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最終章 その瞳を溶かすのは私だけ

4.消毒

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気がついたら病院だった。
ゆっくり周りを見渡せば、吊られた点滴パックが見える。
さらに視線を動かすと、傍らの椅子で足と腕を組み、眠っている玲が見えた。

「……玲」

小さく名を呼んだら、玲が身じろぎした。
目を覚ました彼の顔が泣き笑いに歪んでいく。

「心配、したんだぞ」

ゆっくりと玲が、私のあたまを撫でた。

「酷い脱水症状だそうだ。
身重の身でなにをやってるんだ、全く」

「ごめん、なさい」

早朝とはいえ梅雨目前のこの時期に三十分の徒歩、しかも前日はほぼ飲まず食わずだったとなればそうなるのも不思議はない。

「うん」

「ごめん、なさい……」

起き上がったものの顔は見られなくて、その身体に顔をうずめる。
背中に触れた手は、静電気に弾かれたかのように一度離れたが、すぐにおそるおそる私を抱き締めてきた。

「僕の方こそ悪かった。
忙しさにかまけてあーやの話をちゃんと聞いてやれなくて」

ごりごりと額を玲の身体に擦りつける。

「真苗とはなにもない。
噂になっていたこともあるようだが、付き合ってすらいない」

「でも、名前で呼んでる、から」

「ああ。
大学以来の付き合いなんだ。
それだけの理由だ。
他には?
あーやの不安なこと、全部訊かせろ」

私の顔を撫で、玲が上を向かせる。
私を見下ろす瞳はどこまでも優しさをたたえていた。

「朝早くに、高椋さん、と」

「あの日は朝一の飛行機で、札幌日帰りだったんだ。
あとは?」

やっぱり全部、私の誤解だった。
なんで私は、玲を信頼できなかったんだろう。

「……ごめん、なさい」

「悪いのはあーやじゃない。
あーやの不安に気付いてやれなかった僕だ。
それに妊娠初期は情緒不安定になりやすいらしい」

私の顔を撫でる玲を見ていたら泣きたくなってくる。
私は些細なことで彼を信じられなかったのに、玲は。

「……好き、だから」

「あーや?」

「子供の頃から、玲が、好き……」

ぽろりと落ちた言葉と共に涙が転がり落ちた。

「思い出したのか」

うん、と頷く私の目尻を、玲が拭ってくれる。

「全部じゃ、ない、けど。
子供の頃から、玲が、好き。
いまも好き。
ずっと好き……」

ぽろぽろと口からは言葉がこぼれ落ちていく。

「僕も小さいときからずっと、あーやが好きだ。
マイプリンセス」

私の顔を身体に押しつけてゆっくりと髪を撫でてくれる、玲はどこまでも優しい。
そんな彼を裏切ったのは自分だ。

「でも私は、玲を、裏切った、から」

「あーや?
婚約破棄を言いだしてルシエのもとに行ったことなら怒ってない。
あーやを不安にさせたは僕だ」

そっとその胸を押して身体を離す。
ふるふると首を横に振って、彼を見上げた。

「……キス、したから。
ジャン、と」

私の身体に触れていた玲の手が、びくんと一回、大きく震えた。

「されたんだろ。
したんじゃなく」

「けど、キスしたのには、変わりない、から」

「ふーん」

興味なさげにそれだけ言ったかと思ったら、いきなり唇が重なった。
自分以外の感触を消すように舌が唇を舐める。

「消毒」

自分が濡らした私の唇を、今度は親指でぐいっと拭った。

「ほんとはもっと、激しいキスをしたいが、あーやのつわりが酷いときいているからな。
しばらくはおあずけだ」

ニヤリと右頬をつり上げて玲が笑い、あたまがボフッ!と煙を噴いた。
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