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第3章 TLノベル作家の苦悩
3-3 エロ小説言うな!
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翌週の金曜日、松岡くんを待ちながら私は動物園の熊よろしく、家の中を行ったり来たりしていた。
「どーしよー」
「にゃー」
遊んでいると思っているのか、セバスチャンも一緒になって楽しそうに、私の後ろをついて回る。
「やっぱり、取材なんて受けなきゃよかった……」
「にゃー」
もういまさら引き下がれないところまできているから、後悔してもしょうがないんだけど。
桃谷さんからの返事はこちらでも話を聞いているし、次回作の宣伝になるからぜひ受けてください、というものだった。
「宣伝、なら仕方ない……」
半ば諦めの気持ちで取材OKの返事をした。
打ち合わせをしているうちに担当編集の新山さんが仕事場が見たいなどと言いだし、結局押し切られた。
そうなると……問題が。
「この部屋、どーしよー……」
相変わらず、松岡くんを仕事部屋には入れていない。
掃除しましょうかと提案されても、ものが動くと気が散るとか適当に言い訳して、かたくなに拒否していた。
が、取材が入るとなるとこのままでいいわけがない。
しかし私が掃除したところで人様に見せられる状態になるとは思えないし、そうなると松岡くんに頼むしかないのだが。
「ほんと、どーしよー」
困った。
ひじょーに困ったけれど、解決策は見つからない。
「こんにちはー」
悩んでいるうちに松岡くんがやってきた。
「本日もよろしく……ってなにをやっているのですか?」
廊下をうろうろしていた私に、松岡くんは不審そうに眉をひそめた。
「あー、運動?
ほら、一日中、座りっぱなしで運動不足だし?」
慌てて笑ってごまかしてみたものの、松岡くんの視線が冷たい。
「そうですか。
では、お茶の準備をさせていただきますね」
「……よろしくお願いします」
仕事部屋に戻る気になれず、茶の間に座って台所の松岡くんを眺めていた。
オールバックの髪はよく似合っているし、銀縁眼鏡が知的さを演出している。
さらには執事服を着ても七五三にならず、……きっと、女性にモテるんだろうな。
なんてことを考えた途端、なぜか胸の奥がちくんと一瞬、痛んだ。
……なんだろ、いまの?
でももう感じないし、きっと気のせいだったのだろう。
「お待たせいたしました」
いつも通り、私の前にアフタヌーンティのセットが並んでいく。
サンドイッチとスコーンに、今日はモンブラン。
「本日はアイスティにいたしました」
「どうして?」
すっと、ストローの刺さったグラスを差し出されて首を捻る。
もう十月に入り、普通はアイスティなんて出さないだろう。
「先ほど、汗をかいておいでのようでしたので」
意地悪く、右の口端が僅かに持ち上がる。
途端にかっと、顔が熱くなった。
「……うるさい」
行儀悪く、ストローを吹いてアイスティをぶくぶくとさせてしまう。
「まったく、マナーがなっていませんね」
莫迦にするように唇だけで薄く笑われ、胸がどきどきした。
――いや、私はドMじゃないし。
サンドイッチをつまみながらあの部屋を掃除してほしいと、どうお願いするのがいいか考えた。
「本日のサンドイッチはお口にあいませんでしたか」
心配そうに尋ねながらも松岡くんの顔には〝俺のサンドイッチがまずいとかあるわけねーだろ〟ってはっきり書いてある。
うん、サンドイッチはきっとおいしいんだろうけど、悩み事で味がこう、いまいちわからないんだよ……。
「ううん、おいしいよ?」
無理矢理笑顔で答えながら、心の中でははぁーっとでっかいため息をついた。
どっちにしてもあの部屋は片付けてもらわなければいけないわけで。
家政夫にもきっと、守秘義務とかあるだろうし。
それにTLノベルをエロ小説って莫迦にされるのは、慣れたくないけど無理やり我慢するすべは身につけたし。
だから、……腹括ろう。
「あの、ね」
クロテッドクリームを掬おうと手にしたスプーンを置いて、座り直す。
まっすぐに松岡くんの、レンズの奥の瞳を見つめた。
改まった私に松岡くんは珍しく緊張しているようで、ごくりとのど仏が動いた。
「……仕事部屋を掃除してほしいの」
「……は?」
あきらかに松岡くんは戸惑っている。
「その。
……もう一度、よろしいですか?」
「だから。
仕事部屋を掃除してほしいの」
一気に、松岡くんの緊張が解けた。
「そんなことでございますか」
松岡くんにしてみれば、改まってお願いするようなことでもないのだろうけど。
私にしてみれば深刻な問題なのだ。
「そんなことって簡単に言うけど。
これには深い事情があるんだよ」
「どのような?」
「それは……」
説明しようとして言い淀んでしまう。
が、ちゃんと話しておかなければならない。
「私が小説書いて生活してるっていうのは話してあるよね」
「はい、うかがっておりますが」
「その、ジャンルがね。
……TLなの」
「TL……ですか」
一瞬、TLがなんなのかわからなかったのか、松岡くんは眼鏡の奥で一回、大きく瞬きした。
「それは要するに……女性向けエロ……ごふっ!」
「エロ小説言うな!」
思いっきり、松岡くんのお腹をグーパンしてやった。
痛そうにお腹をさすっているが、悪いことをしたとは全く思わない。
「でも女性向けエロ小説ですよね?」
「だから、エロ小説言うな!
確かにエッチシーンは多いけど、私たちは女性の夢や憧れを形にしてるの!
ただのエロ小説と一緒にしないで!」
一気に捲したてたせいで、はーはーと息が切れる。
ぎろんと睨みつけると、松岡くんは小さく丸めた背中をびくんと揺らした。
「……すみません、でした」
「わかればよろしい」
謝られて少しだけ気がすんだ。
「まあね、松岡くんみたいな人が多いのも事実だし。
父もエロ小説って莫迦にしてるし。
でもね、私はこの仕事、誇りにしてるから」
「……はい、すみませんでした」
いつも俺様なくせに、こうやって素直に謝ってくるところは、ちょっと可愛い。
「そういうわけで隠しておきたくて、いままで仕事部屋は立ち入り禁止にしてたんだけど。
今度、取材が入ることになってどうしても掃除しなきゃいけなくなったの。
だから、お願いできるかな?」
「かしこまりました」
さっきのことはなかったみたいに右手を胸に当てて恭しくお辞儀をする松岡くんはギャップが凄くて、ちょっとおかしかった。
「どーしよー」
「にゃー」
遊んでいると思っているのか、セバスチャンも一緒になって楽しそうに、私の後ろをついて回る。
「やっぱり、取材なんて受けなきゃよかった……」
「にゃー」
もういまさら引き下がれないところまできているから、後悔してもしょうがないんだけど。
桃谷さんからの返事はこちらでも話を聞いているし、次回作の宣伝になるからぜひ受けてください、というものだった。
「宣伝、なら仕方ない……」
半ば諦めの気持ちで取材OKの返事をした。
打ち合わせをしているうちに担当編集の新山さんが仕事場が見たいなどと言いだし、結局押し切られた。
そうなると……問題が。
「この部屋、どーしよー……」
相変わらず、松岡くんを仕事部屋には入れていない。
掃除しましょうかと提案されても、ものが動くと気が散るとか適当に言い訳して、かたくなに拒否していた。
が、取材が入るとなるとこのままでいいわけがない。
しかし私が掃除したところで人様に見せられる状態になるとは思えないし、そうなると松岡くんに頼むしかないのだが。
「ほんと、どーしよー」
困った。
ひじょーに困ったけれど、解決策は見つからない。
「こんにちはー」
悩んでいるうちに松岡くんがやってきた。
「本日もよろしく……ってなにをやっているのですか?」
廊下をうろうろしていた私に、松岡くんは不審そうに眉をひそめた。
「あー、運動?
ほら、一日中、座りっぱなしで運動不足だし?」
慌てて笑ってごまかしてみたものの、松岡くんの視線が冷たい。
「そうですか。
では、お茶の準備をさせていただきますね」
「……よろしくお願いします」
仕事部屋に戻る気になれず、茶の間に座って台所の松岡くんを眺めていた。
オールバックの髪はよく似合っているし、銀縁眼鏡が知的さを演出している。
さらには執事服を着ても七五三にならず、……きっと、女性にモテるんだろうな。
なんてことを考えた途端、なぜか胸の奥がちくんと一瞬、痛んだ。
……なんだろ、いまの?
でももう感じないし、きっと気のせいだったのだろう。
「お待たせいたしました」
いつも通り、私の前にアフタヌーンティのセットが並んでいく。
サンドイッチとスコーンに、今日はモンブラン。
「本日はアイスティにいたしました」
「どうして?」
すっと、ストローの刺さったグラスを差し出されて首を捻る。
もう十月に入り、普通はアイスティなんて出さないだろう。
「先ほど、汗をかいておいでのようでしたので」
意地悪く、右の口端が僅かに持ち上がる。
途端にかっと、顔が熱くなった。
「……うるさい」
行儀悪く、ストローを吹いてアイスティをぶくぶくとさせてしまう。
「まったく、マナーがなっていませんね」
莫迦にするように唇だけで薄く笑われ、胸がどきどきした。
――いや、私はドMじゃないし。
サンドイッチをつまみながらあの部屋を掃除してほしいと、どうお願いするのがいいか考えた。
「本日のサンドイッチはお口にあいませんでしたか」
心配そうに尋ねながらも松岡くんの顔には〝俺のサンドイッチがまずいとかあるわけねーだろ〟ってはっきり書いてある。
うん、サンドイッチはきっとおいしいんだろうけど、悩み事で味がこう、いまいちわからないんだよ……。
「ううん、おいしいよ?」
無理矢理笑顔で答えながら、心の中でははぁーっとでっかいため息をついた。
どっちにしてもあの部屋は片付けてもらわなければいけないわけで。
家政夫にもきっと、守秘義務とかあるだろうし。
それにTLノベルをエロ小説って莫迦にされるのは、慣れたくないけど無理やり我慢するすべは身につけたし。
だから、……腹括ろう。
「あの、ね」
クロテッドクリームを掬おうと手にしたスプーンを置いて、座り直す。
まっすぐに松岡くんの、レンズの奥の瞳を見つめた。
改まった私に松岡くんは珍しく緊張しているようで、ごくりとのど仏が動いた。
「……仕事部屋を掃除してほしいの」
「……は?」
あきらかに松岡くんは戸惑っている。
「その。
……もう一度、よろしいですか?」
「だから。
仕事部屋を掃除してほしいの」
一気に、松岡くんの緊張が解けた。
「そんなことでございますか」
松岡くんにしてみれば、改まってお願いするようなことでもないのだろうけど。
私にしてみれば深刻な問題なのだ。
「そんなことって簡単に言うけど。
これには深い事情があるんだよ」
「どのような?」
「それは……」
説明しようとして言い淀んでしまう。
が、ちゃんと話しておかなければならない。
「私が小説書いて生活してるっていうのは話してあるよね」
「はい、うかがっておりますが」
「その、ジャンルがね。
……TLなの」
「TL……ですか」
一瞬、TLがなんなのかわからなかったのか、松岡くんは眼鏡の奥で一回、大きく瞬きした。
「それは要するに……女性向けエロ……ごふっ!」
「エロ小説言うな!」
思いっきり、松岡くんのお腹をグーパンしてやった。
痛そうにお腹をさすっているが、悪いことをしたとは全く思わない。
「でも女性向けエロ小説ですよね?」
「だから、エロ小説言うな!
確かにエッチシーンは多いけど、私たちは女性の夢や憧れを形にしてるの!
ただのエロ小説と一緒にしないで!」
一気に捲したてたせいで、はーはーと息が切れる。
ぎろんと睨みつけると、松岡くんは小さく丸めた背中をびくんと揺らした。
「……すみません、でした」
「わかればよろしい」
謝られて少しだけ気がすんだ。
「まあね、松岡くんみたいな人が多いのも事実だし。
父もエロ小説って莫迦にしてるし。
でもね、私はこの仕事、誇りにしてるから」
「……はい、すみませんでした」
いつも俺様なくせに、こうやって素直に謝ってくるところは、ちょっと可愛い。
「そういうわけで隠しておきたくて、いままで仕事部屋は立ち入り禁止にしてたんだけど。
今度、取材が入ることになってどうしても掃除しなきゃいけなくなったの。
だから、お願いできるかな?」
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