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第2章 可愛い鹿乃子さん
3.可愛いは鹿乃子の枕詞ですか?
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午後少し遅い時間だから店内は比較的空いていて、すぐに席に座れた。
「なんにします?」
「そうですね……」
互いにメニューを開いたところではたと思い至った。
もしかして三橋さんは、昼食を取っていないのでは?
逆算するとちょうど、お昼時は新幹線の中になる。
「昼食は取られたんですか」
「まだなので少し重めのものを取ってもいいですか」
ちょこっとだけ、情けなさげに彼が笑う。
……可愛いー!
……っていやいや、相手は一回りも年上の、アラフォー男だ。
可愛いだなんて、ない、ない。
「はい、かまいません……」
とか言いつつ、さらに気づく。
相手は、東京からのお客様なのだ。
有名なハントンライスとか……いや、あれはB級グルメなので大店の若旦那にはどうかと思うけど。
でも寿司屋だとか割烹とかに連れていくのが正解だったのでは?
「どうかしましたか?」
言い淀んだ私へ、彼が訊ねてくる。
「あの。
ここで大丈夫……でしたか」
いまさらながら、東京にもありそうな和モダンカフェなんかに連れてきたのを後悔した。
「別にかまいませんが。
私は、可愛い鹿乃子さんがお気に入りのお店に連れてきていただけたというだけで、満足です」
にぱっ、と実に嬉しそうに彼が笑う。
「うっ」
あまりに眩しいそれについ、目を細めてしまった。
三橋さんはダッチベイビーのシーザーサラダ&ベーコンなんて頼んでいる。
私はお昼を食べてさほどたっていないので、ティラミスと飲み物に留めておいた。
「本当に三橋さん、私に会おうってただそれだけで来たんですか」
まだその理由はかなり、信じていない。
きっと別の用事の、ついでのはず。
「はい、歯磨きしながら思いついて、そのまま新幹線に乗りましたが?
……ああ、すみません。
早く可愛い鹿乃子さんに会いたい一心で、土産を買うのを忘れていました」
心底残念そうなのも、どうもそうやってふらっと二時間半かけてやってくるも三橋さんの中では当たり前みたいだからもういい。
が、私の名前に枕詞かってくらい〝可愛い〟がつくのは決定事項なのだろうか。
「あー、えと、お土産は大丈夫です。
ただ……」
「ただ?」
年上男性にこんなことをお願いしてもいいんだろうか。
いやでも、またこれだと困るわけで。
「……連絡を。
新幹線に乗るときでもかまいませんので、いただけると……」
……助かる。
着くまで時間があるので、その間にいろいろ算段できる。
「ああ、そうですね。
今日は可愛い鹿乃子さんを驚かせたいばっかりに、ご迷惑をおかけしてしまいました。
次からは連絡してきます」
「はい、そうしていただけるとありがたいです」
これで少しだけ安心かな?
あとどれくらい、彼がここへ来るのかはわからないけど。
そうこうしているうちに料理が出てきて、食べる。
「これからどうしますか」
とりあえずカフェにまで来たものの、ノープランだ。
ここは無難に兼六園あたりを案内すればいいのか?
「そうですね……。
不動産屋に行きませんか」
「……は?」
なぜに、不動産屋?
首が傾いたせいで、三橋さんが斜めに見えた。
「こちらでの生活拠点を購入しなければなりませんし……ああ、今日は下見までできたら、というくらいですが」
「購入……?」
さらにわからない単語が出てきて、とうとう視界の彼が横になった。
「新居……に、なりますよね、この場合。
結婚後、私と可愛い鹿乃子さんが生活する家ですから」
「新居……?」
……んー、もしかしてこの人、まだ決定じゃない結婚のために、家なりマンションなり買おうとしているということですか?
「ちょっと待ってください。
私は結婚をOKするだなんて、ひと言も」
「私は絶対に、OKしてくださると確信していますから、心配はご無用です」
涼しい顔で彼は、アイスコーヒーのストローを咥えた。
「いやいやいや、でもダメになったとき、困るじゃないですか」
「ダメになるなんてあるはずがありません。
それにこれからはしょっちゅう、こちらへ来ますからね。
拠点は早く、決めた方がいい」
「うっ」
そーだった、三橋さんの辞書には諦めるという字がないんだった……。
それに確かにしょっちゅう来るのならば、そのたびにホテルに泊まるよりはいいかもしれない。
いや、買うのには反対だけど。
「じゃあ、マンスリー……とは言わないので、せめて賃貸。
賃貸にしませんか?」
「えー」
えーってなんで、そんなに不服そうなんですか?
私としては年末になって、断りづらくなる材料はひとつでも減らしておきたいんですよ。
いまだってもちろん、断る気満々だし。
「絶対に可愛い鹿乃子さんは私の可愛い妻になるので、大丈夫ですのに」
どーでもいいが、その可愛い、可愛いはなんとかならないかな!
「わかりました、仕方ないですが賃貸にしておきます。
そういうわけでこのあと、不動産屋へ行きましょう」
「……はい」
にぱっ、とまた、三橋さんが嬉しそうに笑う。
いつのまにか不動産屋行きは決定事項になっていた。
とはいえ、私が懇意にしている不動産があるわけでもない。
それに知っているのは目立つところにある、全国チェーンのところだけだ。
結局、三橋さんが持っていたタブレットで、借りたい条件の候補から不動産屋を調べてくれた。
さらに、電話でアポイントまで。
「なんにします?」
「そうですね……」
互いにメニューを開いたところではたと思い至った。
もしかして三橋さんは、昼食を取っていないのでは?
逆算するとちょうど、お昼時は新幹線の中になる。
「昼食は取られたんですか」
「まだなので少し重めのものを取ってもいいですか」
ちょこっとだけ、情けなさげに彼が笑う。
……可愛いー!
……っていやいや、相手は一回りも年上の、アラフォー男だ。
可愛いだなんて、ない、ない。
「はい、かまいません……」
とか言いつつ、さらに気づく。
相手は、東京からのお客様なのだ。
有名なハントンライスとか……いや、あれはB級グルメなので大店の若旦那にはどうかと思うけど。
でも寿司屋だとか割烹とかに連れていくのが正解だったのでは?
「どうかしましたか?」
言い淀んだ私へ、彼が訊ねてくる。
「あの。
ここで大丈夫……でしたか」
いまさらながら、東京にもありそうな和モダンカフェなんかに連れてきたのを後悔した。
「別にかまいませんが。
私は、可愛い鹿乃子さんがお気に入りのお店に連れてきていただけたというだけで、満足です」
にぱっ、と実に嬉しそうに彼が笑う。
「うっ」
あまりに眩しいそれについ、目を細めてしまった。
三橋さんはダッチベイビーのシーザーサラダ&ベーコンなんて頼んでいる。
私はお昼を食べてさほどたっていないので、ティラミスと飲み物に留めておいた。
「本当に三橋さん、私に会おうってただそれだけで来たんですか」
まだその理由はかなり、信じていない。
きっと別の用事の、ついでのはず。
「はい、歯磨きしながら思いついて、そのまま新幹線に乗りましたが?
……ああ、すみません。
早く可愛い鹿乃子さんに会いたい一心で、土産を買うのを忘れていました」
心底残念そうなのも、どうもそうやってふらっと二時間半かけてやってくるも三橋さんの中では当たり前みたいだからもういい。
が、私の名前に枕詞かってくらい〝可愛い〟がつくのは決定事項なのだろうか。
「あー、えと、お土産は大丈夫です。
ただ……」
「ただ?」
年上男性にこんなことをお願いしてもいいんだろうか。
いやでも、またこれだと困るわけで。
「……連絡を。
新幹線に乗るときでもかまいませんので、いただけると……」
……助かる。
着くまで時間があるので、その間にいろいろ算段できる。
「ああ、そうですね。
今日は可愛い鹿乃子さんを驚かせたいばっかりに、ご迷惑をおかけしてしまいました。
次からは連絡してきます」
「はい、そうしていただけるとありがたいです」
これで少しだけ安心かな?
あとどれくらい、彼がここへ来るのかはわからないけど。
そうこうしているうちに料理が出てきて、食べる。
「これからどうしますか」
とりあえずカフェにまで来たものの、ノープランだ。
ここは無難に兼六園あたりを案内すればいいのか?
「そうですね……。
不動産屋に行きませんか」
「……は?」
なぜに、不動産屋?
首が傾いたせいで、三橋さんが斜めに見えた。
「こちらでの生活拠点を購入しなければなりませんし……ああ、今日は下見までできたら、というくらいですが」
「購入……?」
さらにわからない単語が出てきて、とうとう視界の彼が横になった。
「新居……に、なりますよね、この場合。
結婚後、私と可愛い鹿乃子さんが生活する家ですから」
「新居……?」
……んー、もしかしてこの人、まだ決定じゃない結婚のために、家なりマンションなり買おうとしているということですか?
「ちょっと待ってください。
私は結婚をOKするだなんて、ひと言も」
「私は絶対に、OKしてくださると確信していますから、心配はご無用です」
涼しい顔で彼は、アイスコーヒーのストローを咥えた。
「いやいやいや、でもダメになったとき、困るじゃないですか」
「ダメになるなんてあるはずがありません。
それにこれからはしょっちゅう、こちらへ来ますからね。
拠点は早く、決めた方がいい」
「うっ」
そーだった、三橋さんの辞書には諦めるという字がないんだった……。
それに確かにしょっちゅう来るのならば、そのたびにホテルに泊まるよりはいいかもしれない。
いや、買うのには反対だけど。
「じゃあ、マンスリー……とは言わないので、せめて賃貸。
賃貸にしませんか?」
「えー」
えーってなんで、そんなに不服そうなんですか?
私としては年末になって、断りづらくなる材料はひとつでも減らしておきたいんですよ。
いまだってもちろん、断る気満々だし。
「絶対に可愛い鹿乃子さんは私の可愛い妻になるので、大丈夫ですのに」
どーでもいいが、その可愛い、可愛いはなんとかならないかな!
「わかりました、仕方ないですが賃貸にしておきます。
そういうわけでこのあと、不動産屋へ行きましょう」
「……はい」
にぱっ、とまた、三橋さんが嬉しそうに笑う。
いつのまにか不動産屋行きは決定事項になっていた。
とはいえ、私が懇意にしている不動産があるわけでもない。
それに知っているのは目立つところにある、全国チェーンのところだけだ。
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