あなた色に染まり……ません!~呉服屋若旦那は年下彼女に独占宣言される~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第9章 私と貴方の独占欲

3.立本さんがいてくれてよかった

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のんびりだったせいか、一週回り終わる頃には夕方になっていた。
パンダも二回、行ったしね。

「あー、漸から遅くなるので夕メシまで食わせて帰してくれってきてるけど、どうする?」

「あー、私にも同じ内容できてます」

携帯を確認し、ふたり同時にため息をつく。
あの人は友人とはいえ男と私をふたりにして、危機感とかいうものはないんだろうか。
実際、本気じゃなかったとはいえ、立本さんに口説かれそうになったんだぞ?

「莫迦だよな、あいつ。
俺が本気でお前に惚れたら、とか考えないのかね?」

「ですです。
そんなに危機感ないんだったら、浮気しちゃいますよ、ほんと」

とりあえず、駐車場へ向かって歩きだす。

「まー、そんだけ、漸はお前を信頼してるってことだろうけどな」

「それだけ漸は、立本さんを信用しているってことでしょうけど」

今度は同時に開いた口から出てきたのは同じ内容で、顔を見あわせて笑った。

「まあ、漸がいいって言うんだから、メシ食って帰るか」

「そうですね、せっかくなので美味しいところをお願いします」

駐車場に帰り着き、車に乗る。
立本さんは焼き肉屋に連れてきてくれた。
ただし、店は小洒落た感じだがカウンターしかなく、七輪で焼くスタイルだ。

「なんか意外です」

立本さんならフレンチとかイタリアンで、「君の瞳に」なんてくさいことをいいながらワインで乾杯しそうだ。

「あー、そうだな。
ここは気に入った人間しか連れてこない。
女はお前が初めてかも」

気さくに店員と話している感じからして、もしかしたら常連なのかもしれない。

「ビールでいいか」

「あの、車……」

は、いいのか?
それにそれで立本さんは飲まないのだとしたら、気が引ける。

「代行頼むから問題ない。
ビールと麦。
水割り。
あと、ホルモンとさがり」

手慣れた感じで立本さんは注文した。

「いまさらだが、内臓系は大丈夫か」

「はい、平気です」

そうやって確認してくれるあたり、俺様なのに好感度は高いぞ。
でもまあ、私には漸がいるからよろめいたりしないけど。

「漸の結婚に」

「……乾杯」

小さくグラスをあわせ、立本さんはぐいっと焼酎を飲んだ。

「まー、なんつーか、これで漸が幸せになれるんだとしたら、俺はもう、なにも心配することないけどな」

置かれたホルモンを立本さんが網の上にのせ、煙が上がる。

「なんですか、それ。
それに、私が絶対、幸せにしますから心配ご無用です」

「おー、おー、たいした自信だな」

立本さんは私に焼かせないが、焼き肉奉行体質なんだろうか。

「あいつさー、いつもにこにこ笑ってる癖に、全然幸せそうじゃなかったんだよなー」

肉の焼け具合をみながら、ぽつぽつと独り言のように立本さんが話す。

「そんなのが面白くて、あいつに近づいた。
俺の興味があいつの顔や金じゃないと知ってからは、少しずつ本音で話すようになってきて」

「……」

きっとその頃の漸にとって、立本さんは溺れて掴んだ藁だったんだろう。

「卒業してしばらく会ってなかったんだ。
税理士の資格も取れて自分の事務所を開く、って段階になってふと、あいつ、どうしているかな、と思った。
……ほら、食え」

「……はい」

焼けた肉をぽいぽい彼は私のお皿に放り込んだ。
自分の皿にも入れ、新しい肉をのせる。
一切れ、口に入れてゴクンと飲み下し、焼酎で口をすすいで再び彼は肉を焼きながら話しだした。

「連絡取ってひさしぶりに会ったあいつは、相変わらずにこにこ笑ってた。
でも、昔よりもっと、危うい感じがして。
大丈夫か、って訊いたら、立本さん、私、どうしようって。
もしかしたらあと数日、連絡するのが遅かったらあいつ、もうこの世にいなかったかもしれん」

「……立本さんがいてくれてよかった、です」

私と会う前の漸は、そんなにも追い詰められていた。
いや、会ってからだっていつも、傷ついていたのだ。
家族が、お父さんが……憎い。
こんなにも酷く、漸を傷つけて。

きっと立本さんとっておきのお店だから、この肉は美味しいのだろう。
でもさっきから鼻が詰まって、味が全くわからない。

「食ってるか?」

「食べてますよ」

証明するかのように肉を口へ入れる。

「もっと食え、もっと」

また立本さんは私の皿へ、肉を入れた。

「一緒に会社を興そうって誘ったのは俺なんだ。
あいつ、あたまいいからな、経理面からの経営コンサルは絶対、向いてると思ったんだ。
親父さんの反対はあったが、俺と仕事をはじめてからちゃんと笑うようになった」

くいっ、と焼酎を飲み干し、立本さんが新しく頼む。

「でもやっぱり、いつもどこか無理してんだよな。
それが夏から、鹿乃子さんが、鹿乃子さんが、って締まらない顔で」

ふっ、と苦笑いし、立本さんはグラスを口に運んだ。

「なんか……すみません」

このあいだ、彼は漸から同じ話を五回は聞いたといっていた。
きっとあれだけじゃないだろうから……漸、話しすぎ。

「ああ、俺よりもっと、漸をわかってくれる奴ができたんだ、ってほっとした。
勝手にできる女を想像してたんだが、こんなちんくしゃだとは思わなかった」

にやっ、と右の頬を歪ませて意地悪く立本さんは笑った。

「……すみませんね、ちんくしゃで」

この身長は最近、少しばかりコンプレックスだ。
漸と比べるとかなり小さいから、いろいろ不便だし。

……ん?
もしかしていってきますのキスとかが額なのって、腰を屈めて唇にするのが大変だからなのか?

「まー、俺は漸が幸せならそれでいい。
でも漸を不幸にする奴は許さない。
たとえ、漸が本気で愛している人間でもな」

くいっ、と立本さんがグラスを呷る。
さらりと軽く語られたそれは、ずっしりと私にのしかかってきた。

「絶対に幸せにしますから、大丈夫です」

「頼んだぞ、マジで」
 へらっ、と笑い、立本さんが新しい酒を頼む。
私は彼から、漸を託された。
これは責任重大だ。
でも私は、漸を幸せにすると決めているから。

適当に立本さんの女性遍歴なんかにツッコミを入れつつ、食べて飲む。
打ち解けてみると彼はけっこう気さくで、話しやすかった。

「もう一軒行くか。
オススメのバーがあるんだ。
いや、酒はもちろんなんだが、ミルクセーキが最高でな。
デザートにどうだ?」

「なんですか、それ!
美味しそうです!」

焼き肉屋を出て少し歩き、隠れ家的バーへ入る。
立本さんは私に、軽めのカクテルとオススメのミルクセーキを頼んでくれた。

「美味しいです!」

「そうか」

ミルクセーキを食べる私を、にこにこと笑って立本さんは見ている。

「あー……」

「ん?」

少しだけ不思議そうに、彼の首が傾いた。

「他の女性にもそーゆー顔を見せたら、一発で好きになってもらえると思いますよ?」

なぜかみるみる、立本さんの顔が赤くなっていく。
ん?
私なんか、変なことを言ったか?

「あのさー」

さらに今度は、彼の口から苦労の多い大きなため息が落ちていく。

「お前こそそーゆーのは、漸にだけ言え?
じゃないと他の男から好きになられちゃうよよ?」

「あいたっ!
……なにするんですかー」

デコピンされて痛む額を押さえ、涙目で抗議する。

「あーあ。
漸の奴、絶対この先、苦労が絶えねえぞ」

「なんでですか」

「この、天然たらしが。
いや、漸も天然たらしだから似たもの夫婦でいいのか?」

ひとりで納得してニシニシなんて愉しそうに立本さんは笑っているが、私には全く意味がわかりません。

漸を幸せにしたい同士として、立本さんとはさらに話が弾み、ということはお酒も進むわけで。

「もー、飲めません……」

「だろうな。
おら、帰るぞ」

輪っかの祖父の孫とはいえ酒量は人並みな私が、漸並みにいくら飲んでも全く変化のない立本さんにあわせて飲めば当然、そうなるわけで。
足下もおぼつかず、支えられて店を出る。

「お待たせしてすみません」

外では漸が、待っていた。

「鹿乃子さん!? なんでこんなに、酔っ払ってるんですか!?」

慌てて漸が、立本さんから私を受け取る。

「ふにゃー。
漸、ぜーったいに私が、幸せにしますからねー」

漸の匂いに包まれて、さらに身体から力が抜けた。

「すまん、つい俺のペースで飲ませた」

「すまんじゃないですよ、まったく。
ほら、鹿乃子さん、……鹿乃子さん?」

次第に、漸の声が遠くなっていく。
そこでぷっつり、私の記憶は途絶えた。
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