡されたバスタオルを受け取り、隅の方で背を向けてこそこそと巻く。
それですら、恥ずかしい。
「だいたい、眼鏡をかけていない僕が見えると思うのか?」
「えっと……」
私は眼鏡なしでもぼんやりとある程度わかる程度だから裸眼でお風呂に入れる。
でもはるくんはもっと悪いから知らない場所でのノー眼鏡は命取りだって聞いたことがある。
なのにいま、眼鏡なしなんて大丈夫なのかな。
「かけないんですか、眼鏡?」
そろそろとはるくんが浸かるお風呂の、対角線上に入る。
「風呂用眼鏡は持ってきているが、かけたら雪花が困るだろ」
「うっ」
それは、確かにそうなんですが……。
「……」
「……」
川のせせらぎの音だけが、ふたりの間に流れていく。
「こっちに来たらどうだ」
「無理。
無理無理無理無理」
首と同時に前に出した右手も激しく振る。
左手はしっかりとバスタオルを押さえて。
「それとも僕がそっちに行こうか」
そろり、とはるくんが動いた。
「えっ、だ、だから!」
「タオルで隠している、さらには僕は眼鏡なしだ。
なにが恥ずかしい?」
それは確かにそうなんだけど!
そうなんだけど!
などと考えているうちに、はるくんは距離を詰めてきた。
「逃げるなよ」
「ひぃっ」
縁伝いに距離を取ろうとしたものの、ギロッと眼光鋭く睨まれれば瞬間、身体は固まってしまう。
というか、見えていないんですよね、本当に?
仕方ないので、はるくんの隣に改めて腰を下ろした。
目に映る手は散る紅葉なんか目じゃないほど、赤く染まっている。
――なのに。
「……!」
伸びてきたはるくんの手が、私の手を掴む。
それはお湯の中で指を絡めて握られた。
「雪花はほんとに可愛いな……」
はるくんの声が、まるでお風呂のお湯みたいにとろとろと溶けていく。
「隅々まで僕のものにして食べてしまいたいが……ダメ、か」
気づけば、繋いでいない方の手が私の頬にかかり、彼の方へ向かせた。
じっと私を見つめる、艶やかなオニキスの瞳。
見えていないはずなのに、そこにははっきりと私が映っている。
「……ダメ」
震える唇で、ただそれだけを絞り出す。
「……そうか」
小さく呟くように一言だけ漏らしたはるくんは、傷ついているように見えた。
途端にツキン、と胸に鋭い痛みが走る。
「先、あがってるな」
ざばっ、と勢いよく立ち上がり、はるくんが浴室を出ていく。
「まっ……」
伸ばしかけた自分の手をじっと見つめた。
そのままゆっくりと元に戻し、膝を抱えて丸くなる。
ペットの私は受け入れるのが正解だってわかっていた。
はるくんに抱かれたくないわけじゃない。
むしろ――抱いてほしい。
でも本当に私を好きじゃないはるくんに抱かれたって、ただ悲しいだけ。
だって私はこんなにはるくんが――。
「好き、だから」
ぽつりとこぼれた言葉は、川のせせらぎが浚って流していく。
うん、それでいい。
これ以上はるくんを好きになったって、私が傷つくだけだから。
「おやすみ、雪花」
「おやすみなさい」
お風呂を出たあと、はるくんはいつもどおりだった。
だから私もいつもどおりにする。
ベッドはツインだったけど、はるくんは当然のように私を抱いてベッドに入った。
はるくんの寝息を聞きながら、胸がきつく締め付けられる。
いつかはるくんに、本当に好きな人ができるのかな。
そのとき、私はどうしたらいいのかな。
笑っていられるのかな……。
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