清貧秘書はガラスの靴をぶん投げる

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第六章 弟たちのため?私は……

6-1

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彪夏さんと婚約して三ヶ月ほどが過ぎた。
暇さえあれば来ているんじゃないかという頻度で彼が実家にいるのも慣れたけれど、苦手なことがひとつだけある。

「……パーティ、嫌なんですけど」

会場の前で、わざとらしくため息をつく。

「……そのための婚約だろうが」

そのとおりなだけに、気づかれないように今度は心の中でため息をついた。
月に二、三度、彪夏さんに連れていかれるセレブのパーティにはいまだに慣れない。

「……米沢牛すき焼き用」

ぼそりと落とされた単語に、耳がぴくりと反応する。

「米沢牛すき焼き用、買ってやろうと思ったんだがなー。
そうか、いらないか」

はぁっと残念そうに彪夏さんがため息をついた瞬間、彼の腕を取っていた。

「ほら、行きますよ。
あー、パーティ、楽しみだなー」

彪夏さんの腕を引っ張り、ぐいぐい会場へと入っていく。
台詞が若干、棒読みだが仕方ない。

「現金なヤツ」

笑いながら体勢を立て直し、彪夏さんは私をエスコートしてくれた。
 
今日のパーティは、若き実業家たちが集う会だった。
こちらの男性も、あちらの女性も、年収は億越えだと知り、私なんかがこんなところにいていいのか気後れする。
さらに。

「御子神社長」

大胆に太ももまでスリットの入った、真っ赤なドレスを纏った女性が軽く手を上げ、にこやかにこちらへと向かってくる。
しかし彪夏さんの隣にいる私に気づき、軽く眉をひそめた。

「……どちら様?」

あきらかに不機嫌なのを隠さずに、彼女が聞いてくる。

「婚約者の清子だ。
清子、『MOONムーンVenusヴィーナス』の美麗みれい社長だ」

「はじめまして」

「ふーん。
あの噂、本当だったんだ?」

私は挨拶したというのに、彼女は返さないどころか品定めするように視線を私の頭の天辺からつま先まで往復させた。
MOONVenusといえば老舗で大手の化粧品会社『月華堂げっかどう』系列の、若い世代向け商品を展開している会社だ。
若者向けにしては高めの値段設定で女性憧れのブランドだが、社長がこれだと幻滅しちゃうな……。

「ああ。
来年の春には結婚予定なんだ」

「へえ」

それは、私も同じ気持ちだった。
来年の春に彪夏さんと私が結婚するなんて初めて知った。

「ま、結婚しようと問題ないけど」

はぁんとバカにしたように彼女が笑う。
それを、笑顔を貼り付けて見ていた。
婚約者を前にして、不倫予告ですか?
いくら彪夏さんとの関係が嘘婚約でもいい気はしない。

「また連絡するわー。
……あ、西園寺さいおんじさーん!」

軽く手を振りながら去っていった彼女はすぐに次のターゲットを見つけたらしく、少し離れたところへいる男性のほうへと駆けていった。
彪夏さんに執着するような態度を見せておきながら、他にも本命がいるらしい。

「なんなんですかね、あれ」

「なんなんだろうな」

私は不快で堪らないのに、彪夏さんはおかしそうに笑っている。
嫌な気持ちにならないんだろうか。
もしかしたらもう、笑うしかできないとか?
彼にパーティへ連れていかれるようになって、ああいう女性はあとを絶たない。
私を婚約者にして女性避けにしたい彪夏さんの気持ちがよくわかった。
 
彪夏さんは顔が広いのであちこちで挨拶して回っているあいだ、私は料理を食べる。
せっかくの高級料理、食べないなんてもったいない。

目の前で焼いてくれるステーキを頬張りながら、辺りを見渡す。
誰も彼もおしゃべりに夢中で、料理に手を付ける人はほとんどいなかった。
このステーキだって待っている人は誰もいないから、私の食べ放題状態だ。

「おまたせ」

二枚目のステーキを食べていたら、彪夏さんが戻ってきた。

「清子、あーん」

しかも口を開けて、肉を食べさせろと催促してくる。

「自分で食べたらいいじゃないんですか」

などと言いながら、彼の口に肉を入れてやった。
前は絶対拒否だったが、最近はそれくらいしてもいい気分になっていた。

「俺もなんか食うかな」

お皿を持った彪夏さんと、仲良く料理のテーブルを回る。
オードブルのサンドイッチは乾燥してパンが反り返り、私の心が非常に痛む。

適当にお皿に料理を盛り、壁際にふたり揃って並ぶ。
 
「清子、盛りすぎ」

私のお皿を見て彪夏さんは笑っている。

「だって、もったいなかったから……」

がめついと言われているようで頬が熱くなった。
彪夏さんのお皿には三種類ほどが少量ずつ、お上品に並んでいる。
それに比べて私のお皿は料理がこんもりと盛られていた。

「そんなに欲張って取らなくても、料理は逃げないぞ」

「わかってるんですけど……」

育ちのよさが如実に出たお皿を、もそもそとつついた。

「なんか、誰にも振り向いてもらえない料理が可哀想で」

私が言った途端に、彪夏さんはぴたりと笑うのをやめた。

「可哀想、か。
確かにそうだな」

真剣な眼差しで遠くに並ぶ料理を彪夏さんは見ている。

「このまま残って、廃棄になるんだもんな。
清子の言うとおり、可哀想だ。
主催に次からは考えるように言おう」

なにかを考えるようにうん、うんと頷きながら、彪夏さんはローストビーフを口に運んだ。

「清子に言われるまで、俺はそんなことにも気づかなかった。
ありがとう」

にかっと笑って彼が私の顔を見る。

「べ、別に私はなにも」

赤くなっているであろう顔に気づかれたくなくて、俯いてひたすら料理を口に詰め込む。
そんなのは貧乏人の感覚だとか言わないで、ちゃんと考えてくれる彪夏さんは素敵な人だな。
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