家政夫執事と恋愛レッスン!?~初恋は脅迫状とともに~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第3章 TLノベル作家の苦悩

3-2 たわしのコロッケもご褒美です

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こうして黒猫はセバスチャンと名付けられ、うちで飼われることになった。
セバスチャンは私が苦手な男だけど、まあ猫だから男には数えないでおく。
ちなみに名前の由来は松岡くんが執事の憧れとなったまんがの、執事の名前だ。


「どうぞ」

「ありがとう」

今日の晩ごはんはコロッケだった。
私に揚げたてを出し、引き続きコロッケを揚げ続けている彼を尻目に、今日も携帯で写真を撮る。

「いただきます」

衣はさくっと、ジャガイモはほくほく。
それでかかっているソースもお手製となると完璧!以外に言いようがない。

「松岡くんって料理、どこで習ったの?」

猫事件以来、少しだけ世間話もするようになった。
距離的に打ち解けている編集さん、桃谷さんと同じくらいな感じ。

「なぜそのようなことをお尋ねになるのですか」

コロッケを揚げながらこちらなど見ずに、聞いてくる。

「あー、うん。
執事って料理もできないといけないのかなー、なんて気になったから」

イメージとしての執事像はあるが、実際の執事には出会ったことがない。

――いや、松岡くんは執事もどきだけど。

でも、イギリスの専門学校で勉強したって言っていたし。

「そうですね、料理は基本、料理人がいたします。
ですができた方がなにかと便利ですね」

「ふーん、そうなんだ」

それじゃあ、執事が料理をしたりしてもおかしくないってことだよね?
今回の小説、執事がお嬢様のために特別なケーキを作るシーンを書こうと思ったけど、使えそうだ。

「松岡くんは料理もお菓子作りも完璧でしょ?
下手なレストランとかお店より、絶対おいしいし」

「畏れ多いお言葉です」

口先では恐縮して見せながらも、私から見える背中には〝当然〟って書いてあっておかしくなる。

「やっぱり料理学校とか通ったの?」

「調理師免許は持っていた方が便利かと、取得するために学校には通いましたが。
基本、独学ですね」

ガスの火を止め、松岡くんは油を処理していく。

「年の離れた姉がいまして、なにかと注文が多いんですよ。
その要望に応えようといろいろ工夫しているうちに、料理がうまくなっておりました。
それだけは姉に感謝です」

「へー」

家族の話など、プライベートな話をするのがちょっと意外だった。
秘密主義かな、って思っていたから。

「コロッケのお代わり、いかがですか」

お皿を掴んでぐーっと松岡くんに差し出す。

「もらう」

食べすぎかなって気はするけれど、松岡くんのコロッケは無理してでも食べたいほどおいしかった。


「では本日はこれで失礼させていただきます。
次回は明明後日、金曜日に」

「はーい、ご苦労様でしたー」

今日も松岡くんが帰ったのを確認して、携帯を手に取る。

【今日の晩ごはんはコロッケ。
絶対、お店のよりこっちの方がおいしい!
ソースも手作りなんだよ。
#彼の日#彼ごはん#コロッケ#食べ過ぎました#ありがとダーリン#愛してる】

苦笑いしながらシェアボタンを押して完了。
ついでに自分の過去の投稿をさかのぼってみる。

【今日の晩ごはんはオムライス。
ハートは描いてくれないの? なんて聞いたら、そんな恥ずかしいことできるか!って彼、照れちゃった♡
#彼の日#彼ごはん#オムライス#でもハートはなし#ちょっと淋しい#ダーリン可愛い#ありがとダーリン#愛してる】

【彼、私の創作の刺激になればって、執事コスプレしてくれるの。
今日は後ろ姿を激写!
#彼の日#執事#執事の彼#ダーリン優しい#ありがとダーリン#愛してる】

【今日の晩ごはんはチキンのトマト煮込み。
フェットチーネなんか添えてあって、カフェごはんみたい!
#彼の日#彼ごはん#カフェごはん#チキンのトマト煮込み#ありがとダーリン#愛してる】

「なーにが#彼の日、だ。
ただの家政夫さん来る日だっちゅーの」

自分で投稿しておきながら、笑うしかできない。

最初は、世の女性対はなにが楽しくてこんなことをしているんだろうって感じだったけど、最近はちょっと楽しくなっていた。

松岡くんが本当に彼氏だったら……なんて考えてみる。

『愛する紅夏のために作りました』

ごくごくたまに見せるあの優しい笑顔で、私にお皿を差し出して……。

「キャーッ!」

恥ずかしい、恥ずかしすぎる。
畳の上でごろごろ転がっている私に、セバスチャンは不思議そうだ。

「でもない、ないわー。
だってあの、松岡くんだよ?」

もっとこう、……こう。

『俺が作ったんだからまずいとかないよな?』

これでいつもの、片方の唇の端をちょっこだけと持ち上げる意地悪な笑い方したら……完璧。

「それはそれで、コロッケがたわしでもおいしく召し上がらせていただきます! って感じだ……」

あ、ヤバい、こんなこと考えていたらご褒美すぎて鼻血でそう……。


台所で水を飲み、気持ちを落ち着けて仕事部屋へ戻った。
セバスチャンも一緒についてきたが……気にしないことにする。

調べごとをしようとパソコンのスリープを解除する。

「にゃー」

セバスチャンは華麗に机の上にのり、手前の僅かな隙間に寝そべった。

「だーかーら。
なんで仕事の邪魔をしたがる……?」

普段は無視している癖に仕事をしようとするとかまえとくるのは、うっとうしくもあり、可愛くもある。

「あー、はいはい」

「にゃー」

わしゃわしゃとあたまから身体まで撫で回してやったら、セバスチャンは気持ちよさそうに喉を鳴らした。

「はい、じゃあどいていただけますか」

強引に机の隅にセバスチャンを押しのけ、キーボードに手を伸ばす。
セバスチャンは不満そうだが、気づかないふり、気づかないふり。

「あ、メール届いてる……」

確認したメールは総合文芸雑誌『シェイクス』から取材の申し込みだった。

『シェイクス』といえば表紙に芸能人を起用し、話題の作家やまんがにアニメ、はたまたBLや百合ものといった、読者を選ぶような特集まで組む文芸雑誌だ。
今度はTL特集を組むことになり、取材したいということだった。

「インタビューとかまともに答えられる自信ない……」

初見の人とは絶対に打ち解けられない。
松岡くんだって猫事件があったからこそ、いまのように話せるようになった。

「どーしよう……」

悩んで悩んで結局、桃谷さんに相談することにした。

「えーっと……」

取材依頼の件を簡単に説明して、どうしたらいいかとメールを送る。
きっと、明日には返事が来るだろう。

「じゃあ今日も、頑張りますかね」

私の夜は、長い。
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