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最終章 もう一緒に仕事はできないけれど
3-1
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――講義の最終日、定例の飲み会で正直な自分の気持ちを伝える。
そう決めたのに。
「今日は森宗さんと飲みに行く日なのに、話があるから終わったら学校に顔を出すようにって。
俺、なんかやったんですかね……」
講義が終わり、駅に向かいながら真北くんが憂鬱なため息をつく。
「ほら、褒められるんじゃないかな。
真北くんはいつもよくやってくれてて助かってるって、僕が報告上げてるし」
たぶん、違うとは思う。
それでも少しでも彼を元気づけたくて、適当なことを言った。
「やった、森宗さんに褒められた。
これで少しくらい怒られても、凹まずに済みそうです」
嬉しそうに彼がくしゃっと顔を歪ませて笑う。
「それはよかった。
じゃあ、なにかあったら連絡して。
できる限りフォローするから」
「ありがとうございます、頑張ってきます!」
駅に着き、真北くんと別れる。
今日は彼と話すのだと緊張していたのにこれだ。
なんか拍子抜け、というか。
「……どっかで飲んで帰ればよかったな」
などと、ホームに出てから思っても遅い。
それにしても、この呼び出しはいったいなんなんだろう。
彼と講義を回って三ヶ月ほどが経つが、今まで受講生とトラブルになったことも、苦情もない。
悪い予感がするのはなんでだろう。
「きっと考えすぎ、だ」
ホームに電車が入ってきて、浮かんできた考えを打ち消した。
翌日は出張はなく、学校に出勤した。
三日ぶりの学校はどこか落ち着きがない。
特に、僕を遠巻きにしているように感じた。
それに、いつもなら僕より早く来ている真北くんの姿がなくて、気持ちがざわつく。
「災難でしたね」
「はい?」
そのうち、同僚講師のひとりが声をかけてきた。
災難とか言いながらもニヤニヤ笑っていて気持ち悪い。
「なにが、災難なんでしょうか?」
「おや、聞いてないんですか?
真北さんがゲイで、男性相手にセクハラ行為を働いていたの」
それを聞いて頭が真っ白になった。
なんで真北くんがゲイだってバレた?
それ以前に、セクハラって?
取り乱している僕にかまわず、彼は得意げに説明してくれた。
前の職場で男性客に過剰なスキンシップなどのセクハラをし、クビになったこと。
それを知る通いの受講生が学校で真北くんを見かけ、他の講師に喋ったらしい。
それで昨日、真北くんは学校へ呼び出しされたみたいだ。
「怖いですよね。
気のいい奴だと思っていたら、同性相手にセクハラだなんて」
想像しているのか、同僚は身体をぶるりと震わせた。
それを、冷めた目で見ている自分がいる。
真北くんはゲイの自分に身体を触られるのは嫌じゃないかと避けていた。
そんな彼が、セクハラなんかするはずがない。
それにあれは、こういう理由があったから極端に恐れていたんだ。
「あんな奴とふたりで講習会を回るなんて、なにかされませんでした?」
同僚は心配している体を装い、僕が真北くんにセクハラされていればいいと期待しているようだった。
そんな彼に虫唾が走る。
彼よりも真北くんのほうがよっぽど、紳士だ。
「いえ、なにも」
短く答えるだけして、手もとの書類に目を落とす。
もうこれ以上、彼と話をしたくない。
もうこれ以上、――真北くんを貶められたくない。
「そうですか。
それはよかったですね」
同僚の声は落胆を隠しきれていなかった。
「まあ、真北さん、もう辞めるらしいですし」
「え?」
思わず、顔が上がる。
真北くんが辞める?
そんな話、僕は聞いていない。
「話をしていれば、ほら」
彼が視線を向けた先ではちょうど、教務主任が部屋から出て来るところだった。
僕と目のあった主任は少し驚いた顔をしたあと、無言で頷いて僕を手招いた。
「きっと今の話ですよ」
嬉しそうに笑っている同僚を殴りたくなったが、ぐっと堪えて席を立つ。
平静を装って教務主任の部屋に行き、彼の前に立った。
そう決めたのに。
「今日は森宗さんと飲みに行く日なのに、話があるから終わったら学校に顔を出すようにって。
俺、なんかやったんですかね……」
講義が終わり、駅に向かいながら真北くんが憂鬱なため息をつく。
「ほら、褒められるんじゃないかな。
真北くんはいつもよくやってくれてて助かってるって、僕が報告上げてるし」
たぶん、違うとは思う。
それでも少しでも彼を元気づけたくて、適当なことを言った。
「やった、森宗さんに褒められた。
これで少しくらい怒られても、凹まずに済みそうです」
嬉しそうに彼がくしゃっと顔を歪ませて笑う。
「それはよかった。
じゃあ、なにかあったら連絡して。
できる限りフォローするから」
「ありがとうございます、頑張ってきます!」
駅に着き、真北くんと別れる。
今日は彼と話すのだと緊張していたのにこれだ。
なんか拍子抜け、というか。
「……どっかで飲んで帰ればよかったな」
などと、ホームに出てから思っても遅い。
それにしても、この呼び出しはいったいなんなんだろう。
彼と講義を回って三ヶ月ほどが経つが、今まで受講生とトラブルになったことも、苦情もない。
悪い予感がするのはなんでだろう。
「きっと考えすぎ、だ」
ホームに電車が入ってきて、浮かんできた考えを打ち消した。
翌日は出張はなく、学校に出勤した。
三日ぶりの学校はどこか落ち着きがない。
特に、僕を遠巻きにしているように感じた。
それに、いつもなら僕より早く来ている真北くんの姿がなくて、気持ちがざわつく。
「災難でしたね」
「はい?」
そのうち、同僚講師のひとりが声をかけてきた。
災難とか言いながらもニヤニヤ笑っていて気持ち悪い。
「なにが、災難なんでしょうか?」
「おや、聞いてないんですか?
真北さんがゲイで、男性相手にセクハラ行為を働いていたの」
それを聞いて頭が真っ白になった。
なんで真北くんがゲイだってバレた?
それ以前に、セクハラって?
取り乱している僕にかまわず、彼は得意げに説明してくれた。
前の職場で男性客に過剰なスキンシップなどのセクハラをし、クビになったこと。
それを知る通いの受講生が学校で真北くんを見かけ、他の講師に喋ったらしい。
それで昨日、真北くんは学校へ呼び出しされたみたいだ。
「怖いですよね。
気のいい奴だと思っていたら、同性相手にセクハラだなんて」
想像しているのか、同僚は身体をぶるりと震わせた。
それを、冷めた目で見ている自分がいる。
真北くんはゲイの自分に身体を触られるのは嫌じゃないかと避けていた。
そんな彼が、セクハラなんかするはずがない。
それにあれは、こういう理由があったから極端に恐れていたんだ。
「あんな奴とふたりで講習会を回るなんて、なにかされませんでした?」
同僚は心配している体を装い、僕が真北くんにセクハラされていればいいと期待しているようだった。
そんな彼に虫唾が走る。
彼よりも真北くんのほうがよっぽど、紳士だ。
「いえ、なにも」
短く答えるだけして、手もとの書類に目を落とす。
もうこれ以上、彼と話をしたくない。
もうこれ以上、――真北くんを貶められたくない。
「そうですか。
それはよかったですね」
同僚の声は落胆を隠しきれていなかった。
「まあ、真北さん、もう辞めるらしいですし」
「え?」
思わず、顔が上がる。
真北くんが辞める?
そんな話、僕は聞いていない。
「話をしていれば、ほら」
彼が視線を向けた先ではちょうど、教務主任が部屋から出て来るところだった。
僕と目のあった主任は少し驚いた顔をしたあと、無言で頷いて僕を手招いた。
「きっと今の話ですよ」
嬉しそうに笑っている同僚を殴りたくなったが、ぐっと堪えて席を立つ。
平静を装って教務主任の部屋に行き、彼の前に立った。
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