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第4章 あなたの夢を叶えたい

8.スーツ

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「……」

車に乗ってからずっと、流れていく窓の外を見ていた。

「まだ怒っているのか」

「……」

そりゃ、怒りたくもなる。
もう無理だというのに限界超えてまで求められれば。
私はくたくたなのに玲は元気だなんて、どんな体力をしているんだろう。

「これで機嫌を直せ」

玲の手が強引に私の顔を自分の方へ向かせ、唇が重なる。

「……!」

いまはふたりっきりじゃないのだ。
運転手がいる。
なのにキスだなんて。

「直らないのか?」

ご主人様に怒られたわんこみたいに、上目でうかがわれたらもーダメ。

「お、怒ってないです、よ」

これで許してしまう私も、大概甘いと思う。
でも玲のあの顔には勝てない。

「よかった!
今日はなんでも買ってやるからな!
なんでも!」

もう私にだけ見える尻尾は全開フリフリで、わかりやすいな。

最初に行ったのは、セレクトショップだった。

「おひさしぶりです、彩梅さん」

ドアを開けた途端、出迎えてくれたのは――ジョーガサキ、さん?
なんで、ここに?

「ここはケンが経営する店の二号店なんだ。
いつもは金沢にいるが、たまにこっちに出てくる」

「呼びつけられたんですよ、玲に。
さあ、どうぞ」

ジョーガサキさんに案内された奥はやはり応接セットになっていて、すぐにコーヒーが出された。

「貸し切りにしてもらっている。
だからあーやは緊張しなくていい」

「あ、ありがとう、ござい、ます。
……でも」

玲は相変わらず私に甘いけど、いいのかな。
お店を貸し切りとか。

「大丈夫ですよ、玲に一日分の売り上げ以上、買ってもらいますから」

パチン、とジョーガサキさんが私に向かってウィンクする。
ちゃっかりしてるけど、それくらいたくましくないとやっていけないのかも。

「……で。
明日から出勤だろ?
あーやの所属するセクションは制服がない。
なのでケンにスーツを作らせた」

さも当たり前のように玲さんはコーヒーを飲んでいるけれど。
私の仕事の話が出たのはつい一週間ほど前の話で。
しかも決まったのは昨日のことなんですが?

「一週間でスーツを何着か作れ、とか命令されましてね。
もう、スタッフ全員、不眠不休で作りましたよ」

はははーっとか笑っているジョーガサキさんは、その割に疲れが全く見えない。
くますら浮いていなかった。
それよりも一週間って、玲は私が試験に受かることを確信していたの?
落ちてくれた方がいい、なんて言っておきながら。

「りょ、玲……」

顔は見られなくて、俯いたまま彼の袖を引っ張る。

「……最初から僕は、あーやが僕を満足させてくれると信じていたが?」

目もあわせずに玲が呟くように言う。
どうしよう。
嬉しくて嬉しくてたまらない。
ふたりっきりなら玲にキス、したいくらい。

「あー。
GW明けていきなり暑くなりましたよねー」

わざとらしく、ジョーガサキさんが胸元の服をぱたぱたとやり、急に恥ずかしくなってきた。
この感謝は、帰ってから伝えよう。

「じゃあ、試着、お願いします」

ラックにかかっているのはすべて、パンツスーツだった。
私がスカート苦手だって、玲はすでに気づいてくれている。

スーツを受け取って試着室へ入る。

「……あ、れ?」

着てみて気づいた、これが普通のスーツじゃないって。

「どうだ?」

戸惑っていたら玲から声をかけられ、慌てて更衣室を出る。

「どう、ですか……?」

「あーや、格好いい!」

前回と同じで出た瞬間から、玲による撮影会がはじまった。

「えっ、と……」

「うん、大体いい感じじゃないかな」

ジョーガサキさんはフィッティングを確認しているけれど、本当にこれでいいのかな……?

「ほら、僕の見立てに狂いはなかっただろ?」

「わかった、わかりましたから」

例のごとく、大興奮の玲さんはジョーガサキさんに若干、呆れられていた。

「で、でもこれ、紳士物……ですよ、ね?」

作りがレディーススーツと違うことくらい、私にもわかる。
アレンジは加えられているが。

「女性らしいスーツもあーやに似合うと思うが、絶対こっちの方がいい」

「そう、です、か……?」

女らしさを強調したスーツよりもこっちの方が断然、好みだけれど。
仕事にこれを着ていってもいいのかな……?

「さすがだ、ケン。
頼んで正解だった」

「お褒めいただき、光栄です」

ふたりとも満足みたいだが。

「あ、あの!」

私の声に、ふたりの視線が集中する。

「ホテル、の、仕事に、このスーツで、いいんです、か……?」

普通のオフィスならありかもしれない。
けれど、Bridge&Hawkは格式の高いホテルなのだ。
その従業員がこんなスーツなど。

「……って、言ってますけど?」

くるん、とジョーガサキさんが玲の方を向く。

「別にかまわない。
これからは男だからとか女だからとか、そんなことをとやかく言う時代じゃないだろ。
もし、文句を言う客がいたら、僕のホテルに泊まってもらう必要はない」

意外、だった。
もっとホテルの格式が、とか保守的だとばかり思っていた。

「新しい風はどんどん入れる。
もちろん、いままでの格式もいいものは守っていく。
そうでないと前へは進めない」

すがすがしいばかりに玲が宣言する。
そういう姿勢は尊敬できた。
玲は、前へ、前へと進んでいっている。
なら、彼の妻になる私も、少しでも進めるように頑張りたい。

「もっとも、あーやの所属するセクションは裏方で、客と接することがないけどな」

ふふっ、と小さく、おかしそうに玲は笑った。
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