君は僕の大切なおもちゃ【R18】

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第1章 出会い

1-1.プロポーズ

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待ち合わせ場所に早く着いたのか、ふたりはまだきていなかった。
携帯をいじりながら、つい、左手に視線がいってしまう。

「なあに、にやにやしちゃって気持ち悪い」

「えっ、あっ、いつからいたの!?」

慌てて左手から視線を外すと、呆れ顔の利香りかが立っていた。

「いまきたとこだけど。
……そんなに嬉しい、それ?」

「……うん」

改めて指摘され、顔が熱くなってくる。

……見つめていたのは、薬指の指環。

「はいはい、ごちそうさま。
……かける
私も欲しいな」

「そうだね。
思いっきりロマンチックにするつもりだから、もうちょっとだけ待っててね」

「かけるー」

人のことは言えないほどに、いちゃいちゃしているふたりに苦笑い。
利香も翔も高校時代からの友人だ。



「で?
沙也加さやか、ほんとにいいの?
沙也加が欲しいランクの奴だと、安い中古車買えちゃうくらいだし、下手したら新車の軽自動車くらい買えちゃうよ」

心配そうに翔が私の顔を覗き込む。

……でも。

「うん。いい。
次、引っ越すときのために貯めてたお金、いらなくなったし」

「わかった。
じゃあ、行こうか」

手を繋いで歩く、利香と翔について歩く。

――でも。
この買い物があんなことになるなんて。



少し前の休日。

私は一年ほど前から付き合っている五歳年上の彼氏、悠生ゆうきに行き先も告げられないまま車に押し込められた。

悠生はなんだか不機嫌で、どこに連れて行かれるのか不安になる。

気まずい沈黙の中、車は気がついたら福岡市内では高級住宅の多い、桜坂に入っていた。

停められた高級新築マンション。

無言で入っていく悠生の後を追う。

なんの説明もないまま開けられたのは、最上階のまだなにもないがらんとした、部屋。

「……買った」

「えっ、あ、うん。
……そう」

金持ちの考えることはわからない。
きっと悠生の言うことだから、現金一括。

悠生の実家は福岡では有名な大手不動産屋だ。

悠生自身は、家にいろいろ不満があって次期社長という地位を蹴り、自分で経営コンサルタント会社の経営なんかしているので、関係ないといえば関係ないけど。

しかしそれが大変成功していて、やっぱり金持ちだってことには変わりない。

「いまのマンション、このあいだ地震がきたとき、揺れて怖がってただろ?
だからこっちを買った」

「……はい。
ありがとうございマス」

ええ、確かに。
タワーマンションの高層階、そんなに大きな地震じゃなかったとはいえ、怖かったです。

……でも、そんな理由で?

「……で?
引っ越し、いつにする?」

「……はい?」

「いつにするかって聞いてるんだ」

ううっ。
怒られた。

悠生は若干、苛ついているけど。

「なんで私に聞くの?」

……はぁーっ、大きなため息を落とし、眼鏡を軽く押さえて悠生があたまを振った。

「一緒に暮らすからだ」

「えっと。
誰と、誰が?」

「君と、僕が」

「どこで?」

「ここで」

えーっと。
えーっと。
えーっと……。

「ああ!
どう……」

「違う!」

最後まで言わせないで、全力で否定された。

うーん、じゃあ、なに?

「……君のその鈍さは。
呆れるを通り越して、称賛に値するな」

いや、それってぜんぜん褒めていないですよね?
だって、わかんないもんはわかんないですもん。

「いくら僕でも。
同棲するためだけにマンションなんか買ったりしない」

えーっと。
同棲じゃなくて、でも一緒に住む……?

ん?
んんん?

……えっと。
これって、もしかして、……そういうこと、ですか?

「やっとわかったか」

熱くなった顔で黙って頷く。

「で?
返事は?」

「……よろしくお願いします」

ニヤリ、片頬があがった悠生に左手をとられた。
なにするんだろ、そう思っていたら、薬指には指環。
何度か指環と悠生の顔のあいだに、視線を往復させた。

赤い顔で、悠生は怒っている。
けど、そこにはちゃんと、嬉しいって書いてあって。

容量オーバーになって私はとうとう、あたまから湯気を出しながらその場にへたり込んだ。



それからもう毎日、指環を見てはにやついている。

だって、まさか悠生から、プロポーズされる日が来るなんて思っていなかったから。



そもそも悠生と知り合ったのは、私が勤める会社に悠生が仕事できたからだ。

頼まれて、お茶出しして。
間抜けにも私はカーペットのわずかな段差に躓き、悠生――このころは下坂しもさかさんにあたまからお茶を浴びせた。

「す、すみません!」

「……」

慌ててタオルと氷を持ってくると、ひったくられた。

「自分でやるからいいです」

「すみません、でした。
お怪我は、なかったです、か?
その、やけど、とか」

「大丈夫です」

上司は真っ青になって、遙か年下の下坂さんにペコペコあたまを下げている。

と、いうかその人そんなに偉いの!?
私、もしかしてクビ!?

「スーツのクリーニング代は、弁償させて、いただきます、ので」

「結構です」

銀縁眼鏡にかかったお茶を拭いて、再びかけた下坂さんの額には、確実に怒りマークが浮いていたし、口端も微妙にぴくぴくしていた。

それだけでも怖くて泣きそうなのに。

かけいくん!
君はなんてことをしてくれたんだ!
短大卒はこれだから……」

下坂さんを前にして、興奮気味に始まる上司の罵倒。
なぜか視線は私にではなく、ちらちらと下坂さんに向いている。

「……その辺でおやめになっては?」

「は?」

驚いて顔を上げた上司の顔に、下坂さんの冷たい視線が突き刺さる。

「前々から指摘していたはずです。
御社の職場環境は悪すぎる、と。
こんな凸凹したカーペット、彼女が躓くのも無理はない」

「す、すみません!」

また上司が青くなってペコペコとあたまを下げだす。

そんな光景を呆然と見ていたら、目のあった下坂さんが、私を追っ払うように手を振った。

釈然としないながらも小さくあたまを下げて、それに従い応接室を出た。

 
そのうち話が終わったのか、応接室から上司と下坂さんが出てきた。

慌てて椅子から立ち上がると、視線だけで外に出ろって言われた。

エレベーター前で上司を追っ払い私に、一緒にエレベーターに乗るようにやっぱり視線だけで指示する。

「……その」

「別に君を助けたわけじゃない。
ああいう人間が不快なだけだ」

冷たい、下坂さんの声。

……けれど。

「それでも。
私は助かったので。
……ありがとうございました」

「……」

――チン。

一階にエレベーターが止まる。

開く、扉。

「さっさと仕事に戻れ。
あの男のことだから、またなにか言ってくるぞ」

颯爽とエレベーターを降りて去って行く下坂さんの後ろ姿に、黙ってあたまを下げて見送った。

……その顔が、嬉しそうに笑っていたことなんて知らずに。


暫くのあいだは、なにかお咎めがあるのかとドキドキしていたが、なにもなく。

というか、反対に上司の方が怯えていた。

……あとで知ったことだけど。

下坂さんは私の勤める会社の職場改善ということできているが、実際のところは親会社が送り込んだ監査役的なものらしい。

だから上司は、あんなに下坂さんの顔色をうかがっていたみたい。
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