家政夫執事と恋愛レッスン!?~初恋は脅迫状とともに~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

文字の大きさ
7 / 80
第1章 家政夫を頼んだら執事がきました

1-6 執事ものなんて……!

しおりを挟む
お茶の後はまた、仕事部屋に籠もっていた。
籠もっているからといって、仕事は全くしていなかったが。

だって、家に知らない人、しかも男がいるんだよ!?
集中できるわけがない。

「ゆくゆくはこの部屋も片付けてもらわないといけないわけだけど……」

書きながら菓子パンを囓ったりコーヒー牛乳を飲んだりするから当然、そのゴミがそこら中に散らかっている。
いや、そのゴミは問題ないのだ。
問題なのは。

「原稿、どうしよう……。
あと、本棚も……」

散らばるゴミの中には当然、プリントアウトした原稿も含まれている。
そして本棚には大量のTLノベル。
自書はもちろん、いただいた物や自分で買った物まで含めると、かなりの割合を占めている。

家政婦紹介所には小説家だということは伝えてある。
ただし書いているのはTLだというのは隠していた。

別にTLノベルを書いているのが恥ずかしいわけじゃない。
むしろ、誇りにすら思っている。

けれど世間の目は怖い。
父ですらいまだに、低俗なエロ小説だと莫迦にしているし。

「ほんと、どうしよう」

もうこの部屋の掃除は諦めるしかないだろう。
それに、ここがいくら散らかっていたって、閉じ込められる危険はない。
それに絶対立ち入り禁止にしてしまった方が、危険が少なくていい。
あとはこの部屋以外に原稿や本を放置しないように気をつければ。

「家政婦さんひとり雇うだけで、ほんと面倒……」

はぁーっと、口から大きなため息が落ちるが、これは自業自得だし、この家を守るためには必要なんだから仕方ない。

ぼーっとしている時間ももったいないので、デジタルメモを立ち上げる。
私はアイディアや執筆はデジタルメモで行い、パソコンで推敲する派だ。

「次回作のアイディア練っとかないと……」

適当に本棚から抜き出した資料をぱらぱらめくりながら妄想に耽る。

王子はこの間、書いたしなー。
領主とメイドもいいよね。
メイドといえば執事だよね。
執事だったらお嬢様との禁断の恋、とか萌える……って!
執事はない、ない!

あたまを振って浮かんできた妄想を慌てて打ち消す。
だって妄想の執事は、松岡さんだったから。

「執事物なんてぜーったいに書かない!!」

「よろしいでしょうか」

「はいっ!?」

雄叫びを上げているところに声をかけられ、心臓が一瞬、胸がから飛び出た。

「な、なんでしょうか……?」

……まさか、聞かれていないよね?

こわごわふすまを開ける。
けれど立っていた松岡さんはポーカーフェイスで、どうだったかは判断できない。

「夕食の買い物に行って参りますが、食べられないものや苦手なものなど、ありますでしょうか」

「と、特にない、……です」

「では、行って参ります」

ふすまが閉まる際、くすりと小さく笑い声が耳に届いた。
途端に顔がボッと熱くなる。
絶対に聞いていた癖に、なにも言わないなんてたちが悪い。

ガラガラピシャンと玄関の戸が開いて閉まった音がして、そーっと部屋の外をうかがう。

……いない、よね。

部屋を出るとあれだけ廊下に積んであった本や物が完全に撤去されていた。
これならもう二度と、閉じ込められるなんてことは起きそうもない。

茶の間のゴミも全部まとめてあった。
廊下にあった本はまとめて一カ所に積んである。
心なしか棚に飾ってある写真の祖母が、いつもより嬉しそうに笑って見えた。

「お祖母ちゃんだってゴミ屋敷は嫌だったよね」

この家は二十歳のとき、亡くなった祖母から譲り受けた。

祖父が病気で亡くなり、ようやく四十九日が済んだかと思ったら、あとを追うように祖母も亡くなった。
祖母にとって祖父は王子様で、死ぬまでずっと祖父を名前で呼んでいたほどだ。
そういう関係は本当にうらやましくて、私の憧れだったのだけど。

祖母が死んで、父はこの家を壊して更地にして売りに出すと言いだした。
けれどここは祖母が最愛の人と過ごした想い出の家なのだ。

当然、私は反対して父と大喧嘩になった。
しかし年甲斐もなく部屋に閉じ籠もり、一言も口をきかなかったもんだから父が折れた。

そして私が住むことを条件に、家の存続が認められている。

「戻りました」

しみじみと祖母との思い出を思いだしていたところに松岡さんが帰ってきて、びくんと背中が震える。

「お、おかえりなさい……」

振り返るとエコバッグを提げた松岡さんが目に入ってきた。

百歩譲って趣味の執事服は認めるとする。
エコバッグもいまは環境問題なんかあるし、お店によっては袋が有料のところもあるからわかる。
でも、その組み合わせはどうかと思うんですが……。
しかもエコバッグが猫柄、とか。

「どうかいたしましたか」

「……なんでもないです」

松岡さんは怪訝そうだけど、私には突っ込む勇気はない。

「すぐに夕食の準備をいたします。
少々お待ちください」

「よろしくお願いします」

松岡さんが台所に消えていき、私ももう仕事をする気になれずにテレビをつけた。

「よろしければどうぞ」

視界の隅をなにかが横切った気がして顔を上げる。
レンズ越しに松岡さんと目があった。

「あ、ありがとう……ございます」

「いえ」

ふっ、と薄く笑って松岡さんが離れる。
どきどきと速い心臓の鼓動を落ち着けようと、置かれたグラスに刺さっているストローを咥えた。

……び、びっくりしたー。

松岡さんの顔が思いのほか、近くにあった。
吐息さえもかかってしまいそうな距離で。
男性とあんなに顔を近づけたことがない私としては、動揺しないわけがない。

うん、やっぱり家政婦さんならともかく、家政夫は無理。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。

亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。 しかし皆は知らないのだ ティファが、ロードサファルの王女だとは。 そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

叱られた冷淡御曹司は甘々御曹司へと成長する

花里 美佐
恋愛
冷淡財閥御曹司VS失業中の華道家 結婚に興味のない財閥御曹司は見合いを断り続けてきた。ある日、祖母の師匠である華道家の孫娘を紹介された。面と向かって彼の失礼な態度を指摘した彼女に興味を抱いた彼は、自分の財閥で花を活ける仕事を紹介する。 愛を知った財閥御曹司は彼女のために冷淡さをかなぐり捨て、甘く変貌していく。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

イケメンエリート軍団??何ですかそれ??【イケメンエリートシリーズ第二弾】

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 そのイケメンエリート軍団の異色男子 ジャスティン・レスターの意外なお話 矢代木の実(23歳) 借金地獄の元カレから身をひそめるため 友達の家に居候のはずが友達に彼氏ができ 今はネットカフェを放浪中 「もしかして、君って、家出少女??」 ある日、ビルの駐車場をうろついてたら 金髪のイケメンの外人さんに 声をかけられました 「寝るとこないないなら、俺ん家に来る? あ、俺は、ここの27階で働いてる ジャスティンって言うんだ」 「………あ、でも」 「大丈夫、何も心配ないよ。だって俺は… 女の子には興味はないから」

処理中です...