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第二章 変わっていく自分
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それからも僕は、真北くんとペアを組んで短期講習を回っていた。
「近くにネギトロのせ放題の海鮮丼を出してる店があるらしいんですよ。
昼、行きませんか?」
偶然……だと思うが、会場の最寄り駅で真北くんと会った。
会場に向かいながらうきうきとお昼の計画を彼は話していて、つい笑ってしまう。
「いいね」
真北くんとは仲のいい同僚、というよりも友達といった感じになっていた。
僕に恋愛感情を向けている彼とこれでいいのかという疑問はあるが、僕としては気楽でいい。
……そう。
僕は真北くんから向けられる好意を、のらりくらりとかわし続けていた。
「じゃあ、今日もよろしくお願いします」
「はい!
頑張ります!」
今日も真北くんは元気いっぱいで微笑ましい。
簡単な打ち合わせを終え、時間になって講義台の前に立つ。
「本日の講義を担当する、森宗……」
何気なく受講生たちを見渡したところ、ある一点で視線が止まった。
向こうも、驚いた顔で僕を見ている。
「……森宗さん?」
小さく、怪訝そうな真北くんの声が聞こえ、我に返った。
「森宗です。
よろしくお願いします。
では、講義を始めます」
気を取り直し、講義を始める。
なんで、彼女がここに。
今日の受講生の中にいたのは、随分前に別れた恋人だった。
「ひさしぶり」
どうするべきか悩んでいたら、休憩時間になって向こうから声をかけてきた。
「ひ、ひさしぶり、だね。
元気、だった?」
笑って答えながらも、ぎこちなくなってしまう。
「うん、まあ元気。
あのさ、終わってからゆっくり話せない?」
彼女のほうも、微妙な笑顔を向けてくる。
「わかった、いいよ」
「じゃ、あとで」
ほっとした顔で彼女は自分の席へと戻っていった。
とうに別れた僕としたい話があるとは、悪い予感しかしない。
しかし、今の問題は。
先程から僕をちらちらとうかがっている真北くんに視線を向ける。
目のあった彼は慌ててぱっと僕から目を逸らした。
それを見て、苦笑いともつかないため息が落ちる。
おかげで、真北くんの背中がぴくんと反応した。
さらにため息をつきそうになったが、それは飲み込んだ。
「真北くん」
ちょいちょいと彼を手招きする。
彼はすぐに気づいたものの、挙動不審にきょろきょろと辺りを見渡したあと、大きなため息をついてがっくりと肩を落とし、僕の元へ来た。
「えっと……」
「さっきのは別れた元彼女です。
それだけです」
有無を言わせず、にっこりと笑顔を作る。
「は、はい。
わかり、ました」
びくんと大きく身体を震わせて棒立ちになり、彼は怯えたように頷いた。
「時間ですね、講義を再開します」
「……はい」
何事もなかったかのように立ち上がり、教壇へ向かう。
が、壇上に上がろうとして躓いた。
「危ない!」
すぐに真北くんの手が、僕が転ばないように支えてくれる。
「あ、ありがとう……」
その手を借りてそろそろと自力で立ちながら、頬が熱くなっていく。
いくら元彼女との再会で動揺しているからといって、これはない。
「気をつけてくださいね」
「うん、ありがとう」
今度こそ講義台の前に立ち、講義を再開する。
……さっきはちょっと、真北くんを脅しすぎたな。
あとでフォローしておこう。
「近くにネギトロのせ放題の海鮮丼を出してる店があるらしいんですよ。
昼、行きませんか?」
偶然……だと思うが、会場の最寄り駅で真北くんと会った。
会場に向かいながらうきうきとお昼の計画を彼は話していて、つい笑ってしまう。
「いいね」
真北くんとは仲のいい同僚、というよりも友達といった感じになっていた。
僕に恋愛感情を向けている彼とこれでいいのかという疑問はあるが、僕としては気楽でいい。
……そう。
僕は真北くんから向けられる好意を、のらりくらりとかわし続けていた。
「じゃあ、今日もよろしくお願いします」
「はい!
頑張ります!」
今日も真北くんは元気いっぱいで微笑ましい。
簡単な打ち合わせを終え、時間になって講義台の前に立つ。
「本日の講義を担当する、森宗……」
何気なく受講生たちを見渡したところ、ある一点で視線が止まった。
向こうも、驚いた顔で僕を見ている。
「……森宗さん?」
小さく、怪訝そうな真北くんの声が聞こえ、我に返った。
「森宗です。
よろしくお願いします。
では、講義を始めます」
気を取り直し、講義を始める。
なんで、彼女がここに。
今日の受講生の中にいたのは、随分前に別れた恋人だった。
「ひさしぶり」
どうするべきか悩んでいたら、休憩時間になって向こうから声をかけてきた。
「ひ、ひさしぶり、だね。
元気、だった?」
笑って答えながらも、ぎこちなくなってしまう。
「うん、まあ元気。
あのさ、終わってからゆっくり話せない?」
彼女のほうも、微妙な笑顔を向けてくる。
「わかった、いいよ」
「じゃ、あとで」
ほっとした顔で彼女は自分の席へと戻っていった。
とうに別れた僕としたい話があるとは、悪い予感しかしない。
しかし、今の問題は。
先程から僕をちらちらとうかがっている真北くんに視線を向ける。
目のあった彼は慌ててぱっと僕から目を逸らした。
それを見て、苦笑いともつかないため息が落ちる。
おかげで、真北くんの背中がぴくんと反応した。
さらにため息をつきそうになったが、それは飲み込んだ。
「真北くん」
ちょいちょいと彼を手招きする。
彼はすぐに気づいたものの、挙動不審にきょろきょろと辺りを見渡したあと、大きなため息をついてがっくりと肩を落とし、僕の元へ来た。
「えっと……」
「さっきのは別れた元彼女です。
それだけです」
有無を言わせず、にっこりと笑顔を作る。
「は、はい。
わかり、ました」
びくんと大きく身体を震わせて棒立ちになり、彼は怯えたように頷いた。
「時間ですね、講義を再開します」
「……はい」
何事もなかったかのように立ち上がり、教壇へ向かう。
が、壇上に上がろうとして躓いた。
「危ない!」
すぐに真北くんの手が、僕が転ばないように支えてくれる。
「あ、ありがとう……」
その手を借りてそろそろと自力で立ちながら、頬が熱くなっていく。
いくら元彼女との再会で動揺しているからといって、これはない。
「気をつけてくださいね」
「うん、ありがとう」
今度こそ講義台の前に立ち、講義を再開する。
……さっきはちょっと、真北くんを脅しすぎたな。
あとでフォローしておこう。
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