蜜婚遊戯~ファーストキスから溺愛されています~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

文字の大きさ
33 / 39
第4章 本当に好きな人

6.私には似合わないドレス

しおりを挟む
十二月に入ってすぐの週末はウェディングドレスの下見に行った。
まだ日取りと式場は決まっていないが、早く私のドレス姿を見たいから、って。

「具合悪いのか?
なら、別の日に……」

運転しながら心配そうにはるくんが訊いてきた。

「やだな。
そんなふうに見えますか?
元気いっぱいですよ」

空元気でもいいので笑って否定する。
ずっと、桐谷主任とはるくんの関係が気になっていた。
でもこんな気持ちに気づかせてはいけない。

「そうか?
ならいいけど……」

「はい、大丈夫です」

今日は精一杯笑っていよう。
まだそうと決まったわけじゃないんだし。

ドレスショップはわかっていたけれど、私には場違いなほどキラキラしている。

「ようこそいらっしゃいました」

出迎えた女性は桐谷主任ほどじゃないが、私がコンプレックスになるほど美人だった。

「今日はよろしく」

女性に案内されて中に入る。
今日は貸し切り……というよりもここは、一日限定一組しか利用できないらしい。

中に進むと天窓から光が差し込む、吹き抜けの広いホールに出た。
ワインレッドの、天鵞絨のソファーに勧められて座る。

「お式の日取りはまだ、お決まりになっていらっしゃらないんでしたね?」

「そうなんだ。
場合によってはオーダーになるだろうし、そうなると早いほうがいいだろうと」

「賢明なご判断です」

私をおいてけぼりではるくんと女性――支配人は話をしている。
私はといえばつい、周りを見渡してしまっていた。
そこはまるで十八世紀イギリスの、貴族のお屋敷のようだったから。

「雪花?」

「えっ、あっ、はいっ!」

はるくんから声をかけられ、慌てて返事をした。
物珍しげに見ていたなんて知られたようで、頬が熱くなる。

「凄いだろ、ここ。
家具もアンティークの本物なんだ」

まるで心の中を読まれていたみたいで、ますます頬が熱くなった。

「移築した、本物の明治時代の屋敷で邸宅ウェディングができるところが系列であるんだ。
雰囲気も似ているし、今日はその下見も兼ねてここに連れてきた」

眼鏡の下で少しだけはるくんの目尻が下がる。
もしかして私が好きそうだ、ってだけでここを選んでくれた?

「まあ、本物の城で挙げることもできるけどな」

ぽりぽりと照れくさそうにはるくんが首の後ろを掻く。
どうして私はいままでこんなに不安になっていたんだろう。
はるくんはこんなに私にことを考えてくれている。
きっとあれは全部、私が深く考えすぎただけ。
そう、思ったんだけど――。

私たちしかいないから、ゆっくりとドレスを選ぶ。

「雪花が最高に可愛くなるのだろー」

私をソファーに座らせたまま、はるくんはドレスを見て回っている。
絶対に雪花に似合うのを選ぶから任せてくれ、って。

「よし、決まった!」

はるくんが選んだ何着かをスタッフに渡す。

「じゃあ、試着してきますね」

「絶対雪花に似合うから心配しなくていい」

自信満々なはるくんがちょっとおかしくて、笑ってしまった。

簡単に髪を結ってもらい、ドレスを着せてもらう。
ドレスを着た段階で、私にはまだよく見えない。
眼鏡はドレスにあわないからって没収されたから。
スタッフに手を引かれ、そろそろと歩いてはるくんの前に出る。

「どう、ですか……?」

「雪花、可愛い!」

出ると同時にはるくんはばしばし携帯で写真を撮っていて、ちょっと照れくさい。

「ほら、見てみろ」

眼鏡をかけて渡された携帯を見た瞬間、みるみる血の気が引いていく。
似合っていない、だけならまだいい。
シンプルにスカートのドレープだけで美しさを出すそれは私なんかよりも――桐谷主任に似合うものだったから。

「ほんとにお似合いですね、さすがです。
サイズをあわせればもっと素敵になりますよ」

支配人もスタッフも褒めているけど、本気なのかな。
それともお客だからなんでも褒めているだけとか。
そうとしか考えられない。

「他のも着てみせてくれ」

試着室に戻り次のドレスを着る。
それも、その次もの、はるくんが選んだもの全部、私じゃなく桐谷主任のために選んだとしか思えないものだった。

試着が終わり、お茶を飲みながらドレスを選ぶ。

「どれも可愛くて決められないな。
雪花はどれが好きだったんだ?」

「あっ、えっと。
……これ、です」

携帯からプリントアウトして広げられた写真を適当に指した。
正直、どうでもいい。
これは私のために選ばれたものじゃないんだから。

「これかー。
これも可愛かったなー」

たまたま選んだそれは、シンプルにほとんど飾りがないAラインドレスだった。

「こちらもよく似合っておいででしたね。
可愛らしいお顔をドレスがよく引き立てて」

支配人の嘘が白々しい。
確かに、美人の桐谷さんが着ればその美しさを引き立てるんだろう。
でも、私が着ればさらに地味さを引き立てるだけになるだけ。

「そうだな、これにしよう。
うん、それがいい」

はるくんも納得し、それに決まった。
あとは採寸してサイズぴったりにセミオーダーで作るらしい。

「雪花、……少し痩せたか?」

確かめるようにはるくんが腰に腕を回してくる。

「そう、ですかね……?」

最近、スカートはワンサイズ小さいのにした方がいいんじゃないかってくらい緩くなっていた。
でもそんなこと、言えるはずがない。

「今日はずっと思っていたが、顔色もよくないし……」

はるくんの手がそっと、私の頬に触れる。
でも心配されたって全然嬉しくない。
だって心配するのは当然だ、私ははるくんのペットなんだから。
ただ、それだけ。

「そんなことないですよ。
きっと、気のせいです」

「でもやっぱり、病院に……」

「あの、……いま、あれ、なので」

「ああ、うん。
……そうか。
なら無理しなくてよかったのに」

察したのか、はるくんはそれ以上なにも言わなかった。
嘘はついていない、事実、そうなんだし。
痩せた原因は別だけど。

「今日はこのあと、買い物してディナーに、とか思ってたけど、もう帰ろう。
雪花に無理させたくないからな」

ドレスショップを出たあと、そのまますぐに家に帰った。

「雪花は寝てていいからな。
夕食は僕が作るし。
起きてるなら暖かくしとけよ」

テキパキと暖炉に火を入れ、持ってきた薄手の毛布でソファーに座る私をぐるぐる巻きにする。

「ほら」

「……ありがとうございます」

受け取ったカップの中身はホットチョコレートだった。
一口飲んだそれは、酷く甘い。

――はるくんと同じくらい。

でも、いまはその甘さがつらい――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―

七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。 彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』 実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。 ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。 口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。 「また来る」 そう言い残して去った彼。 しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。 「俺専属の嬢になって欲しい」 ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。 突然の取引提案に戸惑う優美。 しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。 恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。 立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。

お嬢様は地味活中につき恋愛はご遠慮します

縁 遊
恋愛
幼い頃から可愛いあまりに知らない人に誘拐されるということを何回も経験してきた主人公。 大人になった今ではいかに地味に目立たず生活するかに命をかけているという変わり者。 だけど、そんな彼女を気にかける男性が出てきて…。 そんなマイペースお嬢様とそのお嬢様に振り回される男性達とのラブコメディーです。 ☆最初の方は恋愛要素が少なめです。

羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。

泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。 でも今、確かに思ってる。 ―――この愛は、重い。 ------------------------------------------ 羽柴健人(30) 羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問 座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』 好き:柊みゆ 嫌い:褒められること × 柊 みゆ(28) 弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部 座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』 好き:走ること 苦手:羽柴健人 ------------------------------------------

社内恋愛の絶対条件!"溺愛は退勤時間が過ぎてから"

桜井 響華
恋愛
派遣受付嬢をしている胡桃沢 和奏は、副社長専属秘書である相良 大貴に一目惚れをして勢い余って告白してしまうが、冷たくあしらわれる。諦めモードで日々過ごしていたが、チャンス到来───!?

俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛

ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。 そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う これが桂木廉也との出会いである。 廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。 みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。 以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。 二人の恋の行方は……

契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」  突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。  冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。  仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。 「お前を、誰にも渡すつもりはない」  冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。  これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?  割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。  不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。  これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。

契約結婚のはずが、御曹司は一途な愛を抑えきれない

ラヴ KAZU
恋愛
橘花ミクは誕生日に恋人、海城真人に別れを告げられた。 バーでお酒を飲んでいると、ある男性に声をかけられる。 ミクはその男性と一夜を共にしてしまう。 その男性はミクの働いている辰巳グループ御曹司だった。 なんてことやらかしてしまったのよと落ち込んでしまう。 辰巳省吾はミクに一目惚れをしたのだった。 セキュリティーないアパートに住んでいるミクに省吾は 契約結婚を申し出る。 愛のない結婚と思い込んでいるミク。 しかし、一途な愛を捧げる省吾に翻弄される。 そして、別れを告げられた元彼の出現に戸惑うミク。 省吾とミクはすれ違う気持ちを乗り越えていけるのだろうか。

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

処理中です...