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第1章 出会い
1-2 チビと呼ぶ、彼
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「チビはいるか」
「筧くん!」
不快な呼び方をする声と、悲鳴じみた上司の声に顔を上げると、案の定、下坂さんと上司が並んで立っていた。
「今日はこのあたりの書類がみたい。
案内しろ」
「……」
小さくため息をついて、黙って席を立つ。
……天神の中心部から少し離れた、オフィスビルのワンフロア。
案内が必要ですか?
あれ以来、下坂さんはなにかと私にかまってくる。
……チビ、って。
いや、確かに長身の下坂さんから見ればチビかもしれないですけど。
……いや、下坂さんから見なくても、チビかもしれないですけど。
身長、一五五だし。
……そんなことはどうでもいい。
問題は下坂さんが、私にかまってくることだ。
「チビ、これじゃなくて……」
「こっち、ですか?」
「ああ。
それにしてもこの会社は全く整理ができてない」
呆れ気味の下坂さんの声に、また小さくため息。
上司と話すときは、上司が怯えるほど冷たい顔をしているのに、私をチビって呼ぶときはほんと、嬉しそうな顔になる。
おかげで私は完全に、下坂さんの係だ。
「あと、この……」
「これですね」
「チビの癖に生意気な」
用意していたファイルを出すと、下坂さんは嬉しそうに頷いた。
……すみませんね、私ごときが理解していて。
けど、これが下坂さんの最高の褒め言葉だと知るのは、まだ先のこと。
「……ああそうだ。
今日はチビ、頑張ったからこれをやろう」
手にのせられた、水色の小さな紙袋。
……いや。
これって映画のタイトルにもなっていて有名な、あのアクセサリーブランドの奴ですよね?
「……受け取れません」
「なぜ?」
「たいした手伝いもしてないのに、こんな高価なもの。
……受け取れない、です」
じーっと私を見つめていた下坂さんだけど。
突然、凄い勢いで笑いだした。
「それを、高価なものだと!?
しかも、断るなんて!」
えっと、それは、私が貧乏人だと莫迦にしていますか?
「あー、もー、笑わせないでくれ!
いままでの女性は全員、喜んだふりして受け取ってたのに」
眼鏡を外して、笑いすぎてたまった涙を拭っていますが。
……なんかちょっと、かちんときた。
そういう女性たちと、同じ扱いにされていたのが。
「わかった。
今日は持って帰ろう。
……悪かったな」
初めて聞く、謝罪の言葉。
目があうと、目元を赤く染めてふぃっと逸らす。
……なんなんだろう、いったい。
次、きたときも紙袋をのせられた。
中に入っていたのは焼き菓子。
「これなら、手伝った対価としてふさわしいだろ」
「……ありがとう、ございます」
まあ、これだと断る理由が見つからないので素直に受け取ると、また目元を赤く染めて視線を逸らされた。
……なんなんだろう、ほんと。
もらったお菓子はかなり美味しかった。
どこの奴か知りたくて箱や袋をひっくり返してみても、それらしい名前は入っていなく。
……まあきっと、知ったところで下坂さんが買うような奴だから、私が気軽に買えるようなものじゃないんだろうな。
……とか思っていたのだけれど。
あとで下坂さんのお手製だと知って、そのクオリティの高さと、そんなものをもらっていた自分に震えてしまいました。
それからも。
やってきては私をチビと呼んで手伝わせ、ご褒美だってお菓子を置いていく。
そのうちどこかで、下坂さんがくるのを心待ちにしている自分に気がついて、……慌てて否定した。
下坂さんにかまわれるようになって、三ヶ月ほどたったある日。
お昼を買いに出ようとして、入り口付近で携帯が鳴った。
携帯に気を取られていた私は、急いで入ってきた人とぶつかり、携帯を落とし、慌てて拾おうとして。
――ミシリ。
携帯の画面に突き刺さる、ピンヒール。
視線を上げると、女性と目があった。
たぶん、別のフロアの、別の会社の人。
「こんなところで携帯を落とすあなたが悪いんだから!
弁償なんかしないわよ!」
女性が一気にまくし立ててくる。
……別に、弁償して欲しいなんて思っていない。
確かに、落とした私も悪いし。
でも、一言くらいあやまって欲しい、そう思う私はおかしいのかな。
「……一言の謝罪もなしか?」
聞こえてきた聞き慣れた声に俯いていた顔を上げると、いつからいたのか下坂さんが立っていた。
「確かに、あんな人通りの多い場所で、携帯に気を取られていた彼女にも非はあるだろう。
でも、足下に全く注意を払わずに歩いていた君に、非がないと言えるのか?
すべてを人のせいにして、謝罪の一言もなしか?」
銀縁眼鏡の奥から送られる、下坂さんの冷たい視線に、女性はわなわなと唇を震わせている。
「わ、私も悪かったわよ!
これでいいんでしょ!」
ふん!
鼻息も荒く去って行く女性の背中を、呆然と見送った。
……あ。下坂さん。
ゆっくりと下坂さんに視線を向ける。
彼はふいっ目を逸らした。
「その。
……ありがとうございました」
「……チビが泣きそうにしてたから」
「はい?」
「他人が僕のおもちゃを泣かせるのは、我慢ならない」
言われた意味を理解するまでに少し時間がかかった。
理解すると、なぜか悲しくなった。
……私は下坂さんにとって、ただのおもちゃなんだ。
俯いた足下には水滴。
それはどんどん増えていく。
「会社に戻って、午後から休みをもらってこい」
「……なんでそんなこと、しなきゃいけないのかわかりません」
「命令だ。
おもちゃに逆らうことは許されない」
「……私はおもちゃじゃありません」
「うるさい、命令だ」
「……」
黙っていたら、下坂さんは苛立ちながらどこかに電話をかけ始めた。
通話が終わり、私の腕を引っ張る。
「なにするんですか!?」
「体調不良で早退だ。
下で筧さんに会ったら酷く具合が悪そうだったから送って行く、いいですよね、って君の上司に連絡した」
「そんなの、信じるわけ、」
「よろしくお願いします、筧くんにはお大事にと伝えてください、って言われたぞ」
「……」
……うちの上司はそんなに、下坂さんが怖いんだろうか?
「筧くん!」
不快な呼び方をする声と、悲鳴じみた上司の声に顔を上げると、案の定、下坂さんと上司が並んで立っていた。
「今日はこのあたりの書類がみたい。
案内しろ」
「……」
小さくため息をついて、黙って席を立つ。
……天神の中心部から少し離れた、オフィスビルのワンフロア。
案内が必要ですか?
あれ以来、下坂さんはなにかと私にかまってくる。
……チビ、って。
いや、確かに長身の下坂さんから見ればチビかもしれないですけど。
……いや、下坂さんから見なくても、チビかもしれないですけど。
身長、一五五だし。
……そんなことはどうでもいい。
問題は下坂さんが、私にかまってくることだ。
「チビ、これじゃなくて……」
「こっち、ですか?」
「ああ。
それにしてもこの会社は全く整理ができてない」
呆れ気味の下坂さんの声に、また小さくため息。
上司と話すときは、上司が怯えるほど冷たい顔をしているのに、私をチビって呼ぶときはほんと、嬉しそうな顔になる。
おかげで私は完全に、下坂さんの係だ。
「あと、この……」
「これですね」
「チビの癖に生意気な」
用意していたファイルを出すと、下坂さんは嬉しそうに頷いた。
……すみませんね、私ごときが理解していて。
けど、これが下坂さんの最高の褒め言葉だと知るのは、まだ先のこと。
「……ああそうだ。
今日はチビ、頑張ったからこれをやろう」
手にのせられた、水色の小さな紙袋。
……いや。
これって映画のタイトルにもなっていて有名な、あのアクセサリーブランドの奴ですよね?
「……受け取れません」
「なぜ?」
「たいした手伝いもしてないのに、こんな高価なもの。
……受け取れない、です」
じーっと私を見つめていた下坂さんだけど。
突然、凄い勢いで笑いだした。
「それを、高価なものだと!?
しかも、断るなんて!」
えっと、それは、私が貧乏人だと莫迦にしていますか?
「あー、もー、笑わせないでくれ!
いままでの女性は全員、喜んだふりして受け取ってたのに」
眼鏡を外して、笑いすぎてたまった涙を拭っていますが。
……なんかちょっと、かちんときた。
そういう女性たちと、同じ扱いにされていたのが。
「わかった。
今日は持って帰ろう。
……悪かったな」
初めて聞く、謝罪の言葉。
目があうと、目元を赤く染めてふぃっと逸らす。
……なんなんだろう、いったい。
次、きたときも紙袋をのせられた。
中に入っていたのは焼き菓子。
「これなら、手伝った対価としてふさわしいだろ」
「……ありがとう、ございます」
まあ、これだと断る理由が見つからないので素直に受け取ると、また目元を赤く染めて視線を逸らされた。
……なんなんだろう、ほんと。
もらったお菓子はかなり美味しかった。
どこの奴か知りたくて箱や袋をひっくり返してみても、それらしい名前は入っていなく。
……まあきっと、知ったところで下坂さんが買うような奴だから、私が気軽に買えるようなものじゃないんだろうな。
……とか思っていたのだけれど。
あとで下坂さんのお手製だと知って、そのクオリティの高さと、そんなものをもらっていた自分に震えてしまいました。
それからも。
やってきては私をチビと呼んで手伝わせ、ご褒美だってお菓子を置いていく。
そのうちどこかで、下坂さんがくるのを心待ちにしている自分に気がついて、……慌てて否定した。
下坂さんにかまわれるようになって、三ヶ月ほどたったある日。
お昼を買いに出ようとして、入り口付近で携帯が鳴った。
携帯に気を取られていた私は、急いで入ってきた人とぶつかり、携帯を落とし、慌てて拾おうとして。
――ミシリ。
携帯の画面に突き刺さる、ピンヒール。
視線を上げると、女性と目があった。
たぶん、別のフロアの、別の会社の人。
「こんなところで携帯を落とすあなたが悪いんだから!
弁償なんかしないわよ!」
女性が一気にまくし立ててくる。
……別に、弁償して欲しいなんて思っていない。
確かに、落とした私も悪いし。
でも、一言くらいあやまって欲しい、そう思う私はおかしいのかな。
「……一言の謝罪もなしか?」
聞こえてきた聞き慣れた声に俯いていた顔を上げると、いつからいたのか下坂さんが立っていた。
「確かに、あんな人通りの多い場所で、携帯に気を取られていた彼女にも非はあるだろう。
でも、足下に全く注意を払わずに歩いていた君に、非がないと言えるのか?
すべてを人のせいにして、謝罪の一言もなしか?」
銀縁眼鏡の奥から送られる、下坂さんの冷たい視線に、女性はわなわなと唇を震わせている。
「わ、私も悪かったわよ!
これでいいんでしょ!」
ふん!
鼻息も荒く去って行く女性の背中を、呆然と見送った。
……あ。下坂さん。
ゆっくりと下坂さんに視線を向ける。
彼はふいっ目を逸らした。
「その。
……ありがとうございました」
「……チビが泣きそうにしてたから」
「はい?」
「他人が僕のおもちゃを泣かせるのは、我慢ならない」
言われた意味を理解するまでに少し時間がかかった。
理解すると、なぜか悲しくなった。
……私は下坂さんにとって、ただのおもちゃなんだ。
俯いた足下には水滴。
それはどんどん増えていく。
「会社に戻って、午後から休みをもらってこい」
「……なんでそんなこと、しなきゃいけないのかわかりません」
「命令だ。
おもちゃに逆らうことは許されない」
「……私はおもちゃじゃありません」
「うるさい、命令だ」
「……」
黙っていたら、下坂さんは苛立ちながらどこかに電話をかけ始めた。
通話が終わり、私の腕を引っ張る。
「なにするんですか!?」
「体調不良で早退だ。
下で筧さんに会ったら酷く具合が悪そうだったから送って行く、いいですよね、って君の上司に連絡した」
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