33 / 37
最終章 結婚は突然に
1. もうあそこには帰らない
しおりを挟む
あれから片桐課長とひと言も口をきかないまま、翌日、土曜日の朝。
「じゃあ、行ってくるけど」
着替え終わった片桐課長から声をかけられても、布団を被って完全に無視した。
「まだ拗ねてんのか」
あきれた声にますます意固地になる。
悪いのは片桐課長で、私じゃないはずだ。
「もういい、勝手にしろ。
俺も勝手にする」
バタンとドアの閉まった音がし、そろそろと布団から顔を出す。
ひとりになったことを確認すると、はーっと大きなため息をついた。
別に、片桐課長がお見合いをするのに怒っているわけじゃない。
……いや、いい気はしないけど。
上司に頼まれたら、断れないのはわかる。
それにいまだに、私たちは付き合っているわけじゃないんだし。
でも、見合い会場に待機しとけとか、平気で言う?
それに、あのタイミングだ。
まるで、私に告白させないかのように遮って。
あの人は私の気持ちを聞く気すらないのだろうか。
ベッドから出て、スーツケースを引っ張り出す。
中に大事な物から順に詰めていった。
この服は絶対似合うからって買ってくれて、着たら喜んでくれた奴。
このネックレスはホワイトデーにお返しでくれた奴。
バレンタインは素直に渡せなくてケーキを焼いてごまかしたのに、わざわざ用意してくれた。
これは……。
荷物を出すと楽しかったことばかり思い出す。
「あれ……?」
気がついたら涙がぽろぽろと出ていた。
「全部、置いていこう。
全部」
涙を拭い再び荷物を詰めていく。
全部詰めて身支度を終わらせ、マンションを出る。
「いってらっしゃいませ」
ロビーで大貫さんが挨拶してくれた。
「お世話に、なりました」
怪訝そうな彼を尻目にスーツケースを引いて駅へと向かう。
電車に乗って空いた席に座り、携帯を取りだした。
……もう、全部終わりにするんだし。
電話は着信拒否にした。
NYAINもブロックした。
もう二度と、あそこには戻らない。
「ただいまー」
「花重、どうしたの!?」
突然、帰ってきた娘に両親は驚いていた。
「あー、片桐課長のマンション、出てきちゃった」
曖昧に笑ってごまかす。
母はとりあえず私をソファーに座らせ、お茶を淹れてくれた。
「出てきたって、喧嘩でもしたのか」
父は見ていたタブレットを置き、かけている老眼鏡を外した。
「喧嘩っていうか、片桐課長、お見合いするらしいし?
きっと、相手の人と結婚するだろうし?」
社長の娘と結婚すれば出世は間違いないんだから、そうそう簡単に断るとは思えない。
それに……思い出したのだ。
片桐課長が好きな人がいると言っていたことを。
毎日溺愛されるように生活していて、忘れていたけれど。
あの日、社長のお嬢さんである咲季さんと歩いている片桐課長は笑っていた。
やっぱり、片桐課長が好きなのは咲季さんだとしか思えない。
その彼女との見合いなのだ、断るはずがない。
「でもな……」
「……お父さん」
なにか言いかけた父を母が遮る。
母から目配せされて、父はごまかすようにこほんと小さく咳払いした。
「とにかく、樹馬くんとはよく話をしたのか」
――樹馬くん。
いつの間に、そんなに仲良くなったのだろう。
もしかして、私の知らないところで会ったりしているんだろうか。
そうやってこそこそされるのはムカつく。
「してない」
「ちゃんと、樹馬くんと話をしろ。
お前が誤解してるだけかもしれないだろ」
「お父さんもお母さんも樹馬さんの肩持つんだ!? 大っ嫌い!」
そのまま階段を駆け上がり、自分の部屋へと飛び込む。
乱暴にバタン!とドアを閉め、ベッドの上で膝を抱えて丸くなった。
……お父さんもお母さんも私の味方になってくれないんだ。
「花重、その、悪かった。
お前が帰りたくないんだったらまた家にいればいい。
……それにお父さんはその方が嬉しいし」
謝罪なんか受け入れるもんか、って思っていたけれど。
最後の父の言葉に吹き出していた。
私が小さい頃の父の口癖は、花重は嫁に出さずにずっと一緒に暮らす、だ。
少し落ち着いて部屋の中を見渡すと、家を出たあの日のままにしてあった。
もしかして、いつ戻ってきてもいいようにしてくれていたのかもしれない。
そう考えると父と母を許していた。
することもないのでネット小説を読んで過ごす。
読んでいると片桐課長がした、ごっこ遊びを思い出した。
あれがもし、片桐課長の本心だったら、私はこんなに悩まずに済んだのだ。
素直に私も好きだって言って、あの甘い生活に浸れた。
なのに現実は告白すらさせてもらえなかった。
――ピンポーン。
家の中にインターフォンの音が響き、身体がびくりと反応する。
「はーい」
すぐに母が玄関に出た。
きっと、時間的にあの人。
「花重ー、樹馬さんが迎えにきてるけど」
「帰ってもらって!」
母の声に被せるように、怒鳴り返した。
片桐課長のことだから、強引に連れて帰ろうとするかもしれない。
そのときは断固、拒否しよう。
身構えていたものの、片桐課長は私の前に姿を現さないまま、しばらくして玄関は閉まる。
そーっとドアから顔を出すと、階下の母と目があった。
「樹馬さん、今日は帰ります、って」
にっこりと母に笑われ、一気に気が抜けた。
同時に、がっかりしている自分がいる。
「……わかった」
別に、帰りたかったわけじゃない。
でもこんなにあっさり帰られると、やっぱり片桐課長にとって私はその程度なんだって思えてきて、胸にナイフがズブリと刺さった。
「じゃあ、行ってくるけど」
着替え終わった片桐課長から声をかけられても、布団を被って完全に無視した。
「まだ拗ねてんのか」
あきれた声にますます意固地になる。
悪いのは片桐課長で、私じゃないはずだ。
「もういい、勝手にしろ。
俺も勝手にする」
バタンとドアの閉まった音がし、そろそろと布団から顔を出す。
ひとりになったことを確認すると、はーっと大きなため息をついた。
別に、片桐課長がお見合いをするのに怒っているわけじゃない。
……いや、いい気はしないけど。
上司に頼まれたら、断れないのはわかる。
それにいまだに、私たちは付き合っているわけじゃないんだし。
でも、見合い会場に待機しとけとか、平気で言う?
それに、あのタイミングだ。
まるで、私に告白させないかのように遮って。
あの人は私の気持ちを聞く気すらないのだろうか。
ベッドから出て、スーツケースを引っ張り出す。
中に大事な物から順に詰めていった。
この服は絶対似合うからって買ってくれて、着たら喜んでくれた奴。
このネックレスはホワイトデーにお返しでくれた奴。
バレンタインは素直に渡せなくてケーキを焼いてごまかしたのに、わざわざ用意してくれた。
これは……。
荷物を出すと楽しかったことばかり思い出す。
「あれ……?」
気がついたら涙がぽろぽろと出ていた。
「全部、置いていこう。
全部」
涙を拭い再び荷物を詰めていく。
全部詰めて身支度を終わらせ、マンションを出る。
「いってらっしゃいませ」
ロビーで大貫さんが挨拶してくれた。
「お世話に、なりました」
怪訝そうな彼を尻目にスーツケースを引いて駅へと向かう。
電車に乗って空いた席に座り、携帯を取りだした。
……もう、全部終わりにするんだし。
電話は着信拒否にした。
NYAINもブロックした。
もう二度と、あそこには戻らない。
「ただいまー」
「花重、どうしたの!?」
突然、帰ってきた娘に両親は驚いていた。
「あー、片桐課長のマンション、出てきちゃった」
曖昧に笑ってごまかす。
母はとりあえず私をソファーに座らせ、お茶を淹れてくれた。
「出てきたって、喧嘩でもしたのか」
父は見ていたタブレットを置き、かけている老眼鏡を外した。
「喧嘩っていうか、片桐課長、お見合いするらしいし?
きっと、相手の人と結婚するだろうし?」
社長の娘と結婚すれば出世は間違いないんだから、そうそう簡単に断るとは思えない。
それに……思い出したのだ。
片桐課長が好きな人がいると言っていたことを。
毎日溺愛されるように生活していて、忘れていたけれど。
あの日、社長のお嬢さんである咲季さんと歩いている片桐課長は笑っていた。
やっぱり、片桐課長が好きなのは咲季さんだとしか思えない。
その彼女との見合いなのだ、断るはずがない。
「でもな……」
「……お父さん」
なにか言いかけた父を母が遮る。
母から目配せされて、父はごまかすようにこほんと小さく咳払いした。
「とにかく、樹馬くんとはよく話をしたのか」
――樹馬くん。
いつの間に、そんなに仲良くなったのだろう。
もしかして、私の知らないところで会ったりしているんだろうか。
そうやってこそこそされるのはムカつく。
「してない」
「ちゃんと、樹馬くんと話をしろ。
お前が誤解してるだけかもしれないだろ」
「お父さんもお母さんも樹馬さんの肩持つんだ!? 大っ嫌い!」
そのまま階段を駆け上がり、自分の部屋へと飛び込む。
乱暴にバタン!とドアを閉め、ベッドの上で膝を抱えて丸くなった。
……お父さんもお母さんも私の味方になってくれないんだ。
「花重、その、悪かった。
お前が帰りたくないんだったらまた家にいればいい。
……それにお父さんはその方が嬉しいし」
謝罪なんか受け入れるもんか、って思っていたけれど。
最後の父の言葉に吹き出していた。
私が小さい頃の父の口癖は、花重は嫁に出さずにずっと一緒に暮らす、だ。
少し落ち着いて部屋の中を見渡すと、家を出たあの日のままにしてあった。
もしかして、いつ戻ってきてもいいようにしてくれていたのかもしれない。
そう考えると父と母を許していた。
することもないのでネット小説を読んで過ごす。
読んでいると片桐課長がした、ごっこ遊びを思い出した。
あれがもし、片桐課長の本心だったら、私はこんなに悩まずに済んだのだ。
素直に私も好きだって言って、あの甘い生活に浸れた。
なのに現実は告白すらさせてもらえなかった。
――ピンポーン。
家の中にインターフォンの音が響き、身体がびくりと反応する。
「はーい」
すぐに母が玄関に出た。
きっと、時間的にあの人。
「花重ー、樹馬さんが迎えにきてるけど」
「帰ってもらって!」
母の声に被せるように、怒鳴り返した。
片桐課長のことだから、強引に連れて帰ろうとするかもしれない。
そのときは断固、拒否しよう。
身構えていたものの、片桐課長は私の前に姿を現さないまま、しばらくして玄関は閉まる。
そーっとドアから顔を出すと、階下の母と目があった。
「樹馬さん、今日は帰ります、って」
にっこりと母に笑われ、一気に気が抜けた。
同時に、がっかりしている自分がいる。
「……わかった」
別に、帰りたかったわけじゃない。
でもこんなにあっさり帰られると、やっぱり片桐課長にとって私はその程度なんだって思えてきて、胸にナイフがズブリと刺さった。
10
あなたにおすすめの小説
社内恋愛~○と□~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
一年越しの片想いが実り、俺は彼女と付き合い始めたのだけれど。
彼女はなぜか、付き合っていることを秘密にしたがる。
別に社内恋愛は禁止じゃないし、話していいと思うんだが。
それに最近、可愛くなった彼女を狙っている奴もいて苛つく。
そんな中、迎えた慰安旅行で……。
『○と□~丸課長と四角い私~』蔵田課長目線の続編!
貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳
大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。
でも、これはただのお見合いではないらしい。
初出はエブリスタ様にて。
また番外編を追加する予定です。
シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。
表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。
○と□~丸い課長と四角い私~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
佐々鳴海。
会社員。
職場の上司、蔵田課長とは犬猿の仲。
水と油。
まあ、そんな感じ。
けれどそんな私たちには秘密があるのです……。
******
6話完結。
毎日21時更新。
フリーランスエンジニアの優しすぎる無償の愛
春咲さゆ
恋愛
26歳OLの木崎茉莉は人生のどん底にいた。上手くいかないことに慣れ、心を凍らせることで自分を守る毎日に絶望した茉莉は、雨の夜に思わず人生の終わりを願ってしまう。そんな茉莉に手を差し伸べたかっこいい彼。茉莉は、なぜか無償の愛のような優しさをくれる不思議な男性に少しずつ救われ、前を向いていく。けれど、疑ってしまうほど親切な彼には、親切であり続ける理由があって……。雨の夜の出会いがもたらした、優しくも切ない物語。
涙のあとに咲く約束
小田恒子
恋愛
事務系の仕事に転職したばかりの松下理緒は、総務部の藤堂がシングルファーザーではないかという噂を耳にする。
噂を聞いた後、偶然藤堂と小さな男の子の姿を見かけ、男の子が落とした絵本をきっかけに親しくなる。
家族持ちの藤堂にどうしようもなく惹かれていく。
そんなある日、真一は事故で亡くなった兄夫婦の子で、藤堂が自分の子どもとして育てていると知ったた理緒は……
ベリーズカフェ公開日 2025/08/11
アルファポリス公開日 2025/11/28
表紙はぱくたそ様のフリー素材
ロゴは簡単表紙メーカー様を使用
*作品の無断転載はご遠慮申し上げます。
譲れない秘密の溺愛
恋文春奈
恋愛
憧れの的、国宝級にイケメンな一条社長と秘密で付き合っている 社内一人気の氷室先輩が急接近!? 憧れの二人に愛される美波だけど… 「美波…今日充電させて」 「俺だけに愛されて」 一条 朝陽 完全無欠なイケメン×鈴木 美波 無自覚隠れ美女
私の婚活事情〜副社長の策に嵌まるまで〜
みかん桜
恋愛
身長172センチ。
高身長であること以外ごく普通のアラサーOL、佐伯花音。
婚活アプリに登録し、積極的に動いているのに中々上手く行かない。
「名前からしてもっと可愛らしい人かと……」ってどういうこと?
そんな男、こっちから願い下げ!
——でもだからって、イケメンで仕事もできる副社長……こんなハイスペ男子も求めてないっ!
って思ってたんだけどな。気が付いた時には既に副社長の手の内にいた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる