家政夫執事と恋愛レッスン!?~初恋は脅迫状とともに~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

文字の大きさ
19 / 80
第4章 王子様、登場

4-1 彼氏(仮)

しおりを挟む
マスカラを持つ手が震える。

「ヤバい、目に突っ込みそう……」

何度もビューラーでまぶたを挟みながらカールさせた睫へ、ぶるぶるとマスカラを塗った。

「大丈夫、かな……?」

うまく塗れているかなんて自信はない。
ただ、ダマにはなっていなさそう。
まあそのために、ダマになりにくい! ムラにならない!という謳い文句の、自分でも手軽に扱えそうなのを買ったんだけど。

「これでいいんだよね……?」

チークを塗りながらもやっぱり自信がない。

一度、お店の化粧品売り場に行ってみたけれど、美容部員に話しかけられて……逃げた。

そもそも、店員に話しかけられるのは苦手なのだ。
なのに、お化粧の相談に乗ってもらって、やり方まで教えてもらうとかハードルが高すぎる。

仕方ないので一度家に帰り、ネットでお化粧のやり方からお勧めの化粧品まで調べた。
いままで小説を書くのにいろいろ調べごとをしてきたが、こんなに疲れたのははじめてだ。

買って帰った日、予行演習はやったけど、これで正しいかなんてわからない。
誰にも聞けないし。
そしてそのまま……本番を迎えたわけだ。

「張り切りすぎ?
いやいや、でも松岡くんは彼氏なわけで……」

眼鏡はやめてコンタクトにした。

化粧も頑張った。

髪も可愛くアレンジヘアでまとめてみた。
――ネットで【簡単 ヘアアレンジ】で調べたら、【まずは軽く髪を巻いておきましょう】などと書いてあって殺意を覚えたが。

服だって桃谷さんの格好を参考に、用意した。

「おかしくないとは……思う」

「にゃー」

大丈夫だよとでもいうかのようにセバスチャンが鳴いて、ちょっとだけ安心した。


「こんにちはー」

落ち着かなくてそわそわと待っているうちに、松岡くんがいつものようにやってくる。

「本日もよろしくお願いします」

「よろしくお願い……します」

僅かに熱を帯びる顔で、ちらっと松岡くんをうかがう。
けれど彼はいつも通りでがっかりした。

「すぐにお茶の準備をいたしますね」

「……はい」

なんだか泣きたくなってきて俯いた。
せっかくいろいろ頑張ったのに、気づいてもらえないなんて。

――くすり。

耳に、小さな笑い声が届いて顔を上げる。
すぐに松岡くんの顔が近づいてきた。

「……それは俺のためにやってくれたのか?
だとしたら嬉しいんだけど」

バリトンボイスで囁かれ、ボン!と顔から火を噴く。

わかっていてこんな意地悪するなんて。

でも、そういうところにどきどきしている自分がいる。
黙ってしまった私の額へ、松岡くんがちゅっと口付けを落としてきて容量いっぱいになり、その場へへなへなと崩れ落ちた……。



松岡くんとはあのあと……付き合うようになった。

といっても――仮、だけど。

「じゃあ、……彼氏にする」

このときの私は、あたまがどうかしていたとしか思えない。
好きでもない男と付き合うなんて。
けれどどうしてか、松岡くんがそう言ってくれたのが嬉しかったから。

「は?」

私の言葉で松岡くんは、間抜けに目と口をぽかんと開いていた。

「なに言ってるのかわかってんのかよ」

立ち上がり少し怒って聞いてくるが……自分で言っておいて、いまさらだ。

「わかってる。
でもいままで彼氏とかいたことなかったし、実地で経験するのもいいと思う……から」

うんうん、きっとそれだけの理由だ。
想像の王子様に恋するよりも、実際に恋愛してみた方が経験値は上がるに決まっている。
最近、このままTLノベルを書き続けていていいのかなんていう不安もあるし、そのためだったら。

「要するに取材って奴か」

「そう、だね」

「じゃあ相手は、俺じゃなくていいんだ?」

意地悪く、松岡くんが右頬だけを歪めて笑う。

「よくない。
知らない人なんて無理。
けっこう打ち解けた松岡くんがいい」

「打ち解けた……ね」

はぁっ、松岡くんが小さくため息を落とす。

「わかった。
じゃあ仮彼氏とかどうだ?」

「仮……彼氏?」

「紅夏は疑似恋愛がしてみたいんだろ?
なら本当に付き合う必要はない。
だから仮の彼氏で仮彼氏」

ちょっとまて。
さっきから紅夏、紅夏ってなれなれしくないかい?
でもそれなら、好きでもない男と付き合う抵抗が薄い気がする。

「それでいい」

「了解。
細かい決まりはまたあとで決めるとして」

また跪いた途端に松岡くんのまとう空気が変わる。

「それでは。
契約の口付けでございます」

右手を取ってその甲に恭しく口付けを落とし、松岡くんは右の口端をちょこっとだけ上げて笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

没落貴族とバカにしますが、実は私、王族の者でして。

亜綺羅もも
恋愛
ティファ・レーベルリンは没落貴族と学園の友人たちから毎日イジメられていた。 しかし皆は知らないのだ ティファが、ロードサファルの王女だとは。 そんなティファはキラ・ファンタムに惹かれていき、そして自分の正体をキラに明かすのであったが……

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

叱られた冷淡御曹司は甘々御曹司へと成長する

花里 美佐
恋愛
冷淡財閥御曹司VS失業中の華道家 結婚に興味のない財閥御曹司は見合いを断り続けてきた。ある日、祖母の師匠である華道家の孫娘を紹介された。面と向かって彼の失礼な態度を指摘した彼女に興味を抱いた彼は、自分の財閥で花を活ける仕事を紹介する。 愛を知った財閥御曹司は彼女のために冷淡さをかなぐり捨て、甘く変貌していく。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

イケメンエリート軍団??何ですかそれ??【イケメンエリートシリーズ第二弾】

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 そのイケメンエリート軍団の異色男子 ジャスティン・レスターの意外なお話 矢代木の実(23歳) 借金地獄の元カレから身をひそめるため 友達の家に居候のはずが友達に彼氏ができ 今はネットカフェを放浪中 「もしかして、君って、家出少女??」 ある日、ビルの駐車場をうろついてたら 金髪のイケメンの外人さんに 声をかけられました 「寝るとこないないなら、俺ん家に来る? あ、俺は、ここの27階で働いてる ジャスティンって言うんだ」 「………あ、でも」 「大丈夫、何も心配ないよ。だって俺は… 女の子には興味はないから」

処理中です...