家政夫執事と恋愛レッスン!?~初恋は脅迫状とともに~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第9章 ヤキモチは煮ても焼いても食えない

9-2 ヤキモチとか妬くわけがない

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「あれが立川か」

「うわっ、びっくりしたー」

 振り返ったらいきなり、松岡くんが立っていた。

「もう、驚かさないでよ」

「あいつとはもう、会わない方がいい。
担当も変えてもらえ」

 松岡くんはいったい、なにを言っているんだろう。
 これもやっぱり、ヤキモチ?

「なんで?
理由を聞かせてもらわないと、わかんない」

 じっと、少し高い位置にある松岡くんの目を見つめる。

「……俺のカン。
あと、セバスチャンもそう言ってる」

「にゃー」

 同意するかのように、いつの間にか松岡くんの後ろに来ていたセバスチャンが鳴いた。
 セバスチャンはまた立川さんを酷く警戒し、いる間は茶の間にすら入ってこなかった。

「そんな理由で担当変えてもらうなんてできないよ。
それとも……ヤキモチ?」

「……ヤキモチとかそんなもんまで考えられるようになったんだ?」

 ――ダン!

 松岡くんの手が、私の顔のすぐ横の壁を叩く。

「俺があんな奴にヤキモチでも妬くとか思ってんの?」

 あいている手が私のあごを持ち上げ、ふっと耳に息を吹きかけられた。
 途端に背筋をぞわぞわと波が駆け抜けていく。

「なに、さっきの?
恋する乙女みたいな顔をして」

 私はそんな顔をしていたのだろうか。
 でも立川さんは理想の王子様なんだから仕方ない。

「あいつはあんたを大事にしてるみたいだし?
さぞかしいい気分だろうな」

「ちが……」

 違わない。
 王子様に心配してもらえて嬉しかった。

「俺とあいつ、両方手玉にとってさぞ楽しいだろうよ」

「そんなこと、ない……」

 立川さんにはそんな感情などない。

 ただの理想。
 ただの憧れ。

 そう、松岡くんに説明したけれど、いまの彼にわかってもらえるかは難しい。

「思い上がるのもいい加減にしろよ」

「いっ……!」

 血が出るんじゃないかってくらい首筋に噛みつかれ、涙が滲んだ。

「あいつがいいのなら、あいつのところへ行けばいい。
ただし、どうなっても知らないからな」

 ぷいっと私から視線を逸らし、松岡くんは中へと戻っていく。

「……松岡くん」

 その背中へ声をかけた、が。

「なんでございましょうか」

 完璧な執事モードで松岡くんが振り返る。

「なんでも、ない」

 ――拒絶された。

 そう、感じた。

 部屋に戻ったものの、小説を書く気なんて起きない。

 前回より深く彼を怒らせているのは理解している。
 彼が誤解しているのも。

 きっと松岡くんが言う通り、立川さんがいる前で私は、恋する乙女のような顔をしているのだろう。
 でもそれは彼が私の推しである王子様だからだ。
 けれどそれを松岡くんに説明したところで、わかってもらえるとは思えない。

「痛っ」

 首を動かすとさっき噛みつかれた場所が引き攣れて痛んだ。
 鏡を見るとうっすらと血が滲んでいる。

「こんなに思いっきり噛みつかなくたって……」

 私に噛みつくたび、松岡くんはマーキングだと言っていた。
 これもやはり、そうなんだろうか。
 立川さんに私を取られないための、……最後の、抵抗。

「誤解、なんだけどな……」

 なにが小説家だ、こんな簡単な誤解すら解く言葉がわからない。

「少しは、わかってよ……」

 彼に当たったって、悪いのは……私だ。


 ――リリリリッ、リリリリッ……。

 椅子の上で膝を抱えて蹲っていたら、携帯が鳴った。
 画面には横井さんからだと表示されている。

「……はい」

『葛西さんの携帯でお間違いないでしょうか』

 電話の向こうの横井さんは、妙に腰の低いしゃべり方をした。
 さんざん、松岡くんに脅されたからかもしれない。

『先日お預かりした、本の鑑定結果が出ましたのでご連絡いたしました。
それで……』

 無感情に横井さんの報告を聞いていた。
 いまの私にはそれほど重要な問題ではなかったから。

「……はい、ありがとうございました。
引き続き、よろしくお願いいたします」

 電話を切ると同時にため息が落ちる。

 鑑定の結果、松岡くんが血糊だろうと言っていたあれは、本物の血だった。
 ただし、猫の物だったけれど。

「猫……」

 桃谷さんは例の嫌がらせ犯、猫の死体を送ってきたりするのだと言っていった。
 これで完全に繋がったことになる。

「ほんと、誰がやってるんだろう……」

「にゃー」

 部屋に入ってきたセバスチャンが、しゅたっと私の膝の上にのる。

「セバスチャンも気をつけなきゃねー」

「にゃー」

 あたまを撫でられて、セバスチャンは気持ちよさそうに喉を鳴らした。


「郵便が届いております」

 夕方、松岡くんが郵便物を持ってきてくれた。
 机の上に置くだけして部屋を出て行こうとする。

「あのね、横井さんから連絡があって」

 声をかけると、松岡くんの足が止まった。

「あの本に付いてたの、猫の血だって」

 松岡くんはこっちを振り返らない。

「そうですか」

 素っ気なくそれだけ言って、松岡くんは出て行った。
 けれど出て行くときぼそっと、やっぱりあいつが怪しい、なんて言っていたけれど、どういう意味なんだろう……?

 今日、用意されていたのはひとり分の食事だった。

「松岡くんは食べないの?」

「業務規定違反ですので」

 ぴしゃ、完全に拒絶の声が響く。

「……うん。
そだね」

 みるみるうちに視界が滲んでいく。
 慌てて鼻を啜ったものの、それだけでは治まりそうにない。
 ずびずび鼻を啜りながら食べている私に彼はなにも言わない。
 それでさらに、盛大に鼻を啜ることになった。


「それでは本日はこれで失礼させていただきます」

 恒例になっていた頬へのキスはない。

「あのね、松岡くん……」

 私の声など無視し、すぐにぴしゃっと玄関を閉めて松岡くんは帰ってしまった。

「少しくらい、説明させてよ……」

 さっき必死に我慢したせいか、涙がぼろぼろ落ちてくる。
 その場で膝を抱えて泣いた。
 そんな私の周りをセバスチャンが心配そうにぐるぐる回っていた。
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