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第一章 〝さいきょう〟の刀

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年も明け、儀式は粛々と進んでいく。
いつもは初日の出を拝んで新年を迎えられたのを喜び終わるのだが、今年はそのあとがある。

「では引き続き、刀受領の儀をおこないます」

進行の声で身体に緊張が走る。
これで刀を受け取れば、もう折れたりしないかぎり変更はきかない。
もっとも、鍵を渡した時点で決まっているのだけれど。

拝殿で祭壇の前に座り、祖母が来るのを待つ。
儀式に必要なので戻された鍵を握る手はびっしょりと汗を掻いていた。
そのうち千早を着込んだ祖母と、その後ろに細長い木箱を捧げ持った威宗が入ってくる。
あの箱の中に私が選んだ刀が入っているのだろう。

「ご確認を」

威宗が私の前に木箱を置く。
そこの結ばれている紐についている木札に書かれた番号と、自分の持つ鍵についた木札に書かれた番号が同じなのを確認した。

……ここで違うって言ったら、まだ選び直せるのかな。

そんな考えが頭を掠めていく。
しかしいまさら、引き返せないのだ。

「……間違い、ありません」

顔を上げ、威宗に向かって小さく頷く。

「ご開封を」

改めて木箱と対峙する。
無意識に喉が、ごくりと唾を飲み込んだ。
箱に向かう手はぶるぶると細かく震えている。
ゆっくりと箱にかかる、紫の紐を解いた。
さらに鍵穴へ手の中の鍵を差し込んだ。
そのまま、祖母を見上げる。
目のあった祖母が小さく頷き、再び箱へと視線を戻す。
目を閉じて一度、小さく深呼吸した。
覚悟を決め、ゆっくりと瞼を開く。
そろりと鍵を回すと、カチリと解錠ずる音が妙に耳についた。
慎重に蓋を開け、包んである紫の絹布ごと祖母へ捧げ上げる。

「八二一番、伶龍れいりょう

受け取った祖母が、刀を祭壇へと捧げ持つ。
〝伶龍〟それがこの刀の名前らしい。

……〝龍〟の字がつくとは期待できるかも。

刀の名前は打った刀匠から一字を取ってつける。
そして母の刀の名は〝蒼龍そうりゅう〟だった。
いや、同じ字でも違う名前や二代三代だったりする場合もあるので油断はできないが、それでも兄弟刀である可能性は高い。
だったら、母の刀のように美しい男かもしれない。

「拝領つかまつります」

祭壇に刀が置かれ、祖母が祝詞を上げる。
これは神様が穢れを祓うこの刀、伶龍を遣わせてくれたことに対する感謝の言葉だ。
刀は神様が遣わせてくれた使者で、神様と同等とみなされる。
そのわりに普段は、巫女の秘書的役割を担っているけれど。

「神祇翠」

祝詞が終わり、祖母が刀を手に私を振り返る。

「そなたに神の使者である刀、伶龍を授ける」

「確かにちょうだいいたしました」

両手を頭よりも上に上げ、捧げ持つように祖母から刀を受け取った。
それは、ずしりと重い。
いや、同じ刀なのだから神事で使う真剣と似たような重さのはずなのだ。
それでもそれらよりもかなり重く感じた。
これは責任の重さなのか。

刀を横に置き、座ったまま身体を半回転させて参列者のほうを見る。
改めて刀を頭上へ捧げた。

「八二一番伶龍、拝領いたしました」

おおーっと、小さく感嘆の声が上がる。
ここまではいい、問題はこの先だ。

「では、目覚めの儀を」

「はい」

祖母の声に返事をし、刀を握り直す。
また目をつぶり、気持ちを落ち着けようと大きく息を吸い込んだ。
抜けば、この刀に宿る御使いが顕現する。
さて、どんな姿の男が現れるのか。
それは誰も、知らない。

「ふぅーっ」

吸い込んだ息をゆっくりと吐き出す。
目を開けて刀を見据え、左手親指で鍔を押した。
チャキリと鯉口を切る音がしんと静まりかえった場に大きく響く。
そのまま右手で柄を強く掴み、少しずつ刀を抜いていった。
徐々に刀身が現れていくにつれて、その前にぼんやりと人の姿が浮かび上がってくる。
それは次第に、はっきりとなっていった。

「伶龍、顕現いたしました」

私が刀を抜ききると同時に、影は完全に人の形になった。
その姿を見て、ほうと感嘆の声が上が参列者から上がる。
白い着物は今目覚めたばかりで寝間着のようなものだからいい。
私から見える後ろ姿ではツンツン短髪で、理想からはほど遠かった。
体格も小さそうだ。

「伶龍、ご挨拶を」

完全に目が覚めるように、勢いよく鞘へ刀を戻す。
その衝撃でか彼はびくりと身体を震わせた。
勢いよく顔が上がり、まさしく今起きたかのように大きく伸びをした。

「どこだ、ここ」

低い声を発し、彼がきょろきょろとあたりを見渡す。

「なんで俺、こんなにじろじろ見られてんの?」

不快そうに言い、彼はダン!とわざとらしく大きな音を出して片足を踏み出した。

「すっげー不愉快だからやめてくんないかなぁー?」

その言葉どおり、不愉快そうに彼の語尾が上がっていく。
唇の端がぴくぴくと痙攣する。
参列者たちは落胆し、頭を抱えているものさえいた。

「伶龍。
あの方たちはこの国を治める方々です。
ご挨拶してください」

「あ?」

振り返った彼が私を、敵意を持って睨みつける。
三白眼のつり上がった目、見た目は同じ年くらいだ。
しかし悪いが安いチンピラにしか見えない。
態度といい、姿といい、私はどうもハズレを引いたようだ。

「俺に命令すんなや」

伶龍が凄んでくる。
背後でため息の音がしたが、きっと祖母だろう。

「伶龍!」

刀を手に、立ち上がる。
軽く立てた膝に、鞘を当てた。

「言うこと聞かないと、折るよ?」

折れば伶龍は消えるしかない。
ここまですれば従うだろうと思った私が甘かった。

「やれるもんならやってみろ」

右頬を歪めてにやりと笑い、彼が挑発してくる。
へー、そう。
私のこんなハズレ引いて絶賛後悔中だし、折ってやる!
などと思い、確実に折るためになにかないかあたりを見渡したが。

「そこまで!」

威宗が私たちのあいだに割って入った。

「伶龍。
眠りから覚め、身体を得たのは翠様のおかげです。
感謝しなさい」

「へーへー、そーですか」

聞く気がないのか伶龍はあぐらをかき、小指で耳をほじっている。

「それにこれからはあの方たちのために働くのです。
ご挨拶なさい」

先輩らしく威宗が促したものの。

「それ、本気で言ってんの?」

じろりと下から伶龍が威宗を睨み上げる。

「俺が戦うのは弱い人間のためだって、ここがいってる」

軽く手を握って親指を突き立て、それで伶龍は力強く自分の胸を叩いた。

「少なくともあんな狸親父や女狐のためじゃないっていうのわかる」

伶龍の手が参拝者たちを指す。

「なんだと!」

「まあ……!」

彼らは憤慨しているが、そこは伶龍と同意見なだけになんともいえない。

「あんたはどうなんだよ?」

「それは……」

とうとう威宗は俯いて黙ってしまった。
私だって伶龍の意見が正しいのはわかっている。
それでも、本音と建て前というものがあるわけで。

「はいはい!」

微妙な空気になっていたら、パンパン!と手を大きく叩く音がした。

「儀式の最中だよ!
目が覚めたばかりで戸惑うのはわかるが、伶龍はさっさと皆様にご挨拶しな」

手を叩いた主、祖母が伶龍をじろりと睨み上げる。

「ひぃっ」

さすがの彼も祖母の迫力には勝てなかったのか、小さく悲鳴を上げた。
そのまま座り直し、慌てて頭を下げる。

「れ、伶龍、です。
よろしくお願いします」

「以後、伶龍共々よろしくお願いいたします」

私も急いでその隣に座り、頭を下げた。
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