8 / 80
第1章 家政夫を頼んだら執事がきました
1-7 末永くよろしくお願いいたします、ご主人様
しおりを挟む
「食事の準備が整いました」
「はい」
ダイニングテーブルはあのゴミに埋もれていたとは信じられなほど、ぴかぴかに磨いてあった。
そしてその上に並べられていたのは……ハンバーグとサラダとスープとごはん。
うん、執事だからってフレンチのフルコースとか期待していたわけじゃないけど、そこはこだわらないんだ?
いや、それをいうなら猫柄エコバッグから突っ込まなきゃいけなくなるから、いいや。
「……いただきます」
ハンバーグに箸を入れると、じゅわっと一気に肉汁が溢れてきた。
――ごくり。
そーっと、ハンバーグをぱくり。
「……!
……!
……!」
思わずテーブルを両手でがんがん叩き、足をじたばたさせそうになるのをかろうじて抑える。
それほどまでにおいしいのだ。
ハンバーグは口の中で肉汁が広がり、まさに肉汁天国だし。
サラダなんて野菜切っただけって侮っていたけれど、コンビニのとは比べものにならないほどしゃきしゃきぱりぱり、さらにはかかっているドレッシングも手作りなのかいままで食べたことがないほどおいしい。
コンソメスープはファミレスの薄い奴はあまり好きじゃないけど、これはしっかりだしがきいる。
きっと、レストランを開業していたら、常連になって通うレベル。
「いかがでしょうか」
「ま、まあまあ」
悔しいが、まあまあどころか最高だった。
夕食の後、松岡さんはまた紅茶を淹れてくれた。
「本日はいかがでしたでしょうか」
「そうですね……」
掃除は完璧だった。
絶対に一日で終わらないと思っていたのだ。
なのに全部片付いた。
料理はお願いしてでも毎日食べたいレベルだし。
さらにはお茶まで淹れてくれる、きめ細やかなサービス。
本来ならお願いしたいところだが、さっきみたいに至近距離に男性の顔がある、とかいうのは私が耐えられないのでお断りしたい。
「その執事服はやめてもらえるんですか」
「それは承りかねます」
それで契約がもらえないかもしれないのに、即答ですか。
そんなにこだわりですか。
こっちとしては断る口実ができて都合がいいですが。
「なら、ダメですね。
そんなふざけた格好をしている方に、家を任せるわけにはいきません」
「なぜですか。
業務には一切、支障をきたしておりません。
……それに」
すーっと銀縁眼鏡の奥の目が、切れそうなくらい細められてぶるりと身体が震える。
「……案外、喜んでいらっしゃったんじゃないですか」
「なっ」
図星を指されて言葉に詰まる。
確かに執事は書かないなど言っておきながら、資料になるかもとこっそり、観察していたのも事実。
「私に同意を取らず、写真など撮影していらっしゃいましたよね」
「うっ」
「そういうの、なんというかご存じですか……?」
ゆっくりと松岡さんの顔が近づいてくる。
「……盗撮、っていうんですよ」
バリトンボイスが耳元で囁かれる。
震える息を吐き出し松岡さんを見上げた。
目のあった彼がにっこりと笑い、私は完全にフリーズした。
「この服以外に問題がないのなら、契約をお願いしたいのですが」
「は、はい」
契約書を広げ、松岡さんは説明しているが、いまいちあたまに入ってこない。
ただただ、言われるがままにサインして印鑑をついた。
「はい、確かにちょうだいいたしました」
書類を確認し、彼は封筒の中にしまった。
それを脇に置き、あらためて座り直す。
「これから末永くお願いいたします、ご主人様」
右手が取られ、なにをするのかと見ていると……ちゅっと手の甲に口づけを落とされた。
「な、な、な」
「なにって忠誠の証でございますが?
また金曜日、参ります。
では、本日はこれにて失礼させていただきます」
少ししてガラガラぴしゃっと玄関が開いてしまった音がして、我に返る。
……あ、あ、あの男、あろうことか私の手に、キ、キスなんてー!
熱でもあるんじゃないかってくらい身体が熱い。
実際、目に映る手は真っ赤になっている。
半ば脅される形で契約したのを猛烈に後悔した。
……いまならクーリングオフできるんじゃない?
携帯に伸ばしかけた手が止まる。
なぜなら。
――さっきの、手の甲へのキスを思いだしたから。
途端にボッとまた、顔が火を噴く。
「あー、もー、家政婦なんて頼むんじゃなかったー!」
「はい」
ダイニングテーブルはあのゴミに埋もれていたとは信じられなほど、ぴかぴかに磨いてあった。
そしてその上に並べられていたのは……ハンバーグとサラダとスープとごはん。
うん、執事だからってフレンチのフルコースとか期待していたわけじゃないけど、そこはこだわらないんだ?
いや、それをいうなら猫柄エコバッグから突っ込まなきゃいけなくなるから、いいや。
「……いただきます」
ハンバーグに箸を入れると、じゅわっと一気に肉汁が溢れてきた。
――ごくり。
そーっと、ハンバーグをぱくり。
「……!
……!
……!」
思わずテーブルを両手でがんがん叩き、足をじたばたさせそうになるのをかろうじて抑える。
それほどまでにおいしいのだ。
ハンバーグは口の中で肉汁が広がり、まさに肉汁天国だし。
サラダなんて野菜切っただけって侮っていたけれど、コンビニのとは比べものにならないほどしゃきしゃきぱりぱり、さらにはかかっているドレッシングも手作りなのかいままで食べたことがないほどおいしい。
コンソメスープはファミレスの薄い奴はあまり好きじゃないけど、これはしっかりだしがきいる。
きっと、レストランを開業していたら、常連になって通うレベル。
「いかがでしょうか」
「ま、まあまあ」
悔しいが、まあまあどころか最高だった。
夕食の後、松岡さんはまた紅茶を淹れてくれた。
「本日はいかがでしたでしょうか」
「そうですね……」
掃除は完璧だった。
絶対に一日で終わらないと思っていたのだ。
なのに全部片付いた。
料理はお願いしてでも毎日食べたいレベルだし。
さらにはお茶まで淹れてくれる、きめ細やかなサービス。
本来ならお願いしたいところだが、さっきみたいに至近距離に男性の顔がある、とかいうのは私が耐えられないのでお断りしたい。
「その執事服はやめてもらえるんですか」
「それは承りかねます」
それで契約がもらえないかもしれないのに、即答ですか。
そんなにこだわりですか。
こっちとしては断る口実ができて都合がいいですが。
「なら、ダメですね。
そんなふざけた格好をしている方に、家を任せるわけにはいきません」
「なぜですか。
業務には一切、支障をきたしておりません。
……それに」
すーっと銀縁眼鏡の奥の目が、切れそうなくらい細められてぶるりと身体が震える。
「……案外、喜んでいらっしゃったんじゃないですか」
「なっ」
図星を指されて言葉に詰まる。
確かに執事は書かないなど言っておきながら、資料になるかもとこっそり、観察していたのも事実。
「私に同意を取らず、写真など撮影していらっしゃいましたよね」
「うっ」
「そういうの、なんというかご存じですか……?」
ゆっくりと松岡さんの顔が近づいてくる。
「……盗撮、っていうんですよ」
バリトンボイスが耳元で囁かれる。
震える息を吐き出し松岡さんを見上げた。
目のあった彼がにっこりと笑い、私は完全にフリーズした。
「この服以外に問題がないのなら、契約をお願いしたいのですが」
「は、はい」
契約書を広げ、松岡さんは説明しているが、いまいちあたまに入ってこない。
ただただ、言われるがままにサインして印鑑をついた。
「はい、確かにちょうだいいたしました」
書類を確認し、彼は封筒の中にしまった。
それを脇に置き、あらためて座り直す。
「これから末永くお願いいたします、ご主人様」
右手が取られ、なにをするのかと見ていると……ちゅっと手の甲に口づけを落とされた。
「な、な、な」
「なにって忠誠の証でございますが?
また金曜日、参ります。
では、本日はこれにて失礼させていただきます」
少ししてガラガラぴしゃっと玄関が開いてしまった音がして、我に返る。
……あ、あ、あの男、あろうことか私の手に、キ、キスなんてー!
熱でもあるんじゃないかってくらい身体が熱い。
実際、目に映る手は真っ赤になっている。
半ば脅される形で契約したのを猛烈に後悔した。
……いまならクーリングオフできるんじゃない?
携帯に伸ばしかけた手が止まる。
なぜなら。
――さっきの、手の甲へのキスを思いだしたから。
途端にボッとまた、顔が火を噴く。
「あー、もー、家政婦なんて頼むんじゃなかったー!」
0
あなたにおすすめの小説
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。
没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。
亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。
しかし皆は知らないのだ
ティファが、ロードサファルの王女だとは。
そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
叱られた冷淡御曹司は甘々御曹司へと成長する
花里 美佐
恋愛
冷淡財閥御曹司VS失業中の華道家
結婚に興味のない財閥御曹司は見合いを断り続けてきた。ある日、祖母の師匠である華道家の孫娘を紹介された。面と向かって彼の失礼な態度を指摘した彼女に興味を抱いた彼は、自分の財閥で花を活ける仕事を紹介する。
愛を知った財閥御曹司は彼女のために冷淡さをかなぐり捨て、甘く変貌していく。
【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!
satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。
働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。
早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。
そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。
大丈夫なのかなぁ?
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
イケメンエリート軍団??何ですかそれ??【イケメンエリートシリーズ第二弾】
便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある
IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC”
謎多き噂の飛び交う外資系一流企業
日本内外のイケメンエリートが
集まる男のみの会社
そのイケメンエリート軍団の異色男子
ジャスティン・レスターの意外なお話
矢代木の実(23歳)
借金地獄の元カレから身をひそめるため
友達の家に居候のはずが友達に彼氏ができ
今はネットカフェを放浪中
「もしかして、君って、家出少女??」
ある日、ビルの駐車場をうろついてたら
金髪のイケメンの外人さんに
声をかけられました
「寝るとこないないなら、俺ん家に来る?
あ、俺は、ここの27階で働いてる
ジャスティンって言うんだ」
「………あ、でも」
「大丈夫、何も心配ないよ。だって俺は…
女の子には興味はないから」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる