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第4章 あなたの夢を叶えたい

4.試験勉強

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翌日、玲さんは私に課題だってたくさんの本を積んだ。

「これは最低覚えて」

右にわけられた分厚い冊子は、ホテルビジネス検定とホテル実務技能検定の参考書だった。

「あと、これも」

さらにその上に積まれる、TOEIC、仏検の参考書。

「模試を受けてもらう。
それで合格ラインの点数が取れたら、採用する。
なに、簡単だろ」

涼しい顔でソファーに座った玲さんは、組んだ足の上に指を組んで手を置いた。

「……」

かなりの厚さになっている、それらにごくりと喉が鳴る。

「き、期間は……?」

「そうだな。
東京にいるのは六日までだから、六日に試験をしよう」

「六日……」

今日が二十九日ってことは、あと一週間くらいしかないってこと!?

「簡単だろ、それくらい」

「え……」

これを簡単だという玲さんがわからない。
それとも、彼にとってはこれくらい、朝飯前なんだろうか。

「僕は結果なんてどうでもいい。
むしろ、落ちてくれた方が、これからもずっとあーやと一緒にいられるから嬉しい」

なんだか馬鹿にされた気がして、さすがに腹の中がかっと熱くなった。
採用になれば私は仕事があるから、ずっと東京滞在になる。

「ぜ、絶対、受かってみせ、ます」

「まあ、頑張れ」

ニヤニヤと玲さんは愉しそうに笑っている。
いい点取って合格して、見返してやるんだから!

――などと誓ったものの。

「ううっ、熱出そう……」

ゲームを封印し、自分の部屋で勉強に没頭する。
こんなに集中して勉強しするのは、人生で初めてかもしれない。
高校はエスカレーター式だったし、大学はあまり勉強しないでも入れる、自分の学力にあったところにした。
両親からは音尾の娘があんな二流大学と嘆かれたが。
その大学も単位すれすれで卒業したし。

「彩梅様、休憩になさいませんか……?」

「うん……」

石塚さんがなにか言っている気がするが、意識は参考書に集中していた。
惰性で生返事だけする。
玲さんの……いや、姉さんの足下にもおよばない私は、必死に努力するしかないから。

「あーや。
ディナーにしよう」

「うわっ!」

いきなり肩を叩かれて飛び上がった。

「お、おかえり、なさい……」

「ただいま」

帰ってきた玲さんが私に口付けを落とす。
そこで初めて、いつのまにか机の上に置かれていたものの存在に気付いた。

「これ……」

そういえば、石塚さんが声をかけてくれていた。
サンドイッチは摘まんで簡単に食べられるように。
飲み物がペットボトルなのは、倒してこぼすことのないように。
きっと、そんな気遣いなんだろう。
そんな彼女の思いに、気付なかった自分が情けない。

「い、石塚さん……!」

玲さんを放って食堂へ急ぐ。
そこでは石塚さんが、食事の用意をしてくれていた。

「彩梅様。
食事の準備が……」

「ご、ごめん、なさい……!」

勢いよく彼女へとあたまを下げた。
こんなことしかできない自分が嫌になる。

「あ、あたまをお上げになってください!」

戸惑っている彼女へ、あたまを下げたまま首を振った。

「ほ、ほんとに、ごめん、なさい。
せっかく、準備してくれた、のに、無駄に、して……!
つ、次からは、ちゃんと気をつける、から……!」

「彩梅様があやまることはございません。
私が勝手に、やったことですから」

「でも、でも……!」

私は彼女の思いを無駄にした。
手つかずでパサパサになってしまったサンドイッチを見ればきっと、彼女は傷つくだろう。

「彩梅様は凄いです。
あんなに集中して勉強するだなんて、私には真似ができません。
私はそんな彩梅様のお役に立ちたいだけですから、気にしないでください」

「お、怒って、ない……?」

おそるおそる、顔を上げる。

「どうして私が怒らないといけないのですか?
さあ、食事の準備が調っております。
昼食を召し上がってないんです、お食事になさいませんか」

目のあった彼女がにっこりと笑い、私に椅子に座るように促した。

「ほら。
石塚もああ言っているし、ディナーにしよう」

さらにいつのまにか来ていた玲さんが私の肩をぽんぽんと叩く。
頷いて、私も椅子に座った。

今日の夕食はイタリアンだった。

「あーやは変わったな」

アスパラにソース代わりの半熟玉子の黄身を絡め、玲さんがぱくりと食べる。
油を纏って光る彼の唇はどこか淫靡で、つい目を逸らしていた。

「そ、そうです、か……」

確かに、そうかもしれない。
以前の私ならこんなことで石塚さんにあやまろうなんて思いも至らなかった。
なにか仕事をしたい、とも考えなかっただろう。

「ああ。
出会った頃のあーやにかなり近づいた」

にっこりと嬉しそうに玲さんが笑う。
彼の言う昔の私ってなんなんだろう。
両親も姉も、あの事故のあとから私の性格が変わってしまった、とか言っていたが。

「あ、あの。
小さい頃の、私、って……」

家ではまるで禁忌のように、その話題には触れなかった。
事故のことすら。

「僕が知っているあーやは、にこにこよく笑う、とびっきり可愛い子だったよ。
小さいながら周りの人への気配りもできる、優しい女の子だった」

それはどこの私のことなんだろう?
現在の私にそんな要素なんてどこにもない。

「あーやがそんなふうになってしまったのはきっと、僕があんなことを言ったからだと思う。
本当にすまないと思っている」

ナイフフォークを置き、玲さんが目を伏せる。
その瞼を縁取る銀の睫は、細かく震えていた。

「りょ、玲さんが、あやまることじゃない、ので」

前にもそう言って詫びられた。
でも私には心当たりがない。
それにそうだったとしても、その言葉を真に取り、そう思い込んだ自分が悪いに決まっている。

「あーやは優しいな」

眼鏡の下で水色の瞳が歪む。
その泣きだしそうな目に胸の奥がきゅん、と甘く疼いた。

食後は玲さんを振り切り、部屋に戻って勉強を再開した。

「あーや。
そろそろ寝た方がいい」

後ろから肩に置かれた手が胸を滑り落ち、私を抱き締める。

「も、もう少し……」

時間は少ないのだ、無理をしてでも勉強しないと。

「ダメだ。
これ以上はパフォーマンスが落ちてやるだけ無駄だ」

「で、でも」

「あーや!」

玲さんの強い声で、びくんと手が止まる。
彼は強引に椅子を回転させて、私を自分の方へ向かせた。

「無理をして身体を壊しては本末転倒だ。
それでもやるというなら、この話はなかったことにする」

レンズ越しに私を見つめる瞳はあきらかに怒っている。

「でも……」

目をあわせられなくて俯いた。
玲さんの言うこともわかる。
けれど私はこんな状態で試験に受かることができるのか不安なのだ。

「大丈夫だ。
きっとあーやなら僕を満足させてくれる」

ちゅっ、とあやすように玲さんの唇が額に触れる。
それだけで不安な気持ちが晴れていくのって、私はお手軽なんだろうか。

「試験が済むまでキスの練習は休みにしておくよ」

一度だけ軽く唇を重ね、玲さんに抱き締められて布団に潜った。
玲さんも石塚さんも、こんなに私のことを考えてくれている。
絶対に試験、受かりたいな……。
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