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第3章 TLノベル作家の苦悩
3-5 モデルが実践
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「『シャルロット。
あなたは私の愛を疑うのですか』
マーヴィンはシャルロットを壁際に追い込み、逃げられないように壁に手をついた」
後ろからつい先日書いたばかりの作品を朗読する声が聞こえ、おそるおそる振り返る。
「『そ、そんなことは……』
眼鏡の奥からじっと見つめる、夜空の瞳が怖い。
そもそも悪いのは自分じゃなく、マーヴィンの方だ。
侍女のティルシーに言い寄られ、まんざらでもない顔をしていた。
それでなくてもこっちは執事とお嬢様と、身分差で不安があるのに」
「あ、あのね……?」
「『どれだけ私があなたを愛しているか、身をもってわからせる必要がありそうですね』」
こわごわ声をかけたものの、松岡くんは朗読をやめる気配がない。
しかもその状況そっくりに私を壁際に追い詰め、感情を込めて読まれると、自分がシャルロットになった気分になってくる。
「マーヴィンの手が、するりとシャルロットの頬を撫でる。
『愛していますよ、シャルロット』
耳もとでマーヴィンに囁かれ、ぞわぞわと背筋が波立った」
「ま、松岡……くん?」
躊躇いがちに再び声をかけてみたけど、松岡くんは返事をしないどころかさらに続ける。
「涙が浮きはじめた目でおそるおそる見上げると、艶を帯びた瞳が眼鏡の奥からシャルロットを見ていた。
『私の想い、身を持って感じてください……』
マーヴィンの手がシャルロットのあごを持ち上げる。
次の瞬間、彼の唇が自分の唇に重なっていた」
「お願い、もうやめて……!」
知り合いに自分の書いた本を買ったと言われるだけで恥ずかしいのにさらに朗読されると、恥ずかしすぎて床を破壊し、その下に潜りたくなってくる。
「知りませんでした、私が紅夏の彼氏などと」
「ひぃっ」
松岡くんの手が、するりと私の頬を撫でる。
おかげで短く、悲鳴が漏れた。
「このマーヴィンを私に見立てて、やってほしいことを書かれていたのですよね?」
「ち、ちがっ」
いや、違わない……かも。
マーヴィンのモデルは松岡くんだし。
いやいやいや、でもやってほしいとかは思っていない。
「愛していますよ、紅夏」
耳元で松岡くんに囁かれ……ぞわぞわと背筋が波立った。
「な、なにやってるの……?」
涙の浮きはじめた目でおそるおそる見上げると、艶を帯びた瞳が眼鏡の奥から私を見ていた。
「私の想い、身を持って感じてください……」
松岡くんの手が私のあごを持ち上げる。
――ってちょっと待って!
この展開だとその、キ、キスすることにならない!?
少しずつ、松岡くんの顔が近づいてくる。
閉じられたまぶたに、やっぱりそのつもりなんだと気づいた。
「や、やだぁ……」
もうすぐ唇が触れる、その直前で松岡くんがぱっと目を開く。
と同時に背中がずるずると壁を滑り、私はその場に座り込んでいた。
「キ、キスとかやだぁ……」
情けないことに涙がぼろぼろとこぼれ落ちてくる。
私が泣き出してしまい、松岡くんははぁーっと大きなため息をついた。
「たかがキスだろ」
がしがしと髪が乱れるのもかまわずに、松岡くんはあたまを掻いている。
「だ、だって、まだ、キスとかしたことないしー」
「はぁっ!?」
松岡くんの目が、そんなに開いたら目玉が落ちちゃわないか心配になるほど見開かれた。
「ちょっと待て。
おまえ、TL小説家なんだよな?」
「……年上でお客をおまえ呼ばわり……」
執事モードオフどころか、松岡くんは完璧に素になっていた。
「エロシーンのあるTLを、処女が書いてんの?」
「……うっ」
そこは若干、コンプレックスだから触れてほしくない。
「どうやって書いてんの?
シたことないのに」
だから。
興味本位に聞いてくるなって。
「……資料と想像」
そろそろと壁伝いに立ち上がる。
松岡くんは面白がっていて全くもって面白くない。
「へー。
ちなみにキスもまだだってことは、男と付き合ったこともないの?」
「残念ながら、男とも女とも付き合ったことはない」
「ふーん」
ん?
思いっきり莫迦にされるかと思ったけど、そうでもない?
前にこれがバレた男は処女なのにあたまの中はエロいことでいっぱいなんだろ、オレが発散させてやるよって押し倒してきた。
おかげで男嫌いになったといっても過言じゃない。
「ちなみにさっき泣いたのって、俺とキスするのが嫌だから?」
「……キスするのが怖かったから」
さんざんいつも書いている癖に、いざ自分が体験となると怖くなった。
ここを超えたらもう、いままでの私には戻れなくなる気がして。
「可愛い!」
「はいっ!?」
なんだか知らないがハイテンションで、私の肩を掴んで松岡くんはぐわんぐわんと揺さぶってくる。
「こんな可愛い女、見たことねー!」
大興奮でなにを言っているのか理解できないんだけど、おかしくないよね?
「……なら」
両手で髪を撫でつけて整え、指を揃えて眼鏡をくぃっと上げる。
途端に。
――纏っている空気が変わった。
「俺……私を、本当の彼氏にしてみませんか」
松岡くんは私の前に跪き、恭しく右手を取った。
眼鏡の奥からさっきの小説のように、艶を帯びたオニキスの瞳が私を見ている。
どくん、どくんと心臓が自己主張するかのように大きく鼓動した。
からからに渇いた喉にごくりとつばを飲み込み、口を開く。
「じゃあ――」
あなたは私の愛を疑うのですか』
マーヴィンはシャルロットを壁際に追い込み、逃げられないように壁に手をついた」
後ろからつい先日書いたばかりの作品を朗読する声が聞こえ、おそるおそる振り返る。
「『そ、そんなことは……』
眼鏡の奥からじっと見つめる、夜空の瞳が怖い。
そもそも悪いのは自分じゃなく、マーヴィンの方だ。
侍女のティルシーに言い寄られ、まんざらでもない顔をしていた。
それでなくてもこっちは執事とお嬢様と、身分差で不安があるのに」
「あ、あのね……?」
「『どれだけ私があなたを愛しているか、身をもってわからせる必要がありそうですね』」
こわごわ声をかけたものの、松岡くんは朗読をやめる気配がない。
しかもその状況そっくりに私を壁際に追い詰め、感情を込めて読まれると、自分がシャルロットになった気分になってくる。
「マーヴィンの手が、するりとシャルロットの頬を撫でる。
『愛していますよ、シャルロット』
耳もとでマーヴィンに囁かれ、ぞわぞわと背筋が波立った」
「ま、松岡……くん?」
躊躇いがちに再び声をかけてみたけど、松岡くんは返事をしないどころかさらに続ける。
「涙が浮きはじめた目でおそるおそる見上げると、艶を帯びた瞳が眼鏡の奥からシャルロットを見ていた。
『私の想い、身を持って感じてください……』
マーヴィンの手がシャルロットのあごを持ち上げる。
次の瞬間、彼の唇が自分の唇に重なっていた」
「お願い、もうやめて……!」
知り合いに自分の書いた本を買ったと言われるだけで恥ずかしいのにさらに朗読されると、恥ずかしすぎて床を破壊し、その下に潜りたくなってくる。
「知りませんでした、私が紅夏の彼氏などと」
「ひぃっ」
松岡くんの手が、するりと私の頬を撫でる。
おかげで短く、悲鳴が漏れた。
「このマーヴィンを私に見立てて、やってほしいことを書かれていたのですよね?」
「ち、ちがっ」
いや、違わない……かも。
マーヴィンのモデルは松岡くんだし。
いやいやいや、でもやってほしいとかは思っていない。
「愛していますよ、紅夏」
耳元で松岡くんに囁かれ……ぞわぞわと背筋が波立った。
「な、なにやってるの……?」
涙の浮きはじめた目でおそるおそる見上げると、艶を帯びた瞳が眼鏡の奥から私を見ていた。
「私の想い、身を持って感じてください……」
松岡くんの手が私のあごを持ち上げる。
――ってちょっと待って!
この展開だとその、キ、キスすることにならない!?
少しずつ、松岡くんの顔が近づいてくる。
閉じられたまぶたに、やっぱりそのつもりなんだと気づいた。
「や、やだぁ……」
もうすぐ唇が触れる、その直前で松岡くんがぱっと目を開く。
と同時に背中がずるずると壁を滑り、私はその場に座り込んでいた。
「キ、キスとかやだぁ……」
情けないことに涙がぼろぼろとこぼれ落ちてくる。
私が泣き出してしまい、松岡くんははぁーっと大きなため息をついた。
「たかがキスだろ」
がしがしと髪が乱れるのもかまわずに、松岡くんはあたまを掻いている。
「だ、だって、まだ、キスとかしたことないしー」
「はぁっ!?」
松岡くんの目が、そんなに開いたら目玉が落ちちゃわないか心配になるほど見開かれた。
「ちょっと待て。
おまえ、TL小説家なんだよな?」
「……年上でお客をおまえ呼ばわり……」
執事モードオフどころか、松岡くんは完璧に素になっていた。
「エロシーンのあるTLを、処女が書いてんの?」
「……うっ」
そこは若干、コンプレックスだから触れてほしくない。
「どうやって書いてんの?
シたことないのに」
だから。
興味本位に聞いてくるなって。
「……資料と想像」
そろそろと壁伝いに立ち上がる。
松岡くんは面白がっていて全くもって面白くない。
「へー。
ちなみにキスもまだだってことは、男と付き合ったこともないの?」
「残念ながら、男とも女とも付き合ったことはない」
「ふーん」
ん?
思いっきり莫迦にされるかと思ったけど、そうでもない?
前にこれがバレた男は処女なのにあたまの中はエロいことでいっぱいなんだろ、オレが発散させてやるよって押し倒してきた。
おかげで男嫌いになったといっても過言じゃない。
「ちなみにさっき泣いたのって、俺とキスするのが嫌だから?」
「……キスするのが怖かったから」
さんざんいつも書いている癖に、いざ自分が体験となると怖くなった。
ここを超えたらもう、いままでの私には戻れなくなる気がして。
「可愛い!」
「はいっ!?」
なんだか知らないがハイテンションで、私の肩を掴んで松岡くんはぐわんぐわんと揺さぶってくる。
「こんな可愛い女、見たことねー!」
大興奮でなにを言っているのか理解できないんだけど、おかしくないよね?
「……なら」
両手で髪を撫でつけて整え、指を揃えて眼鏡をくぃっと上げる。
途端に。
――纏っている空気が変わった。
「俺……私を、本当の彼氏にしてみませんか」
松岡くんは私の前に跪き、恭しく右手を取った。
眼鏡の奥からさっきの小説のように、艶を帯びたオニキスの瞳が私を見ている。
どくん、どくんと心臓が自己主張するかのように大きく鼓動した。
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