Please eat me.~チョコレートは私~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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Please eat me.~チョコレートは私~

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私よりかなり離れた席で仕事をしている八杉やすぎ課長をちらり。
今日はバレンタイン。
課長に渡そうとチョコは用意してきた。
なのにいまだに、それは机の引き出しの中で渡せそうにない。

七原ななはら
いつになったら終わるんだ?
お前が帰らないと、俺はいつまでたっても帰れないんだが」

くいっ、と黒縁ハーフリム眼鏡を八杉課長が上げる。

丁寧に前髪を後方に流し、セットされた黒髪はこんな時間なのに乱れはない。
眼鏡の奥の切れ長な目、すーっと通った鼻筋。
スーツの似合う彼はいわゆるイケメンって奴だ。
さらには二十八歳で課長となればエリートで、社内でも人気は高い。

……ただし、口を開けば出てくるのは嫌みばかりでそこは嫌われているけど。

「えっ、あっ、はい!
スミマセン!」

焦って、返事をする。
本当はもう、今日すべき仕事は終わっていた。
ただ、八杉課長にチョコを渡すタイミングがわからず、ずるずるとこんな時間になってしまっただけ。
時計はすでに九時近くになっており、部内に残っている人は他にいない。
いまがチャンス、なのはわかっているんだけど。

「……」

チョコを買うときは八杉課長に渡すんだってうきうきだった。
でも今日、彼にチョコを渡していた人たちを見ていたら、どんどん気分は萎えていく。
だって持ってくる人、持ってくる人、平均よりも上の人ばかり。
それだけでも自信喪失なのに、さらに。

『いらない。
持って帰れ』

彼女たちが差し出すチョコを、バッサリと八杉課長は断ってしまう。
あんな美人たちでもダメなら、平均以下の私なんて相手にしてもらえないどころか、受け取ってもらえないのでは?
と、いつまでたってもうじうじと悩んでいた。

「七原ー、まだかー」

どんどん、八杉課長の声が不機嫌になっていく。
イライラと指が机を叩く音すら聞こえだした。
怖くなった私は、書類とチョコを掴んで席を立った。

「お願いします!」

チョコの上に書類を重ね、勢いよく課長へ差し出す。
顔なんて上げられなくて、じっと自分のお腹を見つめた。

「やっとかよ」

はぁっと課長が短くため息をつき、ビクンと身体が震える。
でも課長は書類と共にチョコを掴んで私から受け取った。

「おっせーんだよ」

がさがさと包装紙を剥がす音が聞こえ、ようやく課長の顔を見た。
開けた箱から無造作にチョコを摘まみ、ぽいっと彼は口に放り込んだ。

「なんでさっさと渡さねーんだよ。
お前からもらえないのかとヒヤヒヤしただろ」

「だって……」

言い淀む私を、眼鏡の奥からじろっ!と眼光鋭く八杉課長が睨む。

「言いたいことははっきり言えといつも言っているはずだ」

「うっ」

いつも仕事でもプライベートでも同じことで怒られる。
進歩のない自分が情けない。

「八杉課長は美人からのチョコ、全然受け取ってなかったので……。
私ごときのチョコなどいらないのかと……」

「はぁっ!?」

「ひぃっ」

またじろっ!と睨まれて小さく悲鳴が漏れた。

「お前から以外のチョコとかいるかよ。
だいたい俺は、甘いものはあまり好きじゃないんだ」

と、言いながらもぽいっとさらに八杉課長はチョコを口に放り込んだ。

「それ、一粒五百円……」

あまりの雑さに、つい口から出ていた。
大事に食べてほしいとは言わない。
でもそんなに、ぽいぽい簡単に食べられるとなんか複雑な心境だ。

「ああっ!?」

凄んだ課長の指がチョコを摘まみ、私の口に押し込んだ。
それだけかと思ったら引き寄せて唇を重ねる。
強引に私の中へと侵入してきた舌が、口の中で私の舌ごとチョコを絡めた。
オフィスの中に、チョコと同じ甘い吐息が漏れていく。

「……」

唇が離れ、どちらの口からもチョコの香りの吐息が落ちた。

「一粒五百円の味はどうだったよ?」

「……おいしかっ、た。
……です」

ニヤリ、と右の口端だけを上げて課長が笑う。
狡い。
いつもあなたばかり、私をこうやって翻弄して。



八杉課長と付き合うようになったのは、クリスマス。
季節の変わり目で風邪を引いて熱もあるのに、仕事が気になって出てきた私は、課長にこっぴどく叱られた。

「帰れ!
迷惑だ!」

そこまで言われ、半べそで会社を出た。
外に出たら足下までふらついてきて、立っていられなくてその場にしゃがみ込む。
あーあ。
八杉課長の言うとおりだった。
無理して出てきて、人に迷惑かけて。

「タクるぞ」

誰かが私の腕を掴んで立たせる。
ぼーっとしたあたまで見上げたら、八杉課長の顔が見えた。

結局、課長は私を家にまで連れて帰ってくれ、さらには寝込んだとき用の飲み物や食べ物、薬なんかまで揃えてくれた。

「おとなしく寝てろ。
仕事のことは気にしなくていい。
元気になったら出社してこい」

最後に私の額に冷却シートを貼り、あたまをぽんぽんして課長は帰っていった。
課長があんなに優しいなんて知らなかった。
それ以来、八杉課長が気になって思い切って告白したクリスマス、思いがけずOKがもらえて、付き合うようになった。

でも私にはいまだにわからないのだ。
なんで八杉課長平均以下の私なんかと付き合っているのか。
だから今日だって、チョコを渡す自信がなかった。



「……狡い」

口を突いて出た言葉と共に、涙がぽろりと落ちていく。

「私ばっかりこんなに八杉課長を好きで。
課長は私を、からかってばかりで」

泣いているなんて思われたくなくて、涙を拭う。
けれど涙は次々にこぼれていった。

「……奏衣かなえ?」

不愉快そうに眼鏡の下で右眉が上がった。
そのまま立ち上がって机を回り、私の前に立つ。

「狡い。
狡いです……」

「……ごめん」

不意に、甘いバニラの香りが私を包んだ。

「俺は奏衣が好きだよ。
奏衣から告白されてたとき、嬉しすぎて死ぬかと思った。
俺もずっと、奏衣が好きだったから」

「八杉課長……?」

顔を見上げると、そっと指で涙を拭ってくれた。
これ以上ないほど目尻を下げ、優しい顔で。

仁辺にべの奴がふざけて、アイスコーヒーを奏衣のあたまの上にぶちまけたとき、奏衣は笑って許してしまった。
あのとき、ああ、いい子だなって思ったんだ。
それから、目が離せなくなった」

あった、そんなこと。
手に買ってきたアイスコーヒーのカップを持っているのに、他の社員とふざけていた仁辺さんが躓いて、結果、私のあたまにぶちまけた。
ふざけていた仁辺さんも悪いが、責めたところでなにか変わるわけじゃない。
彼もあやまってくれたし。
そのせいか翌日、熱が出たんだけど。

「俺がちゃんと言わないから、奏衣を不安にさせていたんだな。
ごめん」

ぎゅっと、八杉課長からさらに強く抱き締められた。
バニラの香りが強くなる。
八杉課長の、夜の香り。
それは甘い声と共に私を酔わせていく。

「俺は奏衣が好きだよ、愛していると言っていい」

課長の手が私の頬に触れ、親指が唇をなどる。
眼鏡の向こうの瞳は、蠱惑的に濡れて光っていた。

「奏衣……」

少し掠れた声が私の鼓膜を揺らす。
ゆっくりと重なった唇。
あごにかかった親指が私の口を開かせ、ぬるりと舌が入ってきた。

「……ん……ふっ……」

昼間は仕事をしている部屋の中に、甘い吐息が響いていく。
彼の首に腕を回し、私も八杉課長を求めた。

「……」

するりと頬を撫でた八杉課長の顔がまた、近づいてくる。

「……チョコじゃなくて、奏衣を食いたい」

スカートの中からシャツが引き出され、中に手を突っ込まれた。

「会社、だからっ」

「だから背徳的でさらに興奮するんだろ」

彼はやめる気がないらしく、ブラをずらして直接、胸の膨らみに触れた。

「ダメッ」

「本気で言ってんのかよ」

拒もうとするが強引に彼の手はスカートの中へ入り、下着に到達する。

「……なあ。
なんで濡れてんの?」

「……!」

知っていた、さっきのキスですでに、蜜が流れ出しているって。
それに彼の言葉どおり、普通じゃないシチュエーションに興奮しているって。

「なあ。
なんで?」

八杉課長の手が私の靴を脱がせる。
そのままさらに、ストッキングごと下着も抜き取った。

「まさか会社で、興奮してんの?」

机に手を着かせ、私に後ろを向かせる。

「……んっ、……んんっ」

ぬるぬると指が、蜜を絡めて亀裂を滑り、尖りをなぞるたびに出そうになる声は唇を噛んで閉じ込めた。

「なあって」

「んんーっ!」

いきなりぐいっと、二本の指を突っ込まれる。
けれどもすでに十分に潤っているようで、痛みはない。

「訊いてんだろ、興奮してるのかって」

ぐちゅぐちゅと蜜壺を掻き回す音が響く。
なんでこんなことになっているんだっけ。
考えようとするあたまは、うまく回らなかった。

「まあ、俺は興奮してるけどな」

カチャリ、とベルトを外す音が耳に届く。
少しして、もうすでに開ききった花弁の間に、硬くそそり立つ雄しべを押しつけられた。

「もう我慢、できない」

「ああーっ!」

一気に最奥まで叩きつけられ、背中がしなる。
声は我慢できずに小さな悲鳴になって漏れていった。

「あっ、ヤバ。
めっちゃ気持ちいい。
モタない、かも」

私の身体が揺れるのにあわせて、机の上のものが揺れる。
誰もないオフィス、粘膜の擦れる音と、熱い吐息だけが聞こえていた。
昼間の喧噪からはかけ離れた世界が、さらに私の身体の熱を上げる。

「バカ、締めんな!
もうイく、だろっ!」

ガツガツと最後の扉を彼の剛直が突き上げた。

「ああっ、あっ、んぁっ!」

ここが会社だと忘れ、口からははしたなく嬌声を漏らす。
ダメ、おかしくなる。
このままじゃ、もう――。

「あっ、はっ、かな、……えっ!」

「ああっ、ああーっ!」

八杉課長から苦しげに名を呼ばれた途端、私の中の彼がどくんと大きく脈動した。
同時にお腹の中へ、温かいものが広がっていく。
ああ、そうか今日は……。
弾けた意識の中で気づいた事実はどこか、嬉しかった。

「大丈夫か」

手早く後始末し、手近な椅子に八杉課長は私を座らせてくれた。

「平気、です」

ちゅっと口付けを落とされた額は、こんな時期だというのにうっすらと汗を掻いていた。

「それで、だ。
……これじゃ奏衣を食い足りないから、さっさと帰るぞ」

「えっ、あっ」

私を座らせたまま、八杉課長は帰りの支度をしていく。
終わって、私を半ば抱き抱えるように立たせた。

「今夜は寝かせないからな。
……〝Please eat me〟なんだろ」

「……!」

彼の指に摘ままれたメッセージカードを見て、顔がぼふっ!と火を噴く。
だってそこには、確かにそう書かれていたから。
うん、我ながらバカすぎると思う。
でもそれくらい、自信がなかったのだ。
それにあんなに適当に包装紙を剥いでしまっていたから、気づいていないと思っていたのに。

「存分に隅から隅まで味わい尽くす」

ニヤリ、と八杉課長が右頬を歪めて笑う。
宣言どおり、明け方まで寝かせてもらえなかった私が彼からプロポーズを受ける、一ヶ月前の話。



【終】
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みんなの感想(1件)

松本けむり
2020.05.13 松本けむり

……キャアー(*ノ▽ノ)💦💦

2020.05.13 霧内杳/眼鏡のさきっぽ

うふふふっ。

解除

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