6 / 64
第一章 令嬢秘書の正体
1-6
しおりを挟む
「清子の家庭の事情はわかった。
しかし、それとこれとは別の話だ」
私にぶたれた頬に触れ、わざとらしく痛そうに社長が顔をしかめる。
「目が覚めたら清子がいないわ、家に行ったら子供を背負って出てくるわ、しかもいきなりひっぱたかれるわ、俺がどれだけ傷ついたかわかる?」
「うっ」
逃げるように帰ったのは悪かったかなー、とは思う。
でも美妃を背負って出たのは不可抗力だよね?
それでも反射的にひっぱたいたのは……全面的に私が悪い。
「す、すみません、……でした」
平身低頭、御子神社長へ詫びる。
「しかも、深窓の令嬢だと思っていた清子が、こんな貧乏人だったとはな。
まんまと騙されたよ」
ははっと小さく笑った社長は、呆れているのかバカにしているのか判断がつかなかった。
「……すみません」
床に頭を付けたまま、硬く唇を噛む。
だから、バレるのが嫌だったのだ。
なのに、こんな些細なことでバレるなんて。
「それで、詫びになると思ってるのか?」
「お、思ってません……けど」
なにを要求されるのか怖くて、顔を上げられない。
お金なんて私にはないし、……身体?
好きでもない人間に抱かれるのは嫌だが、それくらいなら我慢……できる……かな?
いや、昨晩意識がないあいだにもうどうこうなっている可能性もあるわけで、なら二度目なんてなんとも……。
「清子。
……お前、俺の婚約者になれ」
「……は?」
言われた意味がわからず、まじまじと彼の顔を見ていた。
「俺の親がしつこく見合いを勧めてくるのは知ってるだろ?」
「……はい」
それはいつも彼が愚痴っているから、知っている。
それがこれとどう関係が?
「社内はいいが、パーティとかで女が群がってくるのも知ってるな?」
「……はい」
会社関係のパーティは同伴するので、いつも御子神社長が女性に囲まれているのはもちろん目撃している。
これは自慢、自慢なのか?
「でも俺には心に決めた女がいるから、結婚する気はないんだ。
だから女除けに清子、俺の婚約者になれ」
強い目力で眼鏡の奥から御子神社長が私を見据える。
それについ、はいと言ってしまいそうになったが、かろうじて踏みとどまった。
「心に決めた女性がいるのなら、その方に頼めばいいのでは……?」
私なんかに頼まずとも、その方に結婚を申し込めばいいだけだと思うんだけれど、間違っている?
「だからお前に……げふん、げふん」
急に咳払いなんかして誤魔化してきたが、なにを言いかけた?
まあ、どうでもいいけれど。
「その女は残念ながら、俺のことなんてアウトオブ眼中なんだ。
気を引く努力もいい加減疲れたし、それに弱みも……ん、んんっ」
「風邪……ですか?」
またしても社長が咳払いをする。
そういえば昨晩は裸で寝ていたようだったし、風邪を引いたのでは?
もう桜は散ったとはいえ、たまに寒い日があるしね。
「ああ、うん。
喉の調子がちょっと悪くてな」
ちょっと困ったように彼が笑い、心配になってきた。
「無理はしないほうがいいですよ。
そうだ、生姜湯入れますね」
「ああ、ありがとう……」
立ち上がった私を社長が微妙な顔で見ているが、なんでだろう?
「どうぞ」
「ありがとう」
残っていた生姜湯を入れて御子神社長に出す。
ついでに望にもココアを入れてあげた。
美妃はすやすやと眠っていて、本当に助かる。
「それで、だ」
生姜湯を飲み、改めて社長が話を切り出す。
そういえばなんの話をしていたんだっけ?
婚約者になれとか言われたような……。
「清子、俺を叩いた詫びに、婚約者になれ」
「えー」
何度言われたって納得できるはずがない。
「なんだ、その嫌そうな顔は?」
じろっと眼光鋭く眼鏡の奥から睨まれたけれど。
「だって、嫌なものは嫌なんですもの。
だいたい、御子神社長ほどの人なら、親からの見合い攻撃も寄ってくる女性も、そつなくお断りできますよね?」
「うっ」
私の指摘で社長が言葉を詰まらせる。
のっぴきならないほど困っているのなら考えるが、私に偽の婚約者役を頼まなければならないほど彼が困っているようには見えない。
「……実は貧乏なの、バラされてもいいのか」
「うっ」
ふて腐れたように上目遣いで言われ、今度は私が言葉を詰まらせる番だった。
「べ、別に、バレても困らないですし?」
強がってみせながらも、声は震えるし視線もあちこちに向く。
「そうか。
どこかのご令嬢だと思っていた清子がこんなド貧乏だと知って、みんながっかりするだろうな。
それだけならまだいいが、騙されていたと逆ギレするヤツも出てくるかもな。
大変だな、清子」
はぁーっと物憂げに社長がため息を落とす。
別に貧乏がバレたところで不都合はないが、みんなにがっかりされるのは嫌だ。
それに逆ギレも困る。
「……婚約者のフリをすれば、貧乏だって黙っていてもらえるんですか」
「ああ。
誰にも言わない。
なんなら、バレそうになったらフォローしてやる」
うん、と社長が頷く。
なら、私にもメリットがある……?
それにこれはあくまでもフリであって、本当に婚約するわけでも、ましてや結婚するわけでもないのだ。
今までだって周囲の期待に応えて御子神社長は恋人っぽいフリをしていたわけだし、何ら変わりがないのでは……?
だったら、問題はないはず!
「わかりました。
御子神社長の婚約者のフリをします」
「よしっ、決まりだな!」
右の口端をつり上げ、ニヤリと社長が笑う。
それはなにかを企んでいそうな実に意地悪な顔で、早まった気がした。
しかし、それとこれとは別の話だ」
私にぶたれた頬に触れ、わざとらしく痛そうに社長が顔をしかめる。
「目が覚めたら清子がいないわ、家に行ったら子供を背負って出てくるわ、しかもいきなりひっぱたかれるわ、俺がどれだけ傷ついたかわかる?」
「うっ」
逃げるように帰ったのは悪かったかなー、とは思う。
でも美妃を背負って出たのは不可抗力だよね?
それでも反射的にひっぱたいたのは……全面的に私が悪い。
「す、すみません、……でした」
平身低頭、御子神社長へ詫びる。
「しかも、深窓の令嬢だと思っていた清子が、こんな貧乏人だったとはな。
まんまと騙されたよ」
ははっと小さく笑った社長は、呆れているのかバカにしているのか判断がつかなかった。
「……すみません」
床に頭を付けたまま、硬く唇を噛む。
だから、バレるのが嫌だったのだ。
なのに、こんな些細なことでバレるなんて。
「それで、詫びになると思ってるのか?」
「お、思ってません……けど」
なにを要求されるのか怖くて、顔を上げられない。
お金なんて私にはないし、……身体?
好きでもない人間に抱かれるのは嫌だが、それくらいなら我慢……できる……かな?
いや、昨晩意識がないあいだにもうどうこうなっている可能性もあるわけで、なら二度目なんてなんとも……。
「清子。
……お前、俺の婚約者になれ」
「……は?」
言われた意味がわからず、まじまじと彼の顔を見ていた。
「俺の親がしつこく見合いを勧めてくるのは知ってるだろ?」
「……はい」
それはいつも彼が愚痴っているから、知っている。
それがこれとどう関係が?
「社内はいいが、パーティとかで女が群がってくるのも知ってるな?」
「……はい」
会社関係のパーティは同伴するので、いつも御子神社長が女性に囲まれているのはもちろん目撃している。
これは自慢、自慢なのか?
「でも俺には心に決めた女がいるから、結婚する気はないんだ。
だから女除けに清子、俺の婚約者になれ」
強い目力で眼鏡の奥から御子神社長が私を見据える。
それについ、はいと言ってしまいそうになったが、かろうじて踏みとどまった。
「心に決めた女性がいるのなら、その方に頼めばいいのでは……?」
私なんかに頼まずとも、その方に結婚を申し込めばいいだけだと思うんだけれど、間違っている?
「だからお前に……げふん、げふん」
急に咳払いなんかして誤魔化してきたが、なにを言いかけた?
まあ、どうでもいいけれど。
「その女は残念ながら、俺のことなんてアウトオブ眼中なんだ。
気を引く努力もいい加減疲れたし、それに弱みも……ん、んんっ」
「風邪……ですか?」
またしても社長が咳払いをする。
そういえば昨晩は裸で寝ていたようだったし、風邪を引いたのでは?
もう桜は散ったとはいえ、たまに寒い日があるしね。
「ああ、うん。
喉の調子がちょっと悪くてな」
ちょっと困ったように彼が笑い、心配になってきた。
「無理はしないほうがいいですよ。
そうだ、生姜湯入れますね」
「ああ、ありがとう……」
立ち上がった私を社長が微妙な顔で見ているが、なんでだろう?
「どうぞ」
「ありがとう」
残っていた生姜湯を入れて御子神社長に出す。
ついでに望にもココアを入れてあげた。
美妃はすやすやと眠っていて、本当に助かる。
「それで、だ」
生姜湯を飲み、改めて社長が話を切り出す。
そういえばなんの話をしていたんだっけ?
婚約者になれとか言われたような……。
「清子、俺を叩いた詫びに、婚約者になれ」
「えー」
何度言われたって納得できるはずがない。
「なんだ、その嫌そうな顔は?」
じろっと眼光鋭く眼鏡の奥から睨まれたけれど。
「だって、嫌なものは嫌なんですもの。
だいたい、御子神社長ほどの人なら、親からの見合い攻撃も寄ってくる女性も、そつなくお断りできますよね?」
「うっ」
私の指摘で社長が言葉を詰まらせる。
のっぴきならないほど困っているのなら考えるが、私に偽の婚約者役を頼まなければならないほど彼が困っているようには見えない。
「……実は貧乏なの、バラされてもいいのか」
「うっ」
ふて腐れたように上目遣いで言われ、今度は私が言葉を詰まらせる番だった。
「べ、別に、バレても困らないですし?」
強がってみせながらも、声は震えるし視線もあちこちに向く。
「そうか。
どこかのご令嬢だと思っていた清子がこんなド貧乏だと知って、みんながっかりするだろうな。
それだけならまだいいが、騙されていたと逆ギレするヤツも出てくるかもな。
大変だな、清子」
はぁーっと物憂げに社長がため息を落とす。
別に貧乏がバレたところで不都合はないが、みんなにがっかりされるのは嫌だ。
それに逆ギレも困る。
「……婚約者のフリをすれば、貧乏だって黙っていてもらえるんですか」
「ああ。
誰にも言わない。
なんなら、バレそうになったらフォローしてやる」
うん、と社長が頷く。
なら、私にもメリットがある……?
それにこれはあくまでもフリであって、本当に婚約するわけでも、ましてや結婚するわけでもないのだ。
今までだって周囲の期待に応えて御子神社長は恋人っぽいフリをしていたわけだし、何ら変わりがないのでは……?
だったら、問題はないはず!
「わかりました。
御子神社長の婚約者のフリをします」
「よしっ、決まりだな!」
右の口端をつり上げ、ニヤリと社長が笑う。
それはなにかを企んでいそうな実に意地悪な顔で、早まった気がした。
11
あなたにおすすめの小説
ピアニストは御曹司の盲愛から逃れられない
花里 美佐
恋愛
☆『君がたとえあいつの秘書でも離さない』スピンオフです☆
堂本コーポレーション御曹司の堂本黎は、英国でデビュー直後のピアニスト栗原百合と偶然出会った。
惹かれていくふたりだったが、百合は黎に隠していることがあった。
「俺と百合はもう友達になんて戻れない」
普通のOLは猛獣使いにはなれない
ピロ子
恋愛
恋人と親友に裏切られ自棄酒中のOL有季子は、バーで偶然出会った猛獣(みたいな男)と意気投合して酔った勢いで彼と一夜を共にしてしまう。
あの日の事は“一夜の過ち”だと思えるようになった頃、自宅へ不法侵入してきた猛獣と再会し、過ちで終われない関係となっていく。
普通のOLとマフィアな男の、体から始まる関係。
【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―
七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。
彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』
実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。
ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。
口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。
「また来る」
そう言い残して去った彼。
しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。
「俺専属の嬢になって欲しい」
ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。
突然の取引提案に戸惑う優美。
しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。
恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。
立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
不遇な令嬢は次期組長の秘めたる溺愛に絡め取られる。
翼 うみ
恋愛
父の会社を立て直す交換条件のため、ほぼ家族に身売りされた形で関東最大級の極道・桜花組の次期組長に嫁入りしたジェシカ。しかし母を亡くして以降、義母と義妹に虐げられていたジェシカは実家を出られるなら、と前向きだった。夫となる和仁には「君を愛することはない」と冷たく突き放される。それでもジェシカは傷つくことはなく、自分にできることを探して楽しんでいた。
和仁には辛い過去がありそれ故に誰のことも愛さないと決めていたが、純真で健気なジェシカに段々と惹かれてゆき――。
政略結婚から始まる溺愛シンデレラストーリー。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる