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霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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最終章 もう一緒に仕事はできないけれど

3-5

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「ん、だいたい理解した。
でもさ、それって本当に真北くんが悪いの?」

「え?」

レンズの向こうでぱちぱちと数度まばたきをし、真北くんは間抜けな顔のまま固まっている。

「だってさ、完全に言いがかりじゃないか。
その、真北くんが告白した相手はまああれだけど、それ以外の人間は全然関係ないじゃないか。
それだと、男性が女性に触れるのは全部、セクハラになっちゃうよ」

「それは……」

真北くんはまだ納得がいっていないようだが、さらに続ける。

「それにさ、その男だって、真北くんに告白されるまではそんなこと、全然思ってなかったわけだろ?
後出しじゃんけんってズルくない?」

彼がそのつもりだったのなら確かにセクハラだが、これは彼が罪悪感を抱くようなことではないのだ。

「でも、俺だってそんな気持ちがまったくなったわけじゃ……」

「はいはい。
そんなの言ってたらキリないよ。
無意識レベルまで責任取ります、って?
じゃあ僕は、ため息つくたびに取り締まられなきゃいけないよ?」

「うっ」

僕のため息が災害レベルにエロいと指摘してきたのは真北くんだ。
そしてそれによって僕は、いかに多くの人を惑わせていたのかと知った。
でもあれは僕がそうしたくてそうしていたのではなく、無意識によるものだ。
真北くんの主張を受け入れるなら、僕もため息の責任を取らなければならない。

「だから。
真北くんは正当に否定すればいい。
学校を辞める必要だってない」

「……でも」

いつまでも真北くんは落ち込んでいて、だんだん苛ついてきた。
こういう真面目なところは彼のいいところだが、そうやって自分が悪いと背負い込むのは悪いところだ。

「なら、自分には好きな人がいるし、それ以外には関心ありませんって態度を取ればいいだろ。
それでもなにか言ってくる奴は、僕がどうにかしてやる」

テーブルの上に片肘をのせ、ぐいっと真北くんのほうへと身を乗りだす。
その姿勢で下がってもいない眼鏡のブリッジを、指先で押し上げた。

「……やめてください」

真北くんがまた俯き、どんなに言葉を尽くそうと彼には届かないのだと絶望しかけたけれど。

「……森宗さんが格好よすぎて俺、惚れ直しちゃう……」

眼鏡の下にまで手を突っ込み、耳まで真っ赤にして顔を覆い隠してしまった。

「ええっ、と?」

「ちょっと待ってください、落ち着きます……」

汚れた眼鏡を拭きながら、すーはーと真北くんは深呼吸を繰り返している。
しばらくして小さく咳払いし、再び僕と向き直った。

「その。
さっきの話だと、森宗さんに迷惑がかかりませんか?」

「なんで?」

意味がわからなくて、首が横に倒れる。

「好きな人がいるって俺を森宗さんが庇ったら、森宗さんも俺が好きってことになっちゃいませんか?」

「……え」

真北くんに指摘され、自分の言った言葉の意味を今頃になって知った。
みるみる顔が熱を持ち、全身が熱くなっていく。

「あっ、えっと」

しどろもどろになり、視線はあちこちを向いて落ち着かない。
これは、どうにかして誤魔化さなければ。

「その、あのね?」

「……って。
まさか、そんなことないですよね。
森宗さんは優しいから、俺を気遣ってくれているだけで」

ぽそっと落として目を伏せた彼は、淋しそうだった。
それを見て、胸の奥がツキンと鋭く痛む。
そうだ、僕は真北くんに、自分の気持ちを正直に伝えようと決めたのだ。
いまさら、誤魔化してどうする?

「……僕は」

それでも気まずくて真北くんの顔は見られず、視線は明後日の方向を向く。

「ま、真北くんが……好きだ」

おずおずと伏せ目がちに、彼の顔を見る。
途端に彼は一瞬で、顔を真っ赤に染め上げた。
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