君は僕の大切なおもちゃ【R18】

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第1章 出会い

1-2 チビと呼ぶ、彼

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「チビはいるか」

「筧くん!」

不快な呼び方をする声と、悲鳴じみた上司の声に顔を上げると、案の定、下坂さんと上司が並んで立っていた。

「今日はこのあたりの書類がみたい。
案内しろ」

「……」

小さくため息をついて、黙って席を立つ。

……天神の中心部から少し離れた、オフィスビルのワンフロア。

案内が必要ですか?
 

あれ以来、下坂さんはなにかと私にかまってくる。

……チビ、って。

いや、確かに長身の下坂さんから見ればチビかもしれないですけど。

……いや、下坂さんから見なくても、チビかもしれないですけど。

身長、一五五だし。

……そんなことはどうでもいい。

問題は下坂さんが、私にかまってくることだ。

「チビ、これじゃなくて……」

「こっち、ですか?」

「ああ。
それにしてもこの会社は全く整理ができてない」

呆れ気味の下坂さんの声に、また小さくため息。

上司と話すときは、上司が怯えるほど冷たい顔をしているのに、私をチビって呼ぶときはほんと、嬉しそうな顔になる。
おかげで私は完全に、下坂さんの係だ。

「あと、この……」

「これですね」

「チビの癖に生意気な」

用意していたファイルを出すと、下坂さんは嬉しそうに頷いた。

……すみませんね、私ごときが理解していて。

けど、これが下坂さんの最高の褒め言葉だと知るのは、まだ先のこと。

「……ああそうだ。
今日はチビ、頑張ったからこれをやろう」

手にのせられた、水色の小さな紙袋。

……いや。
これって映画のタイトルにもなっていて有名な、あのアクセサリーブランドの奴ですよね?

「……受け取れません」

「なぜ?」

「たいした手伝いもしてないのに、こんな高価なもの。
……受け取れない、です」

じーっと私を見つめていた下坂さんだけど。
突然、凄い勢いで笑いだした。

「それを、高価なものだと!?
しかも、断るなんて!」

えっと、それは、私が貧乏人だと莫迦にしていますか?

「あー、もー、笑わせないでくれ!
いままでの女性は全員、喜んだふりして受け取ってたのに」

眼鏡を外して、笑いすぎてたまった涙を拭っていますが。

……なんかちょっと、かちんときた。
そういう女性たちと、同じ扱いにされていたのが。

「わかった。
今日は持って帰ろう。
……悪かったな」

初めて聞く、謝罪の言葉。
目があうと、目元を赤く染めてふぃっと逸らす。

……なんなんだろう、いったい。



次、きたときも紙袋をのせられた。
中に入っていたのは焼き菓子。

「これなら、手伝った対価としてふさわしいだろ」

「……ありがとう、ございます」

まあ、これだと断る理由が見つからないので素直に受け取ると、また目元を赤く染めて視線を逸らされた。

……なんなんだろう、ほんと。


もらったお菓子はかなり美味しかった。
どこの奴か知りたくて箱や袋をひっくり返してみても、それらしい名前は入っていなく。

……まあきっと、知ったところで下坂さんが買うような奴だから、私が気軽に買えるようなものじゃないんだろうな。

……とか思っていたのだけれど。

あとで下坂さんのお手製だと知って、そのクオリティの高さと、そんなものをもらっていた自分に震えてしまいました。



それからも。

やってきては私をチビと呼んで手伝わせ、ご褒美だってお菓子を置いていく。

そのうちどこかで、下坂さんがくるのを心待ちにしている自分に気がついて、……慌てて否定した。



下坂さんにかまわれるようになって、三ヶ月ほどたったある日。

お昼を買いに出ようとして、入り口付近で携帯が鳴った。
携帯に気を取られていた私は、急いで入ってきた人とぶつかり、携帯を落とし、慌てて拾おうとして。

――ミシリ。

携帯の画面に突き刺さる、ピンヒール。
視線を上げると、女性と目があった。
たぶん、別のフロアの、別の会社の人。

「こんなところで携帯を落とすあなたが悪いんだから!
弁償なんかしないわよ!」

女性が一気にまくし立ててくる。

……別に、弁償して欲しいなんて思っていない。
確かに、落とした私も悪いし。
でも、一言くらいあやまって欲しい、そう思う私はおかしいのかな。

「……一言の謝罪もなしか?」

聞こえてきた聞き慣れた声に俯いていた顔を上げると、いつからいたのか下坂さんが立っていた。

「確かに、あんな人通りの多い場所で、携帯に気を取られていた彼女にも非はあるだろう。
でも、足下に全く注意を払わずに歩いていた君に、非がないと言えるのか?
すべてを人のせいにして、謝罪の一言もなしか?」

銀縁眼鏡の奥から送られる、下坂さんの冷たい視線に、女性はわなわなと唇を震わせている。

「わ、私も悪かったわよ!
これでいいんでしょ!」

ふん!

鼻息も荒く去って行く女性の背中を、呆然と見送った。

……あ。下坂さん。

ゆっくりと下坂さんに視線を向ける。
彼はふいっ目を逸らした。

「その。
……ありがとうございました」

「……チビが泣きそうにしてたから」

「はい?」

「他人が僕のおもちゃを泣かせるのは、我慢ならない」

言われた意味を理解するまでに少し時間がかかった。
理解すると、なぜか悲しくなった。

……私は下坂さんにとって、ただのおもちゃなんだ。

俯いた足下には水滴。
それはどんどん増えていく。

「会社に戻って、午後から休みをもらってこい」

「……なんでそんなこと、しなきゃいけないのかわかりません」

「命令だ。
おもちゃに逆らうことは許されない」

「……私はおもちゃじゃありません」

「うるさい、命令だ」

「……」

黙っていたら、下坂さんは苛立ちながらどこかに電話をかけ始めた。
通話が終わり、私の腕を引っ張る。

「なにするんですか!?」

「体調不良で早退だ。
下で筧さんに会ったら酷く具合が悪そうだったから送って行く、いいですよね、って君の上司に連絡した」

「そんなの、信じるわけ、」

「よろしくお願いします、筧くんにはお大事にと伝えてください、って言われたぞ」

「……」

……うちの上司はそんなに、下坂さんが怖いんだろうか?
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