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霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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最終章 もう一緒に仕事はできないけれど

3-7

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「でも、僕を落としたくて真北くんは押してたんだろ?」

「ええっと……。
まさか、本当に落ちるとか思ってなくて」

ぼりぼりと照れくさそうに彼が、後ろ頭を掻く。

「森宗さんから好きとか言ってもらえるとか、全然思ってなかったです。
俺を嫌わないで、傍に置いてもらえていたらいいな、って。
で、森宗さんが幸せになるのを見届けられたら俺も幸せだなー、とか考えてました」

自嘲気味に笑っている真北くんを見て、胸が切なく締まった。
どうして彼は人のことばかりで、自分のことを考えないのだろう。
僕についてもそうだし、セクハラの件だってそうだ。
そんな彼が、堪らなく愛おしい。

「どうして、自分が幸せにするとか思わないの?」

「あー……」

長く発したまま真北くんが固まる。

「だって俺、ゲイですし?」

視線をテーブルの上に落とし、人差し指でぽりぽりと彼は頬を掻いた。

「それがなんか、関係あるの?」

「……ハイ?」

僕がまた首をかくんと横に倒し、真北くんは眼鏡の奥でぱちぱちと何度かまばたきをした。

「えっ、ゲイですよ?
男ですよ?
森宗さんは女性が好きなんですよね?」

「んー?
そんなの、考えたことなかったな」

真北くんが男だからとか女だからとか微塵も考えなかったが、これは僕がおかしいのか……?
などという考えが唐突に浮かんでくる。

「でも、森宗さんは女性と付き合ってたんですよね?
あ、いや、バイって可能性もありますけど」

しかし、どうしても真北くんは僕は女性好きだとしたいらしくて、だんだん苛々してきた。

「確かに前は女性と付き合ってたけど。
彼女にはとても不誠実だったと反省している」

「森宗、さん?」

急に僕が真剣な顔になったからか、真北くんは心配そうだ。
そうだ、これは彼に話しておかなければならない僕の事情だ。
ゲイだから僕が彼を愛せないんじゃないかという理由と同じように、こんな不誠実だった僕に彼から愛される資格があるのかという疑問がある。

「……真北くんに、話しておかなきゃいけないことがあって」

座り直し、真っ直ぐに真北くんを見つめる。
彼も何事か感じ取ったのか、姿勢を正した。

「僕は昔、このあいだの彼女と付き合ってた」

「はい、それはもう聞いています」

「でも、僕は彼女を愛していなかったんだ」

「えっと……」

困惑して真北くんは僕を見ているが、かまわずに話を続ける。

「告白されて、ただ付き合った。
好きとかそんな感情もなかったし、彼女のことすら考えなかった。
別れるとき言われたよ、僕は彼女に無関心なのだと。
それになにも返せなかった。
僕はそんな人間だよ、それでも真北くんは僕が好きだって言える?」

じっと二枚のレンズ越しに彼の目を見つめた。
どくん、どくん、と心臓が大きく鼓動する。
真北くんがどんな決断を下そうと僕は受け入れると決めていた。
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