清貧秘書はガラスの靴をぶん投げる

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

文字の大きさ
32 / 64
第六章 弟たちのため?私は……

6-1

しおりを挟む
彪夏さんと婚約して三ヶ月ほどが過ぎた。
暇さえあれば来ているんじゃないかという頻度で彼が実家にいるのも慣れたけれど、苦手なことがひとつだけある。

「……パーティ、嫌なんですけど」

会場の前で、わざとらしくため息をつく。

「……そのための婚約だろうが」

そのとおりなだけに、気づかれないように今度は心の中でため息をついた。
月に二、三度、彪夏さんに連れていかれるセレブのパーティにはいまだに慣れない。

「……米沢牛すき焼き用」

ぼそりと落とされた単語に、耳がぴくりと反応する。

「米沢牛すき焼き用、買ってやろうと思ったんだがなー。
そうか、いらないか」

はぁっと残念そうに彪夏さんがため息をついた瞬間、彼の腕を取っていた。

「ほら、行きますよ。
あー、パーティ、楽しみだなー」

彪夏さんの腕を引っ張り、ぐいぐい会場へと入っていく。
台詞が若干、棒読みだが仕方ない。

「現金なヤツ」

笑いながら体勢を立て直し、彪夏さんは私をエスコートしてくれた。
 
今日のパーティは、若き実業家たちが集う会だった。
こちらの男性も、あちらの女性も、年収は億越えだと知り、私なんかがこんなところにいていいのか気後れする。
さらに。

「御子神社長」

大胆に太ももまでスリットの入った、真っ赤なドレスを纏った女性が軽く手を上げ、にこやかにこちらへと向かってくる。
しかし彪夏さんの隣にいる私に気づき、軽く眉をひそめた。

「……どちら様?」

あきらかに不機嫌なのを隠さずに、彼女が聞いてくる。

「婚約者の清子だ。
清子、『MOONムーンVenusヴィーナス』の美麗みれい社長だ」

「はじめまして」

「ふーん。
あの噂、本当だったんだ?」

私は挨拶したというのに、彼女は返さないどころか品定めするように視線を私の頭の天辺からつま先まで往復させた。
MOONVenusといえば老舗で大手の化粧品会社『月華堂げっかどう』系列の、若い世代向け商品を展開している会社だ。
若者向けにしては高めの値段設定で女性憧れのブランドだが、社長がこれだと幻滅しちゃうな……。

「ああ。
来年の春には結婚予定なんだ」

「へえ」

それは、私も同じ気持ちだった。
来年の春に彪夏さんと私が結婚するなんて初めて知った。

「ま、結婚しようと問題ないけど」

はぁんとバカにしたように彼女が笑う。
それを、笑顔を貼り付けて見ていた。
婚約者を前にして、不倫予告ですか?
いくら彪夏さんとの関係が嘘婚約でもいい気はしない。

「また連絡するわー。
……あ、西園寺さいおんじさーん!」

軽く手を振りながら去っていった彼女はすぐに次のターゲットを見つけたらしく、少し離れたところへいる男性のほうへと駆けていった。
彪夏さんに執着するような態度を見せておきながら、他にも本命がいるらしい。

「なんなんですかね、あれ」

「なんなんだろうな」

私は不快で堪らないのに、彪夏さんはおかしそうに笑っている。
嫌な気持ちにならないんだろうか。
もしかしたらもう、笑うしかできないとか?
彼にパーティへ連れていかれるようになって、ああいう女性はあとを絶たない。
私を婚約者にして女性避けにしたい彪夏さんの気持ちがよくわかった。
 
彪夏さんは顔が広いのであちこちで挨拶して回っているあいだ、私は料理を食べる。
せっかくの高級料理、食べないなんてもったいない。

目の前で焼いてくれるステーキを頬張りながら、辺りを見渡す。
誰も彼もおしゃべりに夢中で、料理に手を付ける人はほとんどいなかった。
このステーキだって待っている人は誰もいないから、私の食べ放題状態だ。

「おまたせ」

二枚目のステーキを食べていたら、彪夏さんが戻ってきた。

「清子、あーん」

しかも口を開けて、肉を食べさせろと催促してくる。

「自分で食べたらいいじゃないんですか」

などと言いながら、彼の口に肉を入れてやった。
前は絶対拒否だったが、最近はそれくらいしてもいい気分になっていた。

「俺もなんか食うかな」

お皿を持った彪夏さんと、仲良く料理のテーブルを回る。
オードブルのサンドイッチは乾燥してパンが反り返り、私の心が非常に痛む。

適当にお皿に料理を盛り、壁際にふたり揃って並ぶ。
 
「清子、盛りすぎ」

私のお皿を見て彪夏さんは笑っている。

「だって、もったいなかったから……」

がめついと言われているようで頬が熱くなった。
彪夏さんのお皿には三種類ほどが少量ずつ、お上品に並んでいる。
それに比べて私のお皿は料理がこんもりと盛られていた。

「そんなに欲張って取らなくても、料理は逃げないぞ」

「わかってるんですけど……」

育ちのよさが如実に出たお皿を、もそもそとつついた。

「なんか、誰にも振り向いてもらえない料理が可哀想で」

私が言った途端に、彪夏さんはぴたりと笑うのをやめた。

「可哀想、か。
確かにそうだな」

真剣な眼差しで遠くに並ぶ料理を彪夏さんは見ている。

「このまま残って、廃棄になるんだもんな。
清子の言うとおり、可哀想だ。
主催に次からは考えるように言おう」

なにかを考えるようにうん、うんと頷きながら、彪夏さんはローストビーフを口に運んだ。

「清子に言われるまで、俺はそんなことにも気づかなかった。
ありがとう」

にかっと笑って彼が私の顔を見る。

「べ、別に私はなにも」

赤くなっているであろう顔に気づかれたくなくて、俯いてひたすら料理を口に詰め込む。
そんなのは貧乏人の感覚だとか言わないで、ちゃんと考えてくれる彪夏さんは素敵な人だな。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ピアニストは御曹司の盲愛から逃れられない

花里 美佐
恋愛
☆『君がたとえあいつの秘書でも離さない』スピンオフです☆ 堂本コーポレーション御曹司の堂本黎は、英国でデビュー直後のピアニスト栗原百合と偶然出会った。 惹かれていくふたりだったが、百合は黎に隠していることがあった。 「俺と百合はもう友達になんて戻れない」

【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―

七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。 彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』 実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。 ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。 口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。 「また来る」 そう言い残して去った彼。 しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。 「俺専属の嬢になって欲しい」 ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。 突然の取引提案に戸惑う優美。 しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。 恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。 立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。

普通のOLは猛獣使いにはなれない

ピロ子
恋愛
恋人と親友に裏切られ自棄酒中のOL有季子は、バーで偶然出会った猛獣(みたいな男)と意気投合して酔った勢いで彼と一夜を共にしてしまう。 あの日の事は“一夜の過ち”だと思えるようになった頃、自宅へ不法侵入してきた猛獣と再会し、過ちで終われない関係となっていく。 普通のOLとマフィアな男の、体から始まる関係。

【完結】付き合ってもいないのに、幼なじみの佐藤がプロポーズしてきた

ぽぽよ
恋愛
「俺らさ、結婚しない?」 三十二歳、独身同士。 幼なじみの佐藤が、たこ焼きパーティの最中に突然言い出した。 付き合ってもないのに。 夢見てた甘いプロポーズじゃないけれど、佐藤となら居心地いいし、給料もあるし、嫁姑問題もないし、性格も知ってる。 断る理由が、ない。 こうして、交際0日で結婚することが決まった。 「とりあえず同棲すっか」 軽いノリで決まってゆく未来。 ゆるっとだらっと流れていく物語。 ※本編は全7話。 ※スパダリは一人もいません笑

ハイスペックでヤバい同期

衣更月
恋愛
イケメン御曹司が子会社に入社してきた。

初めての愛をやり直そう

朝陽ゆりね
恋愛
高校生の時に恋・キス・初体験をした二人。だが卒業と共に疎遠になってしまう。 十年後、二人は再会するのだが。

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

不遇な令嬢は次期組長の秘めたる溺愛に絡め取られる。

翼 うみ
恋愛
父の会社を立て直す交換条件のため、ほぼ家族に身売りされた形で関東最大級の極道・桜花組の次期組長に嫁入りしたジェシカ。しかし母を亡くして以降、義母と義妹に虐げられていたジェシカは実家を出られるなら、と前向きだった。夫となる和仁には「君を愛することはない」と冷たく突き放される。それでもジェシカは傷つくことはなく、自分にできることを探して楽しんでいた。 和仁には辛い過去がありそれ故に誰のことも愛さないと決めていたが、純真で健気なジェシカに段々と惹かれてゆき――。 政略結婚から始まる溺愛シンデレラストーリー。

処理中です...