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第7章 家政夫執事の独占欲
7-2 王子様と新年会
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「うっ」
翌日、起きて顔を洗おうと鏡を見て、声が詰まる。
首筋にはくっきりと、松岡くんが噛みついた痕がついていたから。
「こんなの、恥ずかしすぎる……」
タンスの中身を引っかき回しながら、黒のハイネックニットを発見した。
あとはチェックのマキシ丈スカートも見つけたので、これに黒のブーツを合わせれば、それなりに。
それに黒のニットにシルバーのペンダントははえるからいいだろう。
「見えない、よね」
「にゃー」
大丈夫、とでもいうのかセバスチャンが鳴く。
鏡で確認したが、とりあえず見えなさそうでほっとした。
化粧を済ませて、セバスチャンに夜の分のごはんを入れる。
「今日は遅くなるから、いい子でお留守番しててねー」
「にゃー」
わかっているんだかわかってないんだか、すでにセバスチャンは餌にがっついていた。
「いまから食べたら夜、なくなっちゃうよ」
セバスチャンのあたまを撫でて、家を出る。
が、駅に向かう前に郵便受けを確認した。
「……嘘」
郵便受けの中には、昨日なかった例の茶封筒が入っていた。
――しかも、三通。
配達が休みの日曜と昨日の分と併せて、ということなんだろうか。
「ご丁寧に三日分もいらないって……」
はぁーっ、地面にまで落ちそうなほど、重いため息を吐いてバッグの中のファイルへしまう。
消印の場所がばらばらと松岡くんが言っていたのを思い出し、ちらっとだけ確認した。
いつものようにどれらも差し出された地域が別だったし、日付も違う。
どうも嫌がらせをしている暇人はちゃんと毎日投函したようだが、配達の都合で今日まとめて届いたようだ。
……律儀に毎日、投函しなくていいんだけど。
一気に足が重くなり、とぼとぼと歩いて駅へと向かう。
ほんとにもう、いい加減にしてほしい。
「あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
今日は新年会をしましょうと立川さんはしゃぶしゃぶのお店に招待してくれた。
あきらかに接待用のお店で、腰が引ける。
「まず、仕事の話を済ませてしまいましょう」
「はい、お願いします」
昨日、新たに書いたプロットを立川さんの前に置く。
「では、拝見します」
そのまま、立川さんが読み終わるのをじっと待った……。
「じゃあもう、執筆にかかっていいと僕は思います」
「ほんとですか!?」
何点か確認した後、立川さんが眼鏡の奥でにっこりと笑い、嬉しくなる。
「はい、この短期間でずいぶんよくなりましたよね。
なにか、あったんですか」
「えっ、あっ、……はははっ」
思わず、笑って誤魔化してお茶を啜った。
この年末年始のごたごたのおかげ、なんて言えるはずがない。
「これがどんな作品になるのか、いまから楽しみです」
お茶を飲む立川さんの手にはまた、ひっかき傷ができていた。
「料理、運んでもらいましょうね。
お腹、空いたでしょ」
「そうですね」
立川さんが内線で頼んでまもまく、鍋と具材が運ばれてくる。
「そのペンダント、彼氏からのプレゼントですか」
「え、ええ。
……まあ」
私の胸には約束通り、ハートのペンダントが揺れている。
マーキングって首に噛みついてきたり、松岡くんって結構、独占欲強いよね……。
なんて考えている場合じゃない。
「じゃあ、僕のプレゼントは無駄でしたねー」
立川さんは笑っているけど……可愛いですから!
なんかこっちが、悪いことをしている気になってきます!
「でも、いただいたのは嬉しかった、ので」
男性からあんなふうに女性扱いされてプレゼントされたことなんて、数えるほどしかない。
だから、迷惑だったかといえば嘘になる。
――たとえそれが、喧嘩の原因になっても。
「そういってもらえると嬉しいです」
べっ甲調ボストン眼鏡の影から笑い皺がのぞく。
そういうのが本当に可愛くて、困る。
「あの。
食べる前にもうひとつ、いいですか」
「……なにか?」
私が座り直して姿勢を正したからか、立川さんはなにかを感じ取ったようだった。
「その、見ていただきたいものがあって。
……これ、なんですけど」
持ってきた、例の手紙の入ったファイルを立川さんに渡す。
「これは……」
中身を確認した立川さんの眉間に皺が刻まれた。
「いつから?」
「新年一日からです。
毎日、途切れなく」
はぁーっと立川さんの口から落ちるため息は、深く重い。
「例の、人間でしょうね……」
「……やっぱり」
予想が的中してもこれほど嬉しくないものはない。
「文芸の作家の中にもひとり、被害に遭った方がいて。
それと手口が同じです」
難しい顔で立川さんは一連の手紙を見ている。
「これ、お預かりしてもいいですか。
情報が欲しいですし、法務部にも相談してみます」
「お願いします」
「やだな、あたまを上げてくださいよ。
僕はまだ、なにもしてないですから」
立川さんが困ったように笑い、やっぱり頼ってよかったなとほっとした。
「……あ、でも」
受け取ったファイルを鞄にしまいながら、なにかを思い出しかのように立川さんが顔を上げた。
「この被害に遭った作家がその後に出した本、結構売れてるんですよね。
まあ、炎上商法的なあれなんで、あれですけど。
けど、売れる手伝いをしてくれてると思った……って嬉しくないですよね」
立川さんは苦笑いしているが、それは全然嬉しくない。
「すみません、変なこと言いました。
さあ、今日は嫌なことを忘れて、食べましょう?」
「そうですね」
私も苦笑いで箸を取った。
翌日、起きて顔を洗おうと鏡を見て、声が詰まる。
首筋にはくっきりと、松岡くんが噛みついた痕がついていたから。
「こんなの、恥ずかしすぎる……」
タンスの中身を引っかき回しながら、黒のハイネックニットを発見した。
あとはチェックのマキシ丈スカートも見つけたので、これに黒のブーツを合わせれば、それなりに。
それに黒のニットにシルバーのペンダントははえるからいいだろう。
「見えない、よね」
「にゃー」
大丈夫、とでもいうのかセバスチャンが鳴く。
鏡で確認したが、とりあえず見えなさそうでほっとした。
化粧を済ませて、セバスチャンに夜の分のごはんを入れる。
「今日は遅くなるから、いい子でお留守番しててねー」
「にゃー」
わかっているんだかわかってないんだか、すでにセバスチャンは餌にがっついていた。
「いまから食べたら夜、なくなっちゃうよ」
セバスチャンのあたまを撫でて、家を出る。
が、駅に向かう前に郵便受けを確認した。
「……嘘」
郵便受けの中には、昨日なかった例の茶封筒が入っていた。
――しかも、三通。
配達が休みの日曜と昨日の分と併せて、ということなんだろうか。
「ご丁寧に三日分もいらないって……」
はぁーっ、地面にまで落ちそうなほど、重いため息を吐いてバッグの中のファイルへしまう。
消印の場所がばらばらと松岡くんが言っていたのを思い出し、ちらっとだけ確認した。
いつものようにどれらも差し出された地域が別だったし、日付も違う。
どうも嫌がらせをしている暇人はちゃんと毎日投函したようだが、配達の都合で今日まとめて届いたようだ。
……律儀に毎日、投函しなくていいんだけど。
一気に足が重くなり、とぼとぼと歩いて駅へと向かう。
ほんとにもう、いい加減にしてほしい。
「あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
今日は新年会をしましょうと立川さんはしゃぶしゃぶのお店に招待してくれた。
あきらかに接待用のお店で、腰が引ける。
「まず、仕事の話を済ませてしまいましょう」
「はい、お願いします」
昨日、新たに書いたプロットを立川さんの前に置く。
「では、拝見します」
そのまま、立川さんが読み終わるのをじっと待った……。
「じゃあもう、執筆にかかっていいと僕は思います」
「ほんとですか!?」
何点か確認した後、立川さんが眼鏡の奥でにっこりと笑い、嬉しくなる。
「はい、この短期間でずいぶんよくなりましたよね。
なにか、あったんですか」
「えっ、あっ、……はははっ」
思わず、笑って誤魔化してお茶を啜った。
この年末年始のごたごたのおかげ、なんて言えるはずがない。
「これがどんな作品になるのか、いまから楽しみです」
お茶を飲む立川さんの手にはまた、ひっかき傷ができていた。
「料理、運んでもらいましょうね。
お腹、空いたでしょ」
「そうですね」
立川さんが内線で頼んでまもまく、鍋と具材が運ばれてくる。
「そのペンダント、彼氏からのプレゼントですか」
「え、ええ。
……まあ」
私の胸には約束通り、ハートのペンダントが揺れている。
マーキングって首に噛みついてきたり、松岡くんって結構、独占欲強いよね……。
なんて考えている場合じゃない。
「じゃあ、僕のプレゼントは無駄でしたねー」
立川さんは笑っているけど……可愛いですから!
なんかこっちが、悪いことをしている気になってきます!
「でも、いただいたのは嬉しかった、ので」
男性からあんなふうに女性扱いされてプレゼントされたことなんて、数えるほどしかない。
だから、迷惑だったかといえば嘘になる。
――たとえそれが、喧嘩の原因になっても。
「そういってもらえると嬉しいです」
べっ甲調ボストン眼鏡の影から笑い皺がのぞく。
そういうのが本当に可愛くて、困る。
「あの。
食べる前にもうひとつ、いいですか」
「……なにか?」
私が座り直して姿勢を正したからか、立川さんはなにかを感じ取ったようだった。
「その、見ていただきたいものがあって。
……これ、なんですけど」
持ってきた、例の手紙の入ったファイルを立川さんに渡す。
「これは……」
中身を確認した立川さんの眉間に皺が刻まれた。
「いつから?」
「新年一日からです。
毎日、途切れなく」
はぁーっと立川さんの口から落ちるため息は、深く重い。
「例の、人間でしょうね……」
「……やっぱり」
予想が的中してもこれほど嬉しくないものはない。
「文芸の作家の中にもひとり、被害に遭った方がいて。
それと手口が同じです」
難しい顔で立川さんは一連の手紙を見ている。
「これ、お預かりしてもいいですか。
情報が欲しいですし、法務部にも相談してみます」
「お願いします」
「やだな、あたまを上げてくださいよ。
僕はまだ、なにもしてないですから」
立川さんが困ったように笑い、やっぱり頼ってよかったなとほっとした。
「……あ、でも」
受け取ったファイルを鞄にしまいながら、なにかを思い出しかのように立川さんが顔を上げた。
「この被害に遭った作家がその後に出した本、結構売れてるんですよね。
まあ、炎上商法的なあれなんで、あれですけど。
けど、売れる手伝いをしてくれてると思った……って嬉しくないですよね」
立川さんは苦笑いしているが、それは全然嬉しくない。
「すみません、変なこと言いました。
さあ、今日は嫌なことを忘れて、食べましょう?」
「そうですね」
私も苦笑いで箸を取った。
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