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第11章 小説なんて書かない方がいい

11-1 同じ目に遭わせてやる

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 とても幸せな買い物から帰ってきた私を待っていたのは――今日は金曜日だという現実。

「あれ、ある?」

「あるんだけど……」

 郵便受けをのぞいた松岡くんが、困惑気味に茶封筒を差し出す。
 今日のそれは厚みがあった。
 ただし、本が入ってきたときとは違う感じ。

「なにが入ってるんだろ……」

 家に入り、封を切る。
 この前のことがあるから、慎重に中をひっくり返した。

「ひぃっ」

 ころんとこたつの上に転がり出てきたものを見て、短く悲鳴が漏れた。
 手から封筒はひらひらと落ちていく。

「セ、セバスチャン!」

 違うとわかっていながら、慌てて家の中を探す。

「セバスチャン!?
セバスチャン!!」

「紅夏、落ち着け!」

「だってあれ、セバスチャン……」

 こたつの上に転がっているのは……黒猫の、前足。

「にゃー」

 呼んだ? とばかりにセバスチャンが寝室から出てくる。
 その姿を見て腰が抜けたかのようにその場に座り込んだ。

「セバスチャン……」

「にゃっ!?」

 いきなり抱きしめられてセバスチャンはじたばた慌てているが、知ったこっちゃない。
 無事ってだけで涙が出てくる。

「……落ち着いたか」

「……うん」

 渡してくれたティッシュでちんと鼻をかむ。
 セバスチャンは松岡くんからおやつをもらい、満足して毛繕いしていた。

「あれって、……作り物?」

 だったらいい。
 セバスチャンじゃなかったとしても、本物は嫌だ。

 松岡くんは台所から使い捨てビニール手袋を持ってきた。
 なにをするのか見ていたら、それを手にはめる。

「たぶん本物、だな。
横井さんのところに持って行かないと、はっきりとは言えないけど」

 どうでもいいけどいくら手袋をしているからとはいえ、よくそんなものを持てますね……?

「なんで、こんなもの……。
しかも黒猫、とか」

 犯人は私が黒猫を飼っていると知っているんだろうか。
 だからわざわざ、黒猫を。

「ただ単に怖がらせたいんじゃないか?
けど――猫をこんな目に遭わせる奴は許せねーけど」

「ひぃっ」

 松岡くんの声は血に響くように低くて、思わず悲鳴が漏れる。

「わるい、紅夏。
紅夏を怖がらせるつもりはないんだ」

 ぎゅっと松岡くんに抱きしめられた。
 おかげで少し、落ち着けた。

「こんな話するの、あれだけど。
これ、ミイラ化っていうか、もう血も出ないほど乾燥してる」

「それってどういう……?」

「昨日今日、殺した奴じゃないってこと。
たぶん、かなり前」

 松岡くんは殺したって断言しているけど、手だけ切り落とした……なんてことはないか。

「意味、わかんないよ」

「だよな。
俺もわかんねぇ」

 それは、そうだよね。
 こんなことをしている人間の気持ちなんて、わからない。

 ――わかりたくも、ない。

 今日、同封されていた手紙には【お前も同じ目に遭わせてやる】って、いつものMS明朝で書いてあった。

「同じ目って……。
私も手を、切り落とされるって、こと?」

 怖い。
 怖くて怖くて、歯の根があわずにがちがちと音を立てる。

「俺が絶対、そんな目に遭わせない。
紅夏は俺が守る」

「……うん。
ありがと」

 松岡くんだって具体的になにもできないのはわかっている。
 でも、そう言ってくれるだけで安心できた。
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