Promise Ring

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

文字の大きさ
上 下
5 / 9

5.お迎えなんてお断り!

しおりを挟む
十五分程度で会社に着き、車から降りると一気に視線が集まった。

「本当にありがとうございました」

「ああ」

痛い、痛いよ、視線。
みんなこの左ハンドルが、多賀谷社長の車だって知ってるし。
早くこの場から離れたい。

「……じゃあ」

車から離れようとする私の腕を、多賀谷社長が掴む。
振り返ると腕が伸びてきて引き寄せられた。

 ちゅっ。

「今日、迎えにくるから」

「……」

ふれた唇で、赤くなって黙ってしまった私にニヤリと笑うと、多賀谷社長は車を出した。

放心状態で車を見送り、完全に突き刺さってる視線で、我に返る。

……一体、なにがしたいんだろう、あの人は。

 

一日中、ちくちくどころかぐさぐさ突き刺さる視線に耐え、終業時間。

病み上がりだし、さっさと帰ろうかと思いつつも……今朝の、あれが。

……迎えにこられても困る。
そうだ、残業しよう!

いいアイディアだ、そう思ったのも束の間。

「浅井くん。
残業、かい?」

「はい、昨日早退してしまったので、その分」

にこにこと話しかけてきた課長に、笑顔で返す。
残業すればきっと、多賀谷社長に会わなくてすむし。

「病み上がりなんだから、今日は無理しなくていい。
さっさと帰りなさい」

「はい?」

課長はにこにこと笑いながら、私の顔を見つめてる。

……けど。
有無をいわさない迫力に黙ってしまう。

「無理しなくていいから。
今日は帰りなさい。
いいね」

「……はい」

結局。
拒否できないまま席を立つ。
エレベーターに乗ってため息。

……どうしよう。
会いたくないんですけど。
逃げる?
逃げちゃう?
 
一階エントランスに降りると、なぜか酷くざわついていた。
みんなの視線の先には抱えきれないほどの大きなバラの花束……を持った多賀谷社長。

……ああ、きっと課長はこれを知ってたんだ。

「遅い!」

「……」

……なんで文句云われなきゃいけないんですか?
そもそも、別に待ち合わせをしていたわけでもないし。
それになんですか、その花束。

「ああ、これ?
……夕海。
俺と結婚してくれ」

 ばっちーん!
 
多賀谷社長の頬にクリーンヒットした右手がジンジンする。
完全に時間が止まっている、周囲。
目の前の多賀谷社長、も。

「なんで!
なんで私が!
あなたと!
結婚しなきゃいけないんですか!!」

あたまが痛い。
やっぱり治ったと思った体調は気のせいだったのだろうか?

「……だって。
昨日の礼はするって云っただろ」

くぅーん、まるでそんな声が聞こえてきそうな、しょんぼりとしている多賀谷社長の顔。
そんなの見せられると、ちょっと心が痛む。

「……確かに云いましたが。
なんでそれがこうなるんです」

「……だって俺、夕海と結婚したいから」

……ちゃんと人の云ってること、理解してます?

いや、それ以上に問題なのが。
現在の状況。
視線がぐさぐさ突き刺さる上に、ひそひそ話が。

……ああ、もう。

「……話ぐらいは聞いてあげますから。
とりあえず、ここ、離れましょう」

「……話、聞いてくれるのか?」

……ううっ。
上目遣いで窺わないで!
実家のわんこが、怒られたときを思い出すから。

「はい。
話は聞きますから。
だから、ここ、離れましょう」

「……わかった」

たぶんきっと、尻尾があったら、力なくパタパタしてるだろうな、そう思わせるくらいの弱々しい笑顔でやっと、多賀谷社長はその場を離れてくれた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ご褒美

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:48

残り香

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:23

人形と皇子

BL / 連載中 24h.ポイント:12,293pt お気に入り:4,349

「今日でやめます」

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:7,611pt お気に入り:112

思い出を売った女

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:75,277pt お気に入り:726

檻の中で

66
BL / 完結 24h.ポイント:553pt お気に入り:166

君は僕の大切なおもちゃ【R18】

恋愛 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:337

社内で秘め事はお断り!?【R18】

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:269

今日、彼に会いに行く

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:17

処理中です...