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最終章 パーフェクトな警視にごくあま逮捕されました

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朝、目を開けたら駒木さんの顔が見えた。

「おはよう」

私の鼻をぷにぷに押し、彼がにっこりと笑う。

「今日は会社、休みなよ。
もうアイツは会社にいないけど、疲れてるでしょ」

駒木さんの気遣いが嬉しい。
けれど。

「行きますよ。
これくらいで休むなんて、負けた気がするから嫌です」

それでなくてもコンペはダメだった。
もっと、もっと頑張らなければ。

「そういう花夜乃さん、好きだよ。
でも、頑張りすぎてポッキリ折れちゃわないか、僕は心配だな」

その言葉どおり、駒木さんが眉間に皺を寄せる。

「私は頑張りすぎてなんか……」

ううん、隙を見せたらダメだって、男性に――女性にも気を許さなかった。
周りに認められるんだってそればっかりで、他にはなにも考えていなかった。

「……ポッキリ折れても、いいですか」

気づいた途端、弱音が口から落ちていく。

「いいよ」

手を伸ばした駒木さんは、私を抱き締めてくれた。
温かな腕の中でゆっくり呼吸をすると、ずっと頑なだった心がほぐれていく。

「昨日のプレゼンで、可愛い子が思いつきで作った可愛いものって言われて」

「なにそれ、酷いね」

怒りを含んだ声が聞こえ、顔を上げる。

「花夜乃さんが可愛いのは事実だけど、〝思いつき〟ってなに?
花夜乃さんだっていっぱい考えて出したアイディアなのに。
その人、本気で言ってるの?」

……駒木さんは怒ってくれるんだ。

それであのとき、あんなに惨めだった気持ちが救われた気がした。

「不当に評価されたって、抗議しなよ。
あー、いや、そういう評価をするような会社、辞めちゃいなよ」

「……そう、ですね」

会社を辞めて全部リセットし、一からやり直す。
それは、とても魅力的に思えた。

「なんかもう、疲れちゃいました……」

いくら努力しても、見た目の印象で勝手に評価される。
こんな扱いを受けているのに逆恨みされ、櫻井さんからは襲われた。
なんかもう、なにもかもどうでもいい。

「とりあえず今日はもう、ゆっくり休みなよ。
僕は一緒にいてあげられないのが申し訳ないけど」

「そう、します……」

ゆっくり私の髪を撫でる駒木さんの手が気持ちよくて、意識が溶けていく。

「おやすみ、僕の天使ちゃん」

ぷにっと鼻を押された感触を最後に、私は眠りに落ちた。



「よく、寝た……」

起きたら、ひとりになっていた。

「あ、会社に連絡……」

連絡をせずに休んだから、無断欠勤だと怒られるだろうか。
それにしても今、何時なんだろう?
遮光のカーテンは閉められているので、部屋の中は暗い。

「あ……」

携帯を手に取ったら、伝言代わりなのか駒木さんからメッセージが入っていた。

【会社には休みって連絡しておいたから、気にしなくていいよ】

【今日は夜、美味しいものを食べに行こう。
なにを食べたいか考えておいて】

【家政婦さんは今日、断っておいたから、ひとりでゆっくりしてね。
出掛けるんだったらリビングのテーブルの上にお金を置いといたから、それ使って】

【じゃあ、いってくるね】

最後に、いつもの眼鏡男子のスタンプで、「愛してる」と貼ってある。

「お小遣いとかいいのに」

わざと素足でペタペタと歩きリビングへ行ったら、ペーパーウェイトで押さえて一万円札が数枚、テーブルの上に置いてあった。

「とりあえず、なにか食べよう」

時刻はもう、ほぼお昼だった。
顔を洗って基礎化粧品をつけるだけして、冷蔵庫を開ける。

「作るの、面倒だな……」

駒木さんがつまみに置いてあるチーズと、ウィンナーの袋、あとは牛乳パックを掴む。
ソファーに座り、適当に選んだ映画を観ながらそれらを食べて飲んだ。
牛乳はパックから直接だ。

「あー……」

なにも、したくない。
もう、なにも。

ひたすらぼーっとテレビを眺めていたら、駒木さんから電話がかかってきた。

『花夜乃さん、よかったら今から出てこない?
夕ごはん食べに行こうよ』

「あー……」

外を見たらすでに、暗くなり始めていた。
夕食を作る気力なんてないし、そうなると外に食べに行かないといけないのもわかる。
でも。

「……外に出たくない」

こんなことを言うと、怒られるだろうか。
しかしそれくらい、なにもしたくなかった。

『わかった。
なにか買って帰るよ』

電話の向こうでため息をついた彼は、呆れているようでも、面白がっているようでもあった。
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