海の向こうから

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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綺麗な夕日に海が真っ赤に染まる。
砂浜の果てからなにかが少しずつこちらに向かってきた。

ざっ、……、ざっ、……、近づいてくる足音。

……ああ。
ひい婆ちゃんの云う通りだった。



ひとりでいる時間を少しでも減らしたくて、久しぶりにひい婆ちゃんに会いに来た。
今年九十になるひい婆ちゃんはそんな年を感じさせないほど元気で、老人ホームで第三くらいの人生を楽しんでいる。

「ひい婆ちゃん、元気?」

「ああ、綾乃あやのちゃん。
よう来たねぇ」

ひい婆ちゃんはしわだらけの顔をさらにくしゃくしゃにして笑うから、目が埋もれて見えなくなってしまう。

「うん。
久しぶり。
これ、トラヤの水ようかん。
好きでしょ?」

「ありがとうねぇ」

また目がなくなってしまったひい婆ちゃんに笑いながら、備え付けの冷蔵庫に持ってきた水ようかんをしまった。

勇人はやとさんは元気ね?」

「あー、うん。
……それよりひい婆ちゃん、聞いてよ。
実家に寄ったらお母さんたらさー」

誤魔化すように笑って話題を変え、ひい婆ちゃんの傍に椅子を引き寄せて座る。
ひい婆ちゃんが何度か連れてきた彼のことを気に入っているのは知っているが、いまは話題にしたくない。

最近、日向子ひなこちゃん――母のことだ――がショールを編んでくれたとか、今度入った職員の男の子が可愛いとか。
まるで乙女のように目をきらきらさせて話すひい婆ちゃんは可愛い。
お陰で少し気が紛れて、来てよかったと思う。

「綾乃ちゃん。
少し散歩しましょうかねぇ」

「うん。
わかった」

職員に断ってひい婆ちゃんの車いすを押して庭に出ると、海が見える。
その傍の高台に建っているせいか、気持ちのいい風が吹いていた。

「なんかあったね?」

「えっ」

思わず一瞬、足を止めてしまう。
けれど、なんでもないふりをしてまた、車いすを押す。

「綾乃ちゃん、元気なかろう?」

「……」

いつも通りに振る舞っているはずなのに、ひい婆ちゃんにはわかってしまうんだ。

「誰かを待ってるんなら、海に行ってみんさい。
海の向こうからきっと、帰ってくる」

「ひい婆ちゃん?」

ひい婆ちゃんがなにを云っているのかわからない。
けれど、ひい婆ちゃんはまっすぐと、水平線の向こうを見ていた。

「あの人も帰ってきたから」

私を見上げて笑ったひい婆ちゃんは、まるで愛に生きる若い女性のように見えた。

疲れたとひい婆ちゃんは部屋に戻ると眠ってしまった。
その寝顔にまた来ると告げ、老人ホームを出る。
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