あなた色に染まり……ません!~呉服屋若旦那は年下彼女に独占宣言される~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第11章 ラスボス登場?

4.鹿乃子お姉さま

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あとはひたすら、もひもひ志芳さんはお菓子を食べていた。

「ミルクティを淹れなさい。
砂糖多めの甘めのよ」

「はいはい」

なんだか彼女に同情したのもあって、苦笑いで立ち上がる。
こうなると紅茶をストレートで飲んでいたのも、もしかしてキャラ作りだったんじゃないかって疑惑が持ち上がってくる。

「あ、案外、庶民菓子も好きなのかも」

ついでに私の好きな、大袋のチョコブラウニーも出した。
128gで200円しないのにチョコを食べているみたいに濃厚なこれは、私の大好物だ。

「これも美味しいわ」

またもひもひ食べている姿はこう……うさぎなんかを思い起こされて、可愛い。

「志芳さんって幾つなんですか?」

「二十歳」

「二十歳……?」

え、年齢不詳で高校生くらいにも見えるけど、少なくとも私よりは上だと思っていたのに!?
てか、二十歳にしてはしっかりしてない!?
私が二十歳の頃ってこんなに考えていなかった気がする。

「……志芳さんって、凄い」

「別に凄くないわよ」

いやいや、絶対、凄い。
こんな人が家に縛られているなんて、可哀想だよ。
しかも時代錯誤な良妻賢母なんて求められていそうだし。

「その服も可愛いですよね」

ピンクのフリフリゴスロリ服は、ミニハットも同じデザインで揃えてあった。
スカートの膨らみ具合からして、パニエもちゃんと穿いているんだろうな。

「これ、全部作ったの。
……自分で」

「嘘!?
ほんとに!?」

頬を薔薇色に染め、彼女が頷く。
なんだこの、素直に……なったのかはわからないが、急に可愛くなった生き物は!?

「うわっ、そんな滅茶苦茶可愛いの作れるなんて、凄いですよ!」

「……ほんとに?」

目をうるうると潤ませ、上目で彼女が私を見つめる。

「はい。
全部、自分で作ったなんて凄いです」

ぱぁーっ、と嬉しそうに彼女の顔が輝く。
もしかしていままで、褒められたことがなかったんだろうか。
こんなに凄いのに?

「お父様にもお母様にも、荒木田家の子女が、そんな格好みっともない、って」

「それは酷いです」

あー、漸も同じこと、言われていたなー。

「そんななんの得にもならない裁縫などにうつつを抜かさず、一カ国語でも多く覚えろ、って」

「なんの得にもならないって、自分を可愛く飾れる服を作れる時点で得ですが?」

この子は、私と出会う前の漸と一緒なんだ。
家に縛られ、逃げられず、やりたいこともできない。
彼女に、なにもできない自分がだんだん、歯痒くなってきた。

「……私はあなたがとても気に入ったの。
不幸にしたくない。
だから、……漸と別れてください」

真摯に、彼女があたまを下げる。

「志芳さんの気持ちは嬉しいけれど、私は漸と絶対に別れません」

予想どおりだった、彼女が私たちを別れさせたい理由。
それでも、優しい彼女の気持ちを踏みにじっても、私は漸と、別れない。

「でもそれだと、あなたが不幸になるのよ!?」

彼女の悲痛な声が、静かな午後の室内に響く。

「不幸になんかなりません。
言ったでしょう?
漸を奪う敵はたとえ荒木田総理でも、戦って倒すんです。
だから、心配はご無用です」

「お父様がそんなに簡単に、倒れるわけないじゃない……!」

「……それでも向かっていくんですよ、私の可愛い鹿乃子さんは」

肩に手が触れ、見上げる。
目のあった漸が、眼鏡の奥で目尻を下げて微笑んだ。

「ただいま、とは言ったんですが、お話が弾んでいて聞こえなかったみたいで」

見せつけるかのように漸の唇が、ちゅっ、と軽く重なる。

「志芳さん。
鹿乃子さんは私を守るためなら、どんなに強大な敵でも立ち向かってくれるんです。
そんな人だから、私は好きになりました」

「わかるわよ、それくらい!
だからこそ……!」

ううん、と静かに漸が首を横に振る。

「私たちふたりなら、どんな敵にも勝てます。
そう、信じていますから」

私を見つめる漸は、どこまでも慈愛に満ちていた。
それが嬉しくて、自然に微笑んでしまう。

「それに私には荒木田総理の方から婚約破棄していただく、理由がありますから」

「そんなの、あるの……?」

縋るように志芳さんが漸を見上げる。

「はい。
私、不能なんですよ」

「不能、って?」

不思議そうに彼女の首が傾く。
もしかして、まだ彼女って心身ともにピュアなのでは!?

「勃たな……」

「わーっ、わーっ!」

大声を出して、全力で漸の言葉を遮った。
これはまだ、聞かせてはいけない。

「なんですか、鹿乃子さん。
急に大きな声を出して」

「たたないって、なにが?」

また、彼女が首を傾げる。
くそっ、可愛いな!

「それはですね、……」

「わーっ、わーっ」

具体的な名称まで出てきそうになってまた止めた。
漸ってときどき、デリカシーないよね?

「本当にどうしたんですか、さっきから」

「いいから!
いいから!
……志芳さん。
ようするに漸とだと、子供が授かれない、ってことですよ」

うん、これなら大丈夫だろう。
漸はさっきから不服そうだけど、黙っておれ!
志芳さんのピュアは私が守る!

「子供が授かれない、って……。
えっ、鹿乃子お姉さま、大変じゃない!」

うおっ、なんかいきなり、お姉さまなんて呼ばれちゃったよ!

「大丈夫ですよ、可愛い鹿乃子さんとならできるので。
でもやっぱり、鹿乃子さん以外の女性にた……ぐふっ」

「うん、私とだったら大丈夫だから安心して?」

華麗に肘鉄が決まって漸は悶絶しているけど……いいから、黙ってて!

「なら、いいけど……。
でもそれで、お父様が納得してくれると思えない」

「あなたの父親にとって跡取りがなにより大事ですからね。
子供をひとりだけ、しかも女の子しか産めなかったあなたの母親をあしざまに言っているのは有名な話です。
そんな人ですから、子をなせない私なんてなんの価値もありません」

漸、それを志芳さんに聞かせる?
わかっていたんだろうけど、ショック受けているじゃない。
それに志芳さんだって、子供を、特に男児を産めなければ、同じ目に遭うってことだ。

「……漸」

袖を引いて、漸の目をレンズ越しにじっと見つめた。
この子をこのまま、東京に帰したくない。
私と出会う前の漸と、同じ地獄に置いておきたくない。
こんなの、ただのわがまま、偽善、安い同情、ただのお節介、そんなものだとわかっている。
それでも彼女が、ほんの少しでも救われるのなら。

「わかっていますよ」

私を安心させるように、とんとん、と軽く漸が肩を叩いた。

「金池様にお願いしてみます。
こういう言い方はあれですが、あの方のご実家は荒木田家よりもずっと上ですからね」

「いいのかな、金池さんにご迷惑をかけてばかりで」

実家の工房を彼女に助けてもらうようになっている。
それなのにさらに、こんなお願い。

「そうですね、この件はおじい様の着物一枚で手を打ってもらえないかお願いします。
なので鹿乃子さん、頼みましたよ?」

「了解です」

やっぱり漸は、私の素敵な旦那様だ。
ときどき、デリカシーはないけど。

さっきから話題の主なのに、なにが起こっているのかわかっていない、志芳さんと向き直る。

「志芳さん。
上手くいくか、確約はできません。
でもこちらから、志芳さんが家から自由になれるように手を尽くさせてもらおうと思います。
もし、いらぬお節介だったら、言ってください」

みるみる彼女の目に涙が溜まっていく、そのまま、何度もぶんぶんと彼女は首を横に振った。

「これから好きなだけ、お洋服作れるようになるの?」

「はい、そうなるように頑張ります」

「少女まんがみたいな、恋もできるの?」

「あー、それはちょっとあれですが、誰にも決められずに、自由に恋ができますよ」

嬉しそうに涙を拭う彼女は、等身大の二十歳の女の子に見える。

「鹿乃子お姉さま、大好き!」

「えっ、あっ」

いきなり、志芳さんから抱きつかれた。
ああもう、可愛いなー。
妹がいたら、こんな感じだったんだろうか。

「……」

どーでもいいけど、漸。
無言で睨むのはやめてください。

来たときとは違い、志芳さんはにこにこ笑いながら帰っていった。
あれが本来の彼女なんだろう。
早く、いつもあれになれるように、祈ろう。

「……抱きつかれていましたね」

「うわっ」

ぼそっと暗い声が頭上から降ってきたかと思ったら、覆い被さるように後ろから漸に抱きつかれた。

「鹿乃子さんは私のものなのに」

まるでつけられたにおいを消すかのように、漸が身体を擦りつけてくる。

「鹿乃子さんも締まらない、嬉しそうな顔をしていました」

「えーっと、……漸?」

気づいてはいた、志芳さんにヤキモチを妬いているんだろうな、って。

「鹿乃子さんは私のものです。
誰にも渡しません」

「その、志芳さんは女の子ですし……」

「いまの時代、男だとか女だとか関係ありません」

そうだけれども!
じゃあ、私と仲のよい女子に全員、ヤキモチを妬くのか!? 

「あんな小娘に、私の鹿乃子さんを渡したりしませんよ」

「漸、……てばっ……」

漸の手がパーカーの裾から入ってくる。

「鹿乃子さんは私のものです……」

「あっ」

甘い重低音で耳を犯しながら、れろりと形をなぞるように舐め上げられたら堪らない。

「ここ、玄関だから……」

「だから?」

問題ない、とばかりに漸の手がさらに服の奥深くへと侵入する。

「私は漸のものだから。
誰のものにもならないから。
心配しなくても大丈夫なので、ここでのえっちはダメです」

渾身の力で顔を上げ、めっ、と漸を睨む。

「……鹿乃子さんに怒られてしまいました」

しゅーん、とみるみる漸が萎れていく。
はぁっ、とため息をつき、ちょいちょいと手招きした。
顔を近づけた漸の耳もとに、口を寄せる。

「……夜。
いっぱい、ラブラブしましょう?」

「鹿乃子さん!」

思いっきり漸が私を抱き締めるから、足が宙に浮く。
夜は当然ながら三日ほど会えなかったのもあり、……文字通り死ぬほど、愛された。
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