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第4章 公表は突然に
3. 片桐課長の好きな、人
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コーヒーショップから見た窓の外を、片桐課長が歩いていた。
――社長のお嬢さんと一緒に。
……なんだ、女性にあわせて歩くこともできるんだ。
私と一緒のときは自分のペースでさっさと歩いていくのに、社長のお嬢さん――咲季さんとは相手のペースにあわせてゆっくりめで歩いている。
その光景にまるで針が刺さったみたいに、胸の奥がチクリと痛む。
「お似合い、だよねー……」
咲季さんは大学でミスキャンバスに選ばれたほどの美人。
それにちんちくりんの私と違って片桐課長と並ぶと、道行く人がみんな振り返るほど美男美女のカップルだった。
「あっちの方が絶対、いいよね……」
今日の昼食のアテンド、咲季さんの指名だって聞いている。
社長が進めている見合いの話、咲季さんも乗り気だっていうことだろう。
気づいたときには片桐課長たちはいなくなっていた。
私も残りのサンドイッチを口に詰め込む。
今日はお弁当はいらないと言われたから、久しぶりにコーヒーショップでランチにしたけれど、いつも通りコンビニでお弁当買って会社で食べればよかったと後悔した。
午後からも片桐課長は外出になっていた。
所用で会社に来た咲季さんを、勤め先の大学に送っていくらしい。
咲季さんは大学で助教をしていて、美人な上にあたまもいい。
「きっと、ああいう人が好みなんだと思うんだよねー」
いままで噂のあった人たちはみんな、美人だった。
咲季さんはもちろん美人だし、そういえばいままでの人たちよりも、社長の娘と立場が上だ。
もしかして、片桐課長が好きなのは咲季さん……?
手が届かない相手だから、私を代わりにしているとか?
――ピコン。
「うっ」
パソコンが立てた警告音で思考が途切れる。
ぼーっと考えながら入力していたせいで、入力ミスをしていた。
いや、警告が出るエラーでよかったのだ。
これが発注ミスとかだと目も当てられない。
「集中、しよ」
このときは気分を切り替えたのだけれど……。
「笹岡さん、ちょっと」
珍しく、厳しい顔で高来課長から呼ばれた。
「『日の出タマゴ』さんからクレーム。
卵、六千パックで発注来てるって」
「え……。
す、すみません!」
ありえない単位に慌ててあたまを下げた。
きっとさっき、ぼーっと入力していたから。
やってはならないミスにどうしたらいいのかいろいろ考えるけれど、空回りするばかりでちっとも解決策は見つからない。
「……はぁーっ」
ため息の音が聞こえてきて、こわごわあたまを上げる。
「喜んで納品したいところですが物理的に無理ですって、笑っていたよ」
目のあった高来課長はあきれたように笑った。
「……すみません」
「訂正はこっちでしといたから。
今後、こういうことがないように気をつけて」
「……はい」
情けなさすぎて、ちょっと泣きそう。
「らしくないよ?
悩みがあるなら相談のるから。
仕事ことでも、……プライベートでも」
困ったように笑う高来課長は、言外に片桐課長のことを指している。
確かにこのミスは片桐課長が原因だといえなくもないが、こんなことは上司に相談できない。
「そのときはよろしく、お願いします……」
「うん」
このときは同じ片桐課長の被害に遭っている人間として、放っておけないのだと思っていた。
でも、全然違う理由だと知るのはもう少しだけ先のこと。
情けないミスを犯したせいで家に帰ってもやる気が出ない。
「今日はオムライスでいいか……」
玉子たっぷりにすればその分、玉子が消費できるし。
なんてことを考えている自分に気がついて、苦笑いしかできない。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
いつも通り帰ってきた片桐課長が、唇を重ねてくる。
「すぐに仕上げしちゃいますから、ちょっと待っててくださいね」
「慌てなくていいぞー」
寝室に消えていく彼を横目で見ながら、玉子を割ってかき混ぜる。
フライパンに流し込んでとろとろのうちにごはんを包む。
「どうぞー」
「今日はオムライスかー」
テーブルの上には、オムライスと簡単野菜スープ、それにサラダ。
手抜きだけどたまにはいいことにする。
「玉子、消費しないといけないもんな」
わざとらしく、片桐課長が右の口端だけを歪めて笑う。
「……意地悪です」
きっと、高来課長経由で今日のミスを聞いたのだろう。
「たまには間違うことだってあるさ。
次から気をつければいい」
「……はい」
話はおしまい、とでも言うかのように片桐課長はスプーンを握った。
が、すぐに置いてしまう。
「なー、ハートは描いてくれないのか」
「は?
どこぞのメイドカフェですか」
そう言われるんじゃないかとは予想はしていた。
が、実際言われてみるとかなり莫迦っぽい。
「俺は描きたい」
いいともなんとも言っていないのに、勝手に私のお皿を取り上げ片桐課長はケチャップを手にした。
「ほら」
満面の笑みで渡された私のオムライスには、ハートを真ん中に〝スキ〟と書いてあった。
「……なんですか、これ」
「笹岡も描いて」
ニヤニヤと楽しそうに笑いながら、ケチャップと自分の皿を押しつけてくる。
「……」
無言で嫌々受け取って、なんと書いたらいいか少し考えた。
「……どうぞ」
描き終わったオムライスを片桐課長に押しつける。
彼はかなり不服そうだけど。
だってそこには星マークを描いただけだから。
「だいたいこれ、なんですか?」
答えも待たずにオムライスの上のケチャップをぐちゃぐちゃに撫でつける。
「オムライスってそういうのを描くもんだろ」
「だから、そういうのはメイドカフェかバカップルがするもんですって」
なにかを期待しているかのように心臓の鼓動が少し速い。
片桐課長は渋々スプーンを握ってオムライスを食べはじめた。
「オムライスを前にしたらやってみたくなるだろ、バカップルごっこ」
「バカップル……ごっこ、ですか」
みるみる心臓の鼓動が失速していく。
そもそも私はなにを期待していたのだろう。
「笹岡は乗ってくれないんだもんなー」
こんな遊び、乗りたいわけがない。
――いや、遊びだからやりたくない。
「好きな人とやったらいかがですか」
お前なに言ってんの、とでもいうふうに、片桐課長が一回、大きくまばたきをした。
「好きな人とやりたかったに決まってんだろ」
食べる速度を加速して、片桐課長はガツガツとオムライスを食べだした。
……そうですね、――咲季さんとでもやればいいんですよ。
私もスプーンを握り直し、勢いよくオムライスを口に運んだ。
――社長のお嬢さんと一緒に。
……なんだ、女性にあわせて歩くこともできるんだ。
私と一緒のときは自分のペースでさっさと歩いていくのに、社長のお嬢さん――咲季さんとは相手のペースにあわせてゆっくりめで歩いている。
その光景にまるで針が刺さったみたいに、胸の奥がチクリと痛む。
「お似合い、だよねー……」
咲季さんは大学でミスキャンバスに選ばれたほどの美人。
それにちんちくりんの私と違って片桐課長と並ぶと、道行く人がみんな振り返るほど美男美女のカップルだった。
「あっちの方が絶対、いいよね……」
今日の昼食のアテンド、咲季さんの指名だって聞いている。
社長が進めている見合いの話、咲季さんも乗り気だっていうことだろう。
気づいたときには片桐課長たちはいなくなっていた。
私も残りのサンドイッチを口に詰め込む。
今日はお弁当はいらないと言われたから、久しぶりにコーヒーショップでランチにしたけれど、いつも通りコンビニでお弁当買って会社で食べればよかったと後悔した。
午後からも片桐課長は外出になっていた。
所用で会社に来た咲季さんを、勤め先の大学に送っていくらしい。
咲季さんは大学で助教をしていて、美人な上にあたまもいい。
「きっと、ああいう人が好みなんだと思うんだよねー」
いままで噂のあった人たちはみんな、美人だった。
咲季さんはもちろん美人だし、そういえばいままでの人たちよりも、社長の娘と立場が上だ。
もしかして、片桐課長が好きなのは咲季さん……?
手が届かない相手だから、私を代わりにしているとか?
――ピコン。
「うっ」
パソコンが立てた警告音で思考が途切れる。
ぼーっと考えながら入力していたせいで、入力ミスをしていた。
いや、警告が出るエラーでよかったのだ。
これが発注ミスとかだと目も当てられない。
「集中、しよ」
このときは気分を切り替えたのだけれど……。
「笹岡さん、ちょっと」
珍しく、厳しい顔で高来課長から呼ばれた。
「『日の出タマゴ』さんからクレーム。
卵、六千パックで発注来てるって」
「え……。
す、すみません!」
ありえない単位に慌ててあたまを下げた。
きっとさっき、ぼーっと入力していたから。
やってはならないミスにどうしたらいいのかいろいろ考えるけれど、空回りするばかりでちっとも解決策は見つからない。
「……はぁーっ」
ため息の音が聞こえてきて、こわごわあたまを上げる。
「喜んで納品したいところですが物理的に無理ですって、笑っていたよ」
目のあった高来課長はあきれたように笑った。
「……すみません」
「訂正はこっちでしといたから。
今後、こういうことがないように気をつけて」
「……はい」
情けなさすぎて、ちょっと泣きそう。
「らしくないよ?
悩みがあるなら相談のるから。
仕事ことでも、……プライベートでも」
困ったように笑う高来課長は、言外に片桐課長のことを指している。
確かにこのミスは片桐課長が原因だといえなくもないが、こんなことは上司に相談できない。
「そのときはよろしく、お願いします……」
「うん」
このときは同じ片桐課長の被害に遭っている人間として、放っておけないのだと思っていた。
でも、全然違う理由だと知るのはもう少しだけ先のこと。
情けないミスを犯したせいで家に帰ってもやる気が出ない。
「今日はオムライスでいいか……」
玉子たっぷりにすればその分、玉子が消費できるし。
なんてことを考えている自分に気がついて、苦笑いしかできない。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
いつも通り帰ってきた片桐課長が、唇を重ねてくる。
「すぐに仕上げしちゃいますから、ちょっと待っててくださいね」
「慌てなくていいぞー」
寝室に消えていく彼を横目で見ながら、玉子を割ってかき混ぜる。
フライパンに流し込んでとろとろのうちにごはんを包む。
「どうぞー」
「今日はオムライスかー」
テーブルの上には、オムライスと簡単野菜スープ、それにサラダ。
手抜きだけどたまにはいいことにする。
「玉子、消費しないといけないもんな」
わざとらしく、片桐課長が右の口端だけを歪めて笑う。
「……意地悪です」
きっと、高来課長経由で今日のミスを聞いたのだろう。
「たまには間違うことだってあるさ。
次から気をつければいい」
「……はい」
話はおしまい、とでも言うかのように片桐課長はスプーンを握った。
が、すぐに置いてしまう。
「なー、ハートは描いてくれないのか」
「は?
どこぞのメイドカフェですか」
そう言われるんじゃないかとは予想はしていた。
が、実際言われてみるとかなり莫迦っぽい。
「俺は描きたい」
いいともなんとも言っていないのに、勝手に私のお皿を取り上げ片桐課長はケチャップを手にした。
「ほら」
満面の笑みで渡された私のオムライスには、ハートを真ん中に〝スキ〟と書いてあった。
「……なんですか、これ」
「笹岡も描いて」
ニヤニヤと楽しそうに笑いながら、ケチャップと自分の皿を押しつけてくる。
「……」
無言で嫌々受け取って、なんと書いたらいいか少し考えた。
「……どうぞ」
描き終わったオムライスを片桐課長に押しつける。
彼はかなり不服そうだけど。
だってそこには星マークを描いただけだから。
「だいたいこれ、なんですか?」
答えも待たずにオムライスの上のケチャップをぐちゃぐちゃに撫でつける。
「オムライスってそういうのを描くもんだろ」
「だから、そういうのはメイドカフェかバカップルがするもんですって」
なにかを期待しているかのように心臓の鼓動が少し速い。
片桐課長は渋々スプーンを握ってオムライスを食べはじめた。
「オムライスを前にしたらやってみたくなるだろ、バカップルごっこ」
「バカップル……ごっこ、ですか」
みるみる心臓の鼓動が失速していく。
そもそも私はなにを期待していたのだろう。
「笹岡は乗ってくれないんだもんなー」
こんな遊び、乗りたいわけがない。
――いや、遊びだからやりたくない。
「好きな人とやったらいかがですか」
お前なに言ってんの、とでもいうふうに、片桐課長が一回、大きくまばたきをした。
「好きな人とやりたかったに決まってんだろ」
食べる速度を加速して、片桐課長はガツガツとオムライスを食べだした。
……そうですね、――咲季さんとでもやればいいんですよ。
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