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第11章 小説なんて書かない方がいい

11-3 左手オンリー入力はストレスが溜まる

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 夕食はちゃんとハンバーグだった。
 トマトで煮込んでチーズをのせて焼いてある奴。

「やっぱり松岡くんのハンバーグは美味しいね」

「褒めたってなにも出ないぞ」

 松岡くんがくいっと眼鏡を上げる。
 そういう得意げなところ、可愛くて好きだな。


「本日はこれで失礼させていただきます」

「はい、ご苦労様でした」

 玄関までちゃんとお見送り。

「郵便、開けずに置いとけ。
帰りに回収に寄る」

「わざわざそんなのいいよ」

「一部分とはいえ、猫の死体を家に置いとくの、嫌だろ」

「……うん」

 ちゃんと考えてくれているんだ。
 そんなの、嬉しくなっちゃうよ。

「指、絶対無理するなよ」

「わかった」

 ちゅっ、松岡くんの唇が触れたのは……私の頬、だった。

「じゃあ、また明日。
おやすみ、紅夏」

「おやすみ」

 笑って松岡くんは帰っていく。
 いなくなって唇の触れた頬をそっと押さえた。

 もう少しだけ、我慢してね。
 ほんとにあとちょっと、だから――。

 仕事部屋でデジタルメモを開き、キーの上に指をのせてみる。
 軽く入力してみたが、人差し指と中指はかなり使う。

「無理、させられないし。
腐って切断とかなったら困るし……」

 わかっている、が早くあれを書いてしまいたい。

「左手だけでなんとかならないかな……」

 試しに、左手だけで入力してみる。
 両手ならブラインドタッチできるのに、片手になるといちいちキーを確認しないといけない。

「ううっ、面倒……」

 面倒、だけどこれでやるしかないのだ。
 右手は封印してぽちぽちとおぼつかない手つきでキーを打ちはじめた。



「こんばんはー」

「はーい」

 土曜日、夜少し遅い時間に松岡くんはやってきた。

「ごめんな、こんな遅い時間に。
これ、ケーキの差し入れ」

「ありがとう!」

 差し出されたケーキの箱を受け取る。
 松岡くんは気が利くなー。

「で、郵便は来てるのか」

「……来てる」

 たまには休めばいいのに、郵便は今日も届いた。
 昨日と同じで不自然な厚みのある封筒は、言われた通りに封を切らずに置いてある。

「一応、開けてみてもいいか」

「……うん」

 こたつの上にいらないコピー用紙を引き、その上で封筒をひっくり返す。
 出てきたのはやはり……猫の、手。

「これ、同じ猫のじゃないか……?」

 その手は、昨日と同じで黒猫だった。

「なんでこんな、かわいそうなことするんだろう……」

 猫の手を切り落とすなんて、まともな神経の人間にできるはずがない。
 いや、まともな神経じゃないからこんな嫌がらせとかするんだろうけど。

 でも、それでも、百歩譲って手紙まではわかる。
 きっと、ネットで誹謗中傷を書き込むのと同じ感覚だろうから。

 けれど、猫の手を切り落とすとなると、全然違う。

「誰だろうと猫をこんな目に遭わせる奴は、許せねーけどな」

 そうだね、人間は猫の下僕だもんね。
 下僕が猫を害するなんてあっちゃいけない。

 松岡くんはてきぱきと、いつものようにそれらをフリーザーパックに詰め込んだ。

「横井さんに届けておく。
あと、明日も来るから」

「なんで……?」

 明日は郵便が休みなのだ。
 なのでこれが届くことはない。

「やっときたいことがあるの。
少し早めに来るから……昼メシ、期待してていい」

「ほんと!?
やったー!」

 ん?
 なんかお昼ごはんに釣られた気がしないでもないけど……ま、いいか。

 松岡くんが帰り、デジタルメモを開きかけてやめた。
 左手オンリーの入力に慣れてきたとはいえ、まだまだ遅い。
 思うように入力できなくて、ストレスは溜まる一方だ。

「早く治ってほしい……」

 明日は松岡くんが少し早めに来るって言っていたから、今日はもう寝よう。
 うん、そうしよう。

 寝室ではセバスチャンが我が物顔で、ベッドの上で丸くなっていた。

「ここは私のベッドだっちゅーの」

 苦笑いで隙間に潜り込む。

「おやすみ、セバスチャン」

 今回はセバスチャンじゃなかったが、次はもしかしたらセバスチャンかもしれない。
 もっと戸締まり、気をつけよう。
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