17 / 37
第4章 公表は突然に
1. 新婚生活……ではない
しおりを挟む
こうして、片桐課長との生活がはじまった。
「じゃあ、いってくるな」
「あっ、はい、お弁当!」
玄関まで見送ると、ちゅっと唇に口付けを落とされた。
「会社で待ってる」
「いってらっしゃい」
ドアが閉まり、ばいばーいと手を振っていた片桐課長の姿が見えなくなる。
新婚のような毎朝の光景だが、私は片桐課長と結婚していなければ、ましてや付き合ってすらいない。
朝食の後片付けを済ませ、私も会社へと向かう。
出勤時間をずらしているのは、その方がお前のためにいいと言われたからだ。
一緒に出社すれば揉め事に発展するのはわかっている。
けれどその理由は間野くんのときと全く同じで、片桐課長もなにか私に隠しているんじゃないかとつらくなった。
それでなくてもつい最近、社長が娘婿に片桐課長を考えている、なんて話を聞いたばかりだ。
制服に着替えて営業部に行く。
すでに出社している片桐課長は高来課長と話をしていた。
真剣に話をしていたのに私が出社してきたのに気づくと、ぱっと嬉しそうに顔を輝かせる。
けれど私は無視するかのように真顔のまま、自分のパソコンを立ち上げた。
片桐課長なんていないかのように仕事をこなす。
いままでずっと、片桐課長は隣の課の課長で、部長代理といったって関わりあうことなく過ごしてきた。
意識しはじめたのは、メモを置かれたあの日から。
気がつけばお昼になっていた。
お茶を淹れに行く途中、エレベーターの前で片桐課長が女子社員に囲まれていた。
「片桐課長、お昼、一緒にどうですか」
「あー、俺、弁当なんだよね」
証明するかのように、片桐課長が弁当の包みを少し掲げてみせた。
「えー、ここのところ、ずっとお弁当ですよね。
それ、誰が作ってるんですか」
私には関係ないと、通り過ぎようとしていた足が止まる。
「んー、内緒。
お前たちには関係ないだろ」
「ええっー、秘書室の新海さんですかー?」
「それとも、経理の関根さん?」
「ああもう、うっさいなー。
誰だっていいだろ。
ほら、エレベーター来たぞ」
エレベーターが到着して片桐課長一行が乗り込んでいなくなり、辺りは静かになった。
私も給湯室へと向かう。
「……内緒、か」
お茶を淹れながらぽつりと呟いた言葉は、私の胸に重くのしかかってくる。
片桐課長にとって私は、人には言えない存在なんだ。
一緒に住んでいるなんてバレたら大変なことになるのはわかるが、それでも胸がずきずきと痛んだ。
誰もいない部署内の会議室でお弁当を食べながら、ため息が出る。
「なにやってるんだろ、私」
あんなに誓ったのに、前と同じことを繰り返している自覚はある。
これはもはや、私の悪癖なんだろうか。
家に帰り、家事をこなす。
家賃は払うと言ったんだけど、いらないって拒否された。
理由を聞いてもいつも通り、「俺の勝手」。
家賃を受け取ってもらえないだけでも肩身が狭いのに、さらに。
「はい、これ」
引っ越しの次の日、手の上にのせられたのは、ピンクのモノグラム柄の長財布だった。
「とりあえず五万、入れてある。
生活費は必要だろ?
いつも一緒に買い物行けるんだったらいいが、そういうわけにはいかないからな」
「はぁ……」
「足りなくなったらいつでも言え」
ひとり暮らしをしたことがない私には、これが多いのか少ないのか判断ができない。
しかもこの財布が不思議なのは、ある程度減ると知らないうちにまた補充されているところだ。
――なーんて、片桐課長が私の見ていないところで、補充しているのは知っている。
一度、問い詰めたけれど。
「妖精かなにかが、勝手に入れてるんじゃないか」
むすっと不機嫌に片桐課長に言われ、あたまが痛くなってくる。
「でも、片桐課長しかいないですよね」
「片桐課長じゃない、樹馬」
一気にパーソナルスペースを無視して距離を詰めた片桐課長の顔が、右目下の並んだ黒子がはっきり見えるほど間近にある。
「い、いまはそんな話してるんじゃなくてですね」
「うるさい」
あ、とか思ったときには片桐課長の唇が重なっていた。
拒否しようと胸を押したが、左手がぐっと腰を抱き寄せ、右手は後ろ髪の中に差し込み、逃げられなくしてしまう。
さらに彼は巧みに私を翻弄し、閉じたくないのに勝手に私の瞼は落ちる。
「……とにかく俺は知らない。
減るんじゃなくて増えてるんだからいいじゃないか」
「……」
あたまがじんじんと甘く痺れて、いまはなにも考えられない。
都合が悪くなると、こうやってごまかす片桐課長をどうにかしてほしい。
とにかく、居候させてもらっているうえに生活費までいただいているので、せめて家事は私がするべきだと思っている。
「じゃあ、いってくるな」
「あっ、はい、お弁当!」
玄関まで見送ると、ちゅっと唇に口付けを落とされた。
「会社で待ってる」
「いってらっしゃい」
ドアが閉まり、ばいばーいと手を振っていた片桐課長の姿が見えなくなる。
新婚のような毎朝の光景だが、私は片桐課長と結婚していなければ、ましてや付き合ってすらいない。
朝食の後片付けを済ませ、私も会社へと向かう。
出勤時間をずらしているのは、その方がお前のためにいいと言われたからだ。
一緒に出社すれば揉め事に発展するのはわかっている。
けれどその理由は間野くんのときと全く同じで、片桐課長もなにか私に隠しているんじゃないかとつらくなった。
それでなくてもつい最近、社長が娘婿に片桐課長を考えている、なんて話を聞いたばかりだ。
制服に着替えて営業部に行く。
すでに出社している片桐課長は高来課長と話をしていた。
真剣に話をしていたのに私が出社してきたのに気づくと、ぱっと嬉しそうに顔を輝かせる。
けれど私は無視するかのように真顔のまま、自分のパソコンを立ち上げた。
片桐課長なんていないかのように仕事をこなす。
いままでずっと、片桐課長は隣の課の課長で、部長代理といったって関わりあうことなく過ごしてきた。
意識しはじめたのは、メモを置かれたあの日から。
気がつけばお昼になっていた。
お茶を淹れに行く途中、エレベーターの前で片桐課長が女子社員に囲まれていた。
「片桐課長、お昼、一緒にどうですか」
「あー、俺、弁当なんだよね」
証明するかのように、片桐課長が弁当の包みを少し掲げてみせた。
「えー、ここのところ、ずっとお弁当ですよね。
それ、誰が作ってるんですか」
私には関係ないと、通り過ぎようとしていた足が止まる。
「んー、内緒。
お前たちには関係ないだろ」
「ええっー、秘書室の新海さんですかー?」
「それとも、経理の関根さん?」
「ああもう、うっさいなー。
誰だっていいだろ。
ほら、エレベーター来たぞ」
エレベーターが到着して片桐課長一行が乗り込んでいなくなり、辺りは静かになった。
私も給湯室へと向かう。
「……内緒、か」
お茶を淹れながらぽつりと呟いた言葉は、私の胸に重くのしかかってくる。
片桐課長にとって私は、人には言えない存在なんだ。
一緒に住んでいるなんてバレたら大変なことになるのはわかるが、それでも胸がずきずきと痛んだ。
誰もいない部署内の会議室でお弁当を食べながら、ため息が出る。
「なにやってるんだろ、私」
あんなに誓ったのに、前と同じことを繰り返している自覚はある。
これはもはや、私の悪癖なんだろうか。
家に帰り、家事をこなす。
家賃は払うと言ったんだけど、いらないって拒否された。
理由を聞いてもいつも通り、「俺の勝手」。
家賃を受け取ってもらえないだけでも肩身が狭いのに、さらに。
「はい、これ」
引っ越しの次の日、手の上にのせられたのは、ピンクのモノグラム柄の長財布だった。
「とりあえず五万、入れてある。
生活費は必要だろ?
いつも一緒に買い物行けるんだったらいいが、そういうわけにはいかないからな」
「はぁ……」
「足りなくなったらいつでも言え」
ひとり暮らしをしたことがない私には、これが多いのか少ないのか判断ができない。
しかもこの財布が不思議なのは、ある程度減ると知らないうちにまた補充されているところだ。
――なーんて、片桐課長が私の見ていないところで、補充しているのは知っている。
一度、問い詰めたけれど。
「妖精かなにかが、勝手に入れてるんじゃないか」
むすっと不機嫌に片桐課長に言われ、あたまが痛くなってくる。
「でも、片桐課長しかいないですよね」
「片桐課長じゃない、樹馬」
一気にパーソナルスペースを無視して距離を詰めた片桐課長の顔が、右目下の並んだ黒子がはっきり見えるほど間近にある。
「い、いまはそんな話してるんじゃなくてですね」
「うるさい」
あ、とか思ったときには片桐課長の唇が重なっていた。
拒否しようと胸を押したが、左手がぐっと腰を抱き寄せ、右手は後ろ髪の中に差し込み、逃げられなくしてしまう。
さらに彼は巧みに私を翻弄し、閉じたくないのに勝手に私の瞼は落ちる。
「……とにかく俺は知らない。
減るんじゃなくて増えてるんだからいいじゃないか」
「……」
あたまがじんじんと甘く痺れて、いまはなにも考えられない。
都合が悪くなると、こうやってごまかす片桐課長をどうにかしてほしい。
とにかく、居候させてもらっているうえに生活費までいただいているので、せめて家事は私がするべきだと思っている。
10
あなたにおすすめの小説
社内恋愛~○と□~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
一年越しの片想いが実り、俺は彼女と付き合い始めたのだけれど。
彼女はなぜか、付き合っていることを秘密にしたがる。
別に社内恋愛は禁止じゃないし、話していいと思うんだが。
それに最近、可愛くなった彼女を狙っている奴もいて苛つく。
そんな中、迎えた慰安旅行で……。
『○と□~丸課長と四角い私~』蔵田課長目線の続編!
貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳
大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。
でも、これはただのお見合いではないらしい。
初出はエブリスタ様にて。
また番外編を追加する予定です。
シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。
表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。
○と□~丸い課長と四角い私~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
佐々鳴海。
会社員。
職場の上司、蔵田課長とは犬猿の仲。
水と油。
まあ、そんな感じ。
けれどそんな私たちには秘密があるのです……。
******
6話完結。
毎日21時更新。
フリーランスエンジニアの優しすぎる無償の愛
春咲さゆ
恋愛
26歳OLの木崎茉莉は人生のどん底にいた。上手くいかないことに慣れ、心を凍らせることで自分を守る毎日に絶望した茉莉は、雨の夜に思わず人生の終わりを願ってしまう。そんな茉莉に手を差し伸べたかっこいい彼。茉莉は、なぜか無償の愛のような優しさをくれる不思議な男性に少しずつ救われ、前を向いていく。けれど、疑ってしまうほど親切な彼には、親切であり続ける理由があって……。雨の夜の出会いがもたらした、優しくも切ない物語。
涙のあとに咲く約束
小田恒子
恋愛
事務系の仕事に転職したばかりの松下理緒は、総務部の藤堂がシングルファーザーではないかという噂を耳にする。
噂を聞いた後、偶然藤堂と小さな男の子の姿を見かけ、男の子が落とした絵本をきっかけに親しくなる。
家族持ちの藤堂にどうしようもなく惹かれていく。
そんなある日、真一は事故で亡くなった兄夫婦の子で、藤堂が自分の子どもとして育てていると知ったた理緒は……
ベリーズカフェ公開日 2025/08/11
アルファポリス公開日 2025/11/28
表紙はぱくたそ様のフリー素材
ロゴは簡単表紙メーカー様を使用
*作品の無断転載はご遠慮申し上げます。
譲れない秘密の溺愛
恋文春奈
恋愛
憧れの的、国宝級にイケメンな一条社長と秘密で付き合っている 社内一人気の氷室先輩が急接近!? 憧れの二人に愛される美波だけど… 「美波…今日充電させて」 「俺だけに愛されて」 一条 朝陽 完全無欠なイケメン×鈴木 美波 無自覚隠れ美女
私の婚活事情〜副社長の策に嵌まるまで〜
みかん桜
恋愛
身長172センチ。
高身長であること以外ごく普通のアラサーOL、佐伯花音。
婚活アプリに登録し、積極的に動いているのに中々上手く行かない。
「名前からしてもっと可愛らしい人かと……」ってどういうこと?
そんな男、こっちから願い下げ!
——でもだからって、イケメンで仕事もできる副社長……こんなハイスペ男子も求めてないっ!
って思ってたんだけどな。気が付いた時には既に副社長の手の内にいた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる