恋の講義をお願いできますか?

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

文字の大きさ
6 / 29
第一章 なら俺は、諦めません

1-6

しおりを挟む
「くしゅん!」

「風邪ですか?」

翌日、くしゃみをした僕の顔を真北さんが心配そうにうかがう。

「あー……。
ちょっと、ね……」

適当に笑って曖昧に答える。
昨晩、ベランダでうだうだしていたせいで、身体を冷やしたらしい。
とはいえ、若干鼻が詰まるくらいで他に不調はない。
講義に問題はないだろう。

「無理はしないでくださいね」

「……ありがとう」

とりあえずお礼は言っておいた。
短期講義中に風邪を引くなんてと、彼がバカにしているんじゃないかと考えてしまうのは、被害妄想だろうか。

最終日、講義は問題なく進んでいく。
……ただ。

昼休憩、食事のあとに真北さんはコンビニに寄りたいと別行動になった。
僕はひとり、今日もコーヒーを買って戻る。

「遅くなりました」

コーヒーを飲みながら午後からの講義内容を確認していたら、真北さんが帰ってきた。

「いえ、まだ時間内ですから」

視線はパソコンの画面に落としたまま、素っ気なく答える。
視界にいきなりのど飴が現れ、驚いて顔を上げた。

「これ。
花粉症の友人が鼻づまりにはこれが効くと言っていたので、よろしかったら」

無言で彼の顔を見上げる。
自覚していなかったが、そんなに午前の僕の声は酷かったんだろうか。

「あの。
森宗さんの声が聞きづらかったとかじゃなく、ちょっと苦しそうだったので少しでも楽になればと思って」

そんな僕の疑問に気づいたのか、慌てて真北くんは早口に捲したてた。
それを聞いて、顔が一気に熱くなる。
僕は彼が、僕のドジを心の中で笑っているのだろうとか考えていた。
けれど彼はただ、僕を気遣ってくれていただけだったのだ。

「……ありが、とう」

受け取った飴を開け、口に入れる。
被害者意識ばかりだった、自分が恥ずかしい。

「あの」

謝らなければと口を開いたが、別にそう思っていたからといって彼になにかしたわけではない。
多少……かなり、そのせいで強がった部分はあるが。
なのに謝るのはおかしくないだろうか。

「……なんでもない、です」

結局素直じゃない僕は、彼に謝罪すらできなかった。

「……はぁーっ」

思わず、口からため息が落ちていく。

「うっ」

変な声が聞こえて顔を上げると、ふたつの眼鏡越しに真北さんと目があった。
しかし、さっと逸らされる。
さらに彼の顔は真っ赤でまた眼鏡から下を手で覆って隠しているが、あれはいったいなんなんだろう?
真北さんのおかげもあって、無事に三日間の講義を終えられた。

「いろいろありがとう。
打ち上げに飲みにと言いたいところだけれど、今日は許してください」

この三日間は真北さんを疑ったりあれだったが、終わりよければすべてよし、ということで。

「森宗さんに感謝された!」

「え……」

眼鏡の奥で目をキラキラと輝かせ、ずいっと真北さんが顔を近づけてくる。
おかげで背中が、仰け反った。

「俺、森宗さんの役に立ってましたか!?」

「ええ、ああ、……うん」

なんだか圧が酷く、どうどうと手で彼を押さえつつ、顔ごと逸らしてしまう。
それにしても、真北さんには仕事はもちろん、個人的にも助けられた。
彼は純粋にお人好しなのだとわかってしまえば、僕のちっぽけなプライドなんて関係なくなる。

「よかったー」

安心したのか、出会ってからの四日間で彼は、一番気の抜けた顔をしていた。

「こういう仕事は初めてで、きちんと仕事ができるか、森宗さんの足を引っ張らないか不安だったんですよね。
でも、お役に立てていたのならよかったです」

にぱっと、真北さんが笑う。
それはまるで褒められるのを待っている大型犬のようで、ちょっと可愛く見えた。

「うん、とても助かりました。
これからもよろしくお願いします」

彼の笑顔につられて、僕も自然と笑顔になっていた。

「こちらこそ、よろしくお願いします!」

勢いよく真北さんが頭を下げる。
苦手意識ばかりで上手くやっていけるか不安だったが、彼なら末永くやっていけそうな気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる 🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟 ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。 ――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。 お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。 目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。 ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。 執着攻め×不憫受け 美形公爵×病弱王子 不憫展開からの溺愛ハピエン物語。 ◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。 四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。 なお、※表示のある回はR18描写を含みます。 🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。 🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

処理中です...