上 下
19 / 53
第5話 なんで邪魔されたって思ったんだろう

5-2

しおりを挟む
遅い昼食を近くの観光地で、檜垣さんと三人で取る。

「やっぱりあそこ、いいね。
近くにこんな賑やかな場所があるのに、静かで落ち着いていて」

観光地らしく……なのかはわからないが、昼食はうなぎだった。
個室で、高級うな重なんて贅沢、いいのか気になってくるが、有史さんも檜垣さんも普通だ。

「だろ?
四菱からぶんどって正解だっただろ?」

豪快に檜垣さんは笑っているが、ぶんどるって……?
「あのー、それって……?」

「んー、内緒」

いたずらっぽく笑い、檜垣さんが人差し指を唇に当てる。
おかげで、それ以上聞けなかった。

「そういえばあの赤い車、檜垣さんの車なんですね」

あの場にいたのが私たちと檜垣さんとなればそうなるが、それでも聞いていた。

「そう。
なに、夏音ちゃん、興味あるの?」

テーブルの上に腕を置き、檜垣さんが私のほうへ前のめりになる。

「あー、実は車を探していて……」

私の車を買う話は、有史さんがカタログを取り寄せたところで止まっている。
まあ、先週は有史さんの実家へ行ったし、今週はこうやって出張しているから、進まないのもあるが。

「あの車、可愛いなって」

赤くて丸っこいせいかテントウムシを彷彿させて、ちょっと気になっていた。

「フランスの車なんだけどさ。
乗り心地も悪くないし、小回りもきくし、俺は気に入ってる」

「へー」

なんか檜垣さんっていろいろ拘っていそうだし、その彼が気に入っている車ならそれなりのものなのでは?

「あれなら担当、紹介しようか?」

「えっ、いいんですか?」

と言いつつ、有史さんをうかがう。

「そうしてくれると助かるよ」

レンズ越しに目のあった彼は笑っていたが、それはまるで取り繕うようだった。

昼食のあと、檜垣さんとは別れた。

「チェックインの時間までまだあるし、どうしようか」

「そうですね……」

日帰りも可能だが、今日は新婚旅行をかねて一泊するようになっている。
偽装結婚なのに新婚旅行とは謎だが、これも有史さんなりの気遣いなのでいい。

「特に行きたいところもないなら、アウトレットモールでも行こうか」

「いいんですか?」

前の職場はとにかく忙しくて服を買いに行く暇もなく、少ない枚数をローテしていたので、新しい服を少し買い足したいところだ。

「うん。
じゃあ、決まりだね」

車を預けた駐車場に戻り、私たちは近くにあるアウトレットモールへ出かけた。

休日というのもあり、アウトレットは多くの人で賑わっていた。

「買いたいものはなんでも買ってあげるから、言ってね?」

「え、それは悪いです!」

着いてすぐに有史さんに言われ、慌てて断る。

「悪くないよー。
それに檜垣にも言われただろ、僕は夏音に酷いことをしているって。
その償いみたいなもんだし」

有史さんはもしかしてあれを、気にしているんだろうか。

「私は酷いことをされているなんて思っていません。
それより深里さんと有史さんの純愛を……」

いや待て。
純愛を見守りたいと思っているし、それに興奮しているなんて言ったら、ただの変態なのでは?

「あー、なんでもない、です。
あんな素敵な会社に勤めさせてもらえて、毎日美味しい食事を作ってもらえるってだけで、十分な見返りがありますよ」

結局、途中まで言って笑って誤魔化す。

「夏音がそう言ってくれるのなら、少しは救われるよ」

有史さんはほっとしたような顔をした。

ふたりでぶらぶらとショップを見て回る。

「ちょっと入っていいですか?」

シャツを主に、ビジネスライクな服を扱っている店が目に入り、立ち止まった。

「いいけど……」

承知しながらも有史さんが渋々なのはなんでだろう?

「シャツと……パンツは別の店でいいか」

ストライプやカラーシャツを数枚選んで有史さんを振り返ったら、なぜかため息をつかれた。

「あのさ、夏音」

さらに持っていたシャツを、彼は棚に戻していく。

「僕に選ばせてくれない?」

「はぁ……」

店員に会釈し、戸惑っている私の手を引いて有史さんは店を出た。
そのまま斜め向かいの、私は買わないフェミニンな店に入ってく。

「ああいうキリッとした服も、確かに似合うよ?
でも、夏音はもっとお洒落したほうがいい」

私をおいてけぼりで有史さんは服を選んでいる。

「ほら、これ着てみて」

「えー」

押しつけられたのは私は絶対に選ばない、ボリューム袖のブラウスとワイドパンツだった。

「そんな嫌そうな顔しないの」

強引に試着室に押し込められ、渋々それに着替える。

「……やっぱり無理があるって」

鏡の中の自分にはあまりにも似合っていなくて、苦笑いした。
正直に言えば、こういう服に憧れがないといえば嘘になる。
前の職場で、佳子や他のお洒落な女子が羨ましいと思っていた。
しかし、痩せぎすで背が高い私には、どんなに頑張っても似合わないのだ。

「……どう、ですか」

がっかりされるのを承知で、カーテンを開けた。

「うん、ちょっと後ろ向いて」

「はい……?」

わけがわからないまま、有史さんに背を向ける。
彼はひとつ結びにしてる私の髪をほどき、なにやらやっていた。

「ほら、これなら似合うだろ?」

声をかけられ、改めて鏡を見る。
きっちりひとつ結びだった髪は、ゆるふわに結い直されていた。
それだけで、服とあって見える。

「ほえー」

間抜けにも自分の姿を見つめていた。
私でもこんな可愛い服を着られるんだ。

「夏音がお洒落に興味がないなら、無理強いはしないよ。
でも、持っているものがけっこう可愛いのが多いし、こういうのが好きなんじゃないかな、って」

つい、自分のバッグの中を見ていた。
携帯のカバーを始め、パステルで花やリボンがあふれていればすぐにバレるか。

「これにします。
ついでに、髪のアレンジの仕方も教えてもらえますか?」

「もちろん」

有史さんが頷いてくれる。
これは恋愛フラグの立つイベントだが、彼は深里さんを今でも深く愛しているのでない。

他にも何セットか服を選んでもらい、メイクも少しだけ可愛いものに変えてみようと化粧品も選ぶ。
それらはすべて、有史さんが買ってくれた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

OLの花道

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:85

俺様御曹司に飼われました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:188

優しい彼

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:46

【完結】エリート産業医はウブな彼女を溺愛する。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:241pt お気に入り:335

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:23

改稿版 婚約破棄の代償

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:383pt お気に入り:857

処理中です...