13 / 17
四.担当変更――自覚したくないのに自覚した
3.女らしい私
しおりを挟む
終業時間になっても、美咲ちゃんはまだ仕事していた。
当たり前だ。
夜中までかかるくらいの量、置いてきたんだから。
美咲ちゃんを無視して、さっさと会社を出る。
私が会社を出るとき、加久田が美咲ちゃんに話し掛けているのが見えた。
きっと、手伝うとかいっていたんだと思う。
……莫迦。
加久田の莫迦。
今日は金曜日だったけど、晩ごはんは作らなかった。
なんとなく、加久田は来ないことがわかっていたから。
真っ暗な部屋の中、クッション抱えてベッドに座る。
きっと加久田は私のこと、呆れている。
嫌いになったかもしれない。
……でも。
それでいいのかもしれない。
そうすれば私は、またひとりになる。
ひとりになれば、こんな思い、しなくていい。
毎日毎日襲ってくる、不安や恐怖に怯えなくていい。
もうこんな思い、したくない――。
――ピンポーン
ずっと、クッション抱えて蹲っていたら、不意にチャイムが鳴った。
時計を見ると、もう十時をまわっていた。
「……先輩。
加久田です」
いつもと違うトーンの、声。
私は固まってしまって、指先すら動かせない。
――ピンポーン
「……先輩、いますよね?
入りますよ」
――ガチャ
合い鍵使って、加久田が入ってきた。
でも、私はやっぱり、クッションに顔をうずめて固まっていた。
「先輩。
電気つけますよ」
部屋の中が明るくなって、加久田が私の隣に立っているのがわかった。
「……今日はどうしたんですか?」
「…………」
「先輩、らしくない」
「…………おまえが」
加久田の一言に。
……私の中で、なにかが吹っ飛んだ。
「え?」
「おまえが、らしくないとかいうなっ!
あれが、あれがほんとの私なんだよっ!
気付きたくないのに、おまえが気付かせたんだろっ!」
「先輩……?」
「私だって知りたくなかった!
あんな、あんな女みたいな、醜いとこが自分にあるなんて!
でも、でも、おまえを好きになって、でも捨てられるのが怖くて、自分で距離をとろうとしてるのにおまえが美咲ちゃんと話してると嫉妬して!
こんな自分が嫌なのに、美咲ちゃんに当たるしかできなくて!
嫌だ、嫌だ、もう、嫌だ……」
我ながら、いっていることが滅茶苦茶だと思う。
ただの八つ当たりでしかないこともわかっている。
加久田だって呆れている。
「……優里は。
俺のことが好きですか?」
顔も上げないでぼろぼろ泣いていたら、……そっと抱きしめられた。
「どうなんですか?」
「……好き。
加久田が、好き」
ゆっくりと、加久田の右手があやすように私の髪を撫でる。
「俺が優里のこと、捨てるとでも思ってるんですか?」
「……だって、私は七つも年上のおばさんだし。
中身はおっさんだし」
「何度もいってるでしょう?
優里は中身も女だって。
女だから、嫉妬したんでしょう?」
諭すような加久田の声は、優しい。
「……そう」
「それに俺は、絶対に優里のこと、捨てたりしませんよ。
こんな可愛い女(ひと)、手放す訳ないでしょう?」
「……ほんとに?」
「ほんとに。
ずっと一緒になんて夢みたいなこと、って笑う奴がいますけど。
そんな奴、笑わせとけばいいんです。
俺はずっと優里と一緒にいます。
約束、しますから」
「約束?」
恐る恐る顔を上げると、加久田は優しく微笑んでいた。
「はい。
指切り、しましょうか」
差し出された小指に、躊躇いつつ自分の小指を絡める。
「指切りげんまん、嘘ついたら……そうですね、俺が死にます。
ゆびきったー、と」
「……加久田が死んだら困る」
「大丈夫ですよ。
絶対に嘘、つきませんから」
笑うと細く、目尻が下がる加久田の目。
それを見ていたら、ほっと気が緩んだのか、何故かまた涙が溢れてくる。
「ああもう。
優里、泣かないでください」
加久田は困ったように笑っている。
……もう私、不安にならなくていいのかな。
女でいてもいいのかな。
ねえ、加久田?
いいんだよね?
……結局。
この日は私が加久田から離れたくなくて、一緒にいたがったものだから、加久田はなにもしないで、ただ私を抱きしめて寝てくれた。
私は久しぶりに安心して、心地いい眠りにつけた。
――月曜日。
「美咲ちゃん。
その、金曜日は悪かった。
すまない」
「え、あ、いいですよー」
美咲ちゃんが笑ってくれて、ほっと息をつく。
あんな酷いことをしておいて、許してくれなんて虫がよすぎだとは思う。
でも、仲直りしたかった。
「その、加久田にいろいろ聞いた。
いままでありがとう。
これからもよろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします、……ってなにを聞いたんですか?」
「えっ、まあ、……いろいろ」
あれから、加久田が教えてくれた。
美咲ちゃんと加久田は「篠崎先輩をお嫁にもらいたい同盟」……だったらしい。
私のことを女としてみている、数少ない同士だから、ついつい話が盛り上がっていた、と。
しかも、私に目をつけたのは美咲ちゃんの方が先で、だから加久田はなめられたような態度をとられていたみたいだ。
種明かしをするとあっけなくて、……いや、ちょっと引っかかる点もあるけど、美咲ちゃんに嫉妬していた自分がおかしかった。
当たり前だ。
夜中までかかるくらいの量、置いてきたんだから。
美咲ちゃんを無視して、さっさと会社を出る。
私が会社を出るとき、加久田が美咲ちゃんに話し掛けているのが見えた。
きっと、手伝うとかいっていたんだと思う。
……莫迦。
加久田の莫迦。
今日は金曜日だったけど、晩ごはんは作らなかった。
なんとなく、加久田は来ないことがわかっていたから。
真っ暗な部屋の中、クッション抱えてベッドに座る。
きっと加久田は私のこと、呆れている。
嫌いになったかもしれない。
……でも。
それでいいのかもしれない。
そうすれば私は、またひとりになる。
ひとりになれば、こんな思い、しなくていい。
毎日毎日襲ってくる、不安や恐怖に怯えなくていい。
もうこんな思い、したくない――。
――ピンポーン
ずっと、クッション抱えて蹲っていたら、不意にチャイムが鳴った。
時計を見ると、もう十時をまわっていた。
「……先輩。
加久田です」
いつもと違うトーンの、声。
私は固まってしまって、指先すら動かせない。
――ピンポーン
「……先輩、いますよね?
入りますよ」
――ガチャ
合い鍵使って、加久田が入ってきた。
でも、私はやっぱり、クッションに顔をうずめて固まっていた。
「先輩。
電気つけますよ」
部屋の中が明るくなって、加久田が私の隣に立っているのがわかった。
「……今日はどうしたんですか?」
「…………」
「先輩、らしくない」
「…………おまえが」
加久田の一言に。
……私の中で、なにかが吹っ飛んだ。
「え?」
「おまえが、らしくないとかいうなっ!
あれが、あれがほんとの私なんだよっ!
気付きたくないのに、おまえが気付かせたんだろっ!」
「先輩……?」
「私だって知りたくなかった!
あんな、あんな女みたいな、醜いとこが自分にあるなんて!
でも、でも、おまえを好きになって、でも捨てられるのが怖くて、自分で距離をとろうとしてるのにおまえが美咲ちゃんと話してると嫉妬して!
こんな自分が嫌なのに、美咲ちゃんに当たるしかできなくて!
嫌だ、嫌だ、もう、嫌だ……」
我ながら、いっていることが滅茶苦茶だと思う。
ただの八つ当たりでしかないこともわかっている。
加久田だって呆れている。
「……優里は。
俺のことが好きですか?」
顔も上げないでぼろぼろ泣いていたら、……そっと抱きしめられた。
「どうなんですか?」
「……好き。
加久田が、好き」
ゆっくりと、加久田の右手があやすように私の髪を撫でる。
「俺が優里のこと、捨てるとでも思ってるんですか?」
「……だって、私は七つも年上のおばさんだし。
中身はおっさんだし」
「何度もいってるでしょう?
優里は中身も女だって。
女だから、嫉妬したんでしょう?」
諭すような加久田の声は、優しい。
「……そう」
「それに俺は、絶対に優里のこと、捨てたりしませんよ。
こんな可愛い女(ひと)、手放す訳ないでしょう?」
「……ほんとに?」
「ほんとに。
ずっと一緒になんて夢みたいなこと、って笑う奴がいますけど。
そんな奴、笑わせとけばいいんです。
俺はずっと優里と一緒にいます。
約束、しますから」
「約束?」
恐る恐る顔を上げると、加久田は優しく微笑んでいた。
「はい。
指切り、しましょうか」
差し出された小指に、躊躇いつつ自分の小指を絡める。
「指切りげんまん、嘘ついたら……そうですね、俺が死にます。
ゆびきったー、と」
「……加久田が死んだら困る」
「大丈夫ですよ。
絶対に嘘、つきませんから」
笑うと細く、目尻が下がる加久田の目。
それを見ていたら、ほっと気が緩んだのか、何故かまた涙が溢れてくる。
「ああもう。
優里、泣かないでください」
加久田は困ったように笑っている。
……もう私、不安にならなくていいのかな。
女でいてもいいのかな。
ねえ、加久田?
いいんだよね?
……結局。
この日は私が加久田から離れたくなくて、一緒にいたがったものだから、加久田はなにもしないで、ただ私を抱きしめて寝てくれた。
私は久しぶりに安心して、心地いい眠りにつけた。
――月曜日。
「美咲ちゃん。
その、金曜日は悪かった。
すまない」
「え、あ、いいですよー」
美咲ちゃんが笑ってくれて、ほっと息をつく。
あんな酷いことをしておいて、許してくれなんて虫がよすぎだとは思う。
でも、仲直りしたかった。
「その、加久田にいろいろ聞いた。
いままでありがとう。
これからもよろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いします、……ってなにを聞いたんですか?」
「えっ、まあ、……いろいろ」
あれから、加久田が教えてくれた。
美咲ちゃんと加久田は「篠崎先輩をお嫁にもらいたい同盟」……だったらしい。
私のことを女としてみている、数少ない同士だから、ついつい話が盛り上がっていた、と。
しかも、私に目をつけたのは美咲ちゃんの方が先で、だから加久田はなめられたような態度をとられていたみたいだ。
種明かしをするとあっけなくて、……いや、ちょっと引っかかる点もあるけど、美咲ちゃんに嫉妬していた自分がおかしかった。
1
あなたにおすすめの小説
私の婚活事情〜副社長の策に嵌まるまで〜
みかん桜
恋愛
身長172センチ。
高身長であること以外ごく普通のアラサーOL、佐伯花音。
婚活アプリに登録し、積極的に動いているのに中々上手く行かない。
「名前からしてもっと可愛らしい人かと……」ってどういうこと?
そんな男、こっちから願い下げ!
——でもだからって、イケメンで仕事もできる副社長……こんなハイスペ男子も求めてないっ!
って思ってたんだけどな。気が付いた時には既に副社長の手の内にいた。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
先輩、お久しぶりです
吉生伊織
恋愛
若宮千春 大手不動産会社
秘書課
×
藤井昂良 大手不動産会社
経営企画本部
『陵介とデキてたんなら俺も邪魔してたよな。
もうこれからは誘わないし、誘ってこないでくれ』
大学生の時に起きたちょっとした誤解で、先輩への片想いはあっけなく終わってしまった。
誤解を解きたくて探し回っていたが見つけられず、そのまま音信不通に。
もう会うことは叶わないと思っていた数年後、社会人になってから偶然再会。
――それも同じ会社で働いていた!?
音信不通になるほど嫌われていたはずなのに、徐々に距離が縮む二人。
打ち解けあっていくうちに、先輩は徐々に甘くなっていき……
出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜
泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。
ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。
モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた
ひよりの上司だった。
彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。
彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……
うちの幼馴染がデレすぎてて俺の理性はもう限界。でも毎日が最高に甘いからもうどうでもいいや
静内燕
恋愛
相沢悠太の日常は、規格外の美少女である幼馴染、白石葵によって完全に支配されている。
朝のモーニングコール(ベッドへのダイブ付き)から始まり、登校中の腕組み、そして「あーん」が義務付けられた手作り弁当。誰もが羨むラブラブっぷりだが、悠太はこれを「家族愛」だと頑なに誤解(無視)している。
「ゆーたは私の運命の相手なんだもん!」と、葵のデレデレは今日も過剰の一途。周囲の冷やかしや、葵を狙う男子生徒のプレッシャーが高まる中、悠太の**「幼馴染フィルター」**はついに限界を迎える。
この溺愛っぷり、いつまで「家族」で通せるのか?
甘すぎる日常が、悠太の鈍感な理性を溶かし尽くす――最初からクライマックスの、超高濃度イチャイチャ・ラブコメ、開幕!
譲れない秘密の溺愛
恋文春奈
恋愛
憧れの的、国宝級にイケメンな一条社長と秘密で付き合っている 社内一人気の氷室先輩が急接近!? 憧れの二人に愛される美波だけど… 「美波…今日充電させて」 「俺だけに愛されて」 一条 朝陽 完全無欠なイケメン×鈴木 美波 無自覚隠れ美女
包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。
距離感ゼロ〜副社長と私の恋の攻防戦〜
葉月 まい
恋愛
「どうするつもりだ?」
そう言ってグッと肩を抱いてくる
「人肌が心地良くてよく眠れた」
いやいや、私は抱き枕ですか!?
近い、とにかく近いんですって!
グイグイ迫ってくる副社長と
仕事一筋の秘書の
恋の攻防戦、スタート!
✼••┈•• ♡ 登場人物 ♡••┈••✼
里見 芹奈(27歳) …神蔵不動産 社長秘書
神蔵 翔(32歳) …神蔵不動産 副社長
社長秘書の芹奈は、パーティーで社長をかばい
ドレスにワインをかけられる。
それに気づいた副社長の翔は
芹奈の肩を抱き寄せてホテルの部屋へ。
海外から帰国したばかりの翔は
何をするにもとにかく近い!
仕事一筋の芹奈は
そんな翔に戸惑うばかりで……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる