家政夫執事と恋愛レッスン!?~初恋は脅迫状とともに~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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最終章 執事服の王子様

13-1 締め切り三分前

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 もう一度、画面を見直す。
 入力間違いはないだろうか。
 それでなくても時間はぎりぎりなのだ。
 エラーで弾かれて再入力する時間はもうない。

「大丈夫、だよ」

 自信をつけるように祐護さんが肩を叩いてくれた。
 震える手でマウスの矢印を【確認】の位置に持っていく。

「……はぁーっ」

 いつもTLノベルの初稿を出すときだってこんなに緊張しない。
 いや、デビューに繋がったコンテストへのエントリーだってこんなに緊張しなかった。

「せめて、一次選考は突破しますように」

 祈る思いでクリック。
 ついですぐに、エントリー受け付けました、と受付番号が表示された。

「これで大丈夫なんですよね……?」

 なにか間違っていたとしても、いまさらどうしようもない。
 三月三十一日午後十一時五十六分、蒼海文芸大賞の締め切りまであと三分、だ。

「大丈夫だよ、受付完了画面が表示されたから。
あ、この画面、スクショでいいから残しておいてね。
なにかあったとき、問い合わせするのにこの番号が必要だからね」

「はい」

 パソコンを操作して画面を画像にして残す。
 これでちゃんとエントリーしたはずだけど、まだ実感がない。

「お疲れ様。
なにか食べるよね?」

「そう、ですね」

 最後の追い込みとばかり、夕食もとらずに書いていた。
 文芸系の公募はいまだ郵送のところも多いが、蒼海はネット応募できたのでこれ幸いとぎりぎりまで粘った。
 帰ってきた祐護さんも今日は声をかけなかったほどだ。

「そういえば祐護さんは晩ごはん、食べたんですか」

「僕?
僕も食べてないよ。
紅夏が食べないのに僕だけ食べられないからねー」

 ふにゃんと祐護さんが気の抜ける顔で笑い、一気に緊張が解けた。


 晩ごはんはリゾットだった。

「女子社員に教えてもらったんだー。
簡単にできてお腹に優しいの」

 祐護さんはよく、女子社員と情報交換するらしい。
 なので女子が好きなお店とかよく知っている。

「ありがとうございます」

 ネギとベーコンのリゾットは、ほっこりと身体が温まる。
 これならゆっくり眠れそうだ。

「今日はゆっくり寝て。
ここのところほとんど寝てないもんね。
朝は起こさないようにするから」

「なんかいろいろ……すみません」

 こんな時間まで私に付き合って起きていたなどと、大変申し訳ない。
 さらには食事まで待っていてくれたなんて。

「別にいいんだよー。
何度も言ってるよね、僕は紅夏を全力でサポートしたんだって」

 眼鏡の奥の目を細めて、祐護さんは嬉しそうに笑った。
 こんなにしてくれる祐護さんに恩返しがしたい。
 だからあれは全力を尽くして書いた。
 これで一次選考も突破できなかったら……祐護さんに合わせる顔がない。

「じゃあ、おやすみなさい」

「おやすみ、紅夏。
あ、明日は受賞の前祝いをしよう」

「き、気が早いですよ!」

 まだ、あれはエントリーしただけなのだ。
 一次を突破したとか、ましてや入賞の連絡をもらったわけでもない。

「エントリーしたらもう受賞したも当然だよ。
僕はそれだけ、あれを買っているからね」

 パチン、と器用に祐護さんが片目をつぶってみせる。
 なんだかそれが、酷く恥ずかしい。

「あ、……ありがとう、ござい、……ます」

「ん、じゃあ今日はゆっくり寝て。
おやすみ、紅夏」

「おやすみなさい」

 ちゅっ、祐護さんの唇が私の額に触れる。
 寝室のベッドに潜り込みながら、明日のことを考えた。

 明日は――きちんと祐護さんに、私の気持ちを伝えなきゃ。



 翌日、起きたら昼近かった。

「よく寝た……」

 大あくびをしながら茶の間へ行く。
 こたつの上にはメモが載せてあった。

【おはよう、紅夏。
よく眠れた?
昨日はお疲れ様。
お弁当作って置いてあるから食べてね。
今日はごちそうの予定だから期待してて。
じゃあ、仕事に行ってくるね】

「ごちそう……」

 ――ぐるるるるるっ。

 呟くと同時にお腹が派手に音を立てて、苦笑いしかできなかった。

 顔を洗って着替え、祐護さんが作ってくれていた、お弁当を食べる。

「ほんと料理、下手だよね……」

 摘まんだ卵焼きは持ち上げただけでほどけて落ちていく。
 松岡くんの美しい料理とは大違い。

 ……ううん、松岡くんのことなんて考えない。

 彼なんていなかった、私は彼と出会ってなんかない。

 何度も何度も、言い聞かせた。

 松岡くんは私に嫌がらせをしていた犯人なんだって。
 でも。

 ――でも。

「だから、松岡くんのことなんて考えない」

 慌てて、あたまを振って追い払う。
 もう全部、忘れてしまわないといけないんだ。
 だって私は――祐護さんを好きになったんだから。

「にゃー」

 お弁当を食べてぼーっとしていたら、セバスチャンがちょっかいを出してきた。

「遊べ、って?
そうだね、このところ全然相手してあげてないもんね」

 大好きなおもちゃを手に取った途端、いつものようにセバスチャンの目の色が変わる。

「にゃっ、にゃっ!」

「ほれ、ほれ」

「にゃっ、にゃーっ!」

「ほれ、ほーれ!」

 松岡くんは私を騙したけど、セバスチャンは私を騙さない。
 同じ男でも大違い。

「セバスチャンは可愛いねー」

「にゃーっ!」

「でもなんで、そんなに祐護さんが嫌いなの?」

「にゃっ」

 目線の高さまでセバスチャンを持ち上げて聞いてみる。
 でもセバスチャンは金色の瞳で私を見つめるばかりでなにも言わない。

「答えてくれたら、世話ないよねー」

 自分でもそれはないわと笑いながら、セバスチャンを下ろす。
 セバスチャンは満足したのか、毛繕いをはじめた。

「今日はもう、なにもしないとしてー。
明日からまた頑張んないと……」

 蒼海文芸大賞に全力を注いでいたいので、締め切りが迫っている原稿やプロットがある。
 だいたい、あちらが本業なのだ。
 おろそかにしてはいけない。

「明日から!
頑張るぞー!」

 宣言したところでもそもそとこたつに潜り込む。
 今日はだらだらと携帯でまんがでも読んでいたい。
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