清貧秘書はガラスの靴をぶん投げる

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第五章 恋だの愛だの

5-2

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その週末、健太に呼ばれて実家へ行ったら、彪夏さんがいた。

「……なんでまたジャージなんだよ」

そんなの、不満げに言われたって知らない。
これが私の普段着なのだ。
フリマにて上下セット五百円で買ったものだが、家着の高校ジャージじゃないだけ、マシだと思う。

「彪夏さんこそ、なんでいるんですか」

私の声は抑えきれない感情で震えていたが、罪はない。
あれから彪夏さんは暇さえあれば、私の実家へ来ていた。

「んー?
望に新しいおもちゃ、持ってきてやったんだ」

「みて!
さやねぇちゃん!
ひゅうがおにぃちゃんにもらったんだよ!」

両手で抱え、望が大興奮で見せてくれたのは、このあいだまで会社のロビーに飾ってあった、旧モデルの模型だ。
新しいモデルのものに変わり、古いモデルは倉庫にしまわれたと思ったのに、こんなところにあるなんて。
それはいいが、1/100の精巧なモデルは五歳児のおもちゃには高価すぎる。

「あのですねぇ、分相応というものがあってですね?」

「ん?
俺が子供の頃、こんなおもちゃがたくさんあったぞ?」

彪夏さんが不思議そうに眼鏡の奥で何度かまばたきし、思わずため息が出た。
御子神家では子供にこんな高級おもちゃを与えるのが普通なのか。
それとも、英才教育?

「それに倉庫で埃を被って眠っているより、こうやって遊んでもらったほうがコイツも本望だろう」

とんとん、と軽く彪夏さんの指先が模型を叩く。
確かに、彼の言うことは一理ある、かも。

「わかりました、もうなにも言いません」

どっちにしろ、望がこんなに喜んでいるんだからいいか。

「それで今日はなんの用だったの?」

洗濯物を干す健太に声をかける。
巧はバイト、真はまたどこかへ探検に出ているようだ。
襖が閉まっているので覗いてみたら、ひとり遊びしている美妃の隣で、真由さんが寝落ちていた。

「彪夏にぃが米をくれたんだ」

「米?」

よく見たら台所に、大きな米袋がふたつも置いてある。

「大学時代の友人が、実家を継いで農業やっていてな。
付き合いで毎年買うんだが、食べきれずに余るんだ。
よかったらもらってくれ」

「それはありがとうございます」

お米は非常に助かる。
なにせうちには食べ盛りの高校生がふたりもいるうえに、真も最近、かなり食べるようになってきた。

「これでしばらく、食うものに困らないな!」

にかっと嬉しそうに笑う健太が不憫でならない。
もっといつも、美味しいものでお腹いっぱいにしてあげられたらいいのに。

健太が洗濯物を干し終わり、部屋の中に戻ってくる。

「清ねぇを呼んだのは米をもらった報告もあるけど、彪夏にぃが清ねぇの手料理食べたいって言うからさ」

「は?」

ちらりと彪夏さんを見るが、彼はさっと目を逸らした。

「米のお礼にそれくらいいいだろ」

「うっ」

健太の言うことはもっともで、なにも返せない。

「はぁーっ、わかったよ。
なんかあったけー?」

嫌々立ち上がり、冷蔵庫を開ける。
焼きそば麺ともやし、キャベツを見つけたので焼きそばでも作ろうかと思ったものの。

「清子の作ったオムライスが食べたい」

「は?」

半ばキレ気味に声の主を振り返る。

「あのですねー」

冷蔵庫の中には卵はもうなかった。

「それだと買い物に行かないといけないんですが?」

予定外の出費は嫌だ。
それに卵の特売日は明日なのだ。

「行こう、買い物。
俺が出してやるから心配するな」

「はぁ……」

すでにその気なのか彪夏さんが立ち上がる。

「望も一緒に行くか?
お菓子買ってやる」

「ほんとに?
やったー!」

目をキラキラとさせ、望も立ち上がった。
これではもう、断れない。

「……わかりましたよ。
健太、他に買うものない?」

どうせ行くならついでに買って、彪夏さんに払ってもらっても悪くないよね?

「特にない。
いってらー」

「はいはい、いってきます」

軽く健太に送り出され、またため息をついて近所のスーパーへと向かった。

「車、出そうか?」

「いえ。
望の足でも十分程度なので」

望と手を繋ぎ、歩きだす。
駅から比較的近くにこぢんまりとした商店街があり、それがこの街の魅力でもあった。
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