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第5話 なんで邪魔されたって思ったんだろう

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有史さんの実家に行った翌週は、私が今抱えている案件、カドさんのオーナーに会うべく有史さんと出張だった。

「……同行なんて悪いです」

恐縮しきって助手席で小さくなる。
私ひとりで行くつもりだったが、有史さんは着いてきてくれた。

檜垣ひがきは癖が強い男だからね。
夏音ひとりだとなにかと大変だと思うし」

癖が強いは有史さんから彼の依頼の仕方を聞いているだけに、なんとなく納得してしまう。
檜垣さんとはカドのオーナーでクライアントさんだ。

高速での移動中、有史さんはこまめにパーキングなどに寄ってくれた。
私がトイレに行きたいなど言わないでいいようにかもしれない。
そういう気遣いは、好感が持てた。

高速を下りて少し走り、車は森の中に入っていく。

「インターからも近くて、車で五分も行けば温泉地、アウトレットモールと観光地は十分くらいかな?
とにかく立地がいいんだ」

行き止まりの開けた場所には、すでに赤の、コンパクトサイズの外車が停まっていた。
その隣に有史さんが車を停める。

「天倉さん!」

私たちが車を降りるとすぐに、有史さんと同じ年くらいの男性が近づいてきた。

「檜垣!」

有史さんと彼は互いに肩をバンバン叩きあい、とても親しそうだ。

「夏音、紹介するね。
cadeau de Dieuのオーナーで僕の後輩の檜垣だ」

「よろしく」

にかっと白い歯を見せて檜垣さんが笑う。
浅黒い肌でスポーツショートの彼は、いかにもリゾート地の経営者っぽかった。

「檜垣、岸辺きしべの後任の、古海夏美さん。
今回の件は彼女に任せてある」

「古海です!
よろしくお願いします」

檜垣さんに向かって頭を下げる。
結婚して姓は天倉になっているが、仕事上は旧姓を通すことで会社とは折り合いがついていた。

「それで、僕の奥さん」

「ふーん。
……はぁっ!?」

さらりと言われて檜垣さんは流そうとしたようだが、理解するとそういうわけにはいかなかったらしい。
目玉が落ちてしまわないか心配になるほど目を見開き、驚愕の顔で有史さんを凝視している。

「とうとう深里さんを吹っ切ったのかよ!?」

酷い驚きようだが、私も普段から散々深里さんののろけを聞かされているので、それはわかる。

「まさか」

「ならなんで」

「んー、結婚しないための結婚?
ポーズでも誰かと結婚してしまえば、もう母から結婚を勧められなくなるだろ?
それで夏音と、偽装結婚した」

有史さんの答えを聞き、檜垣さんの口からため息が落ちていく。

「……あんた、酷いことやってるって自覚あるのか?」

「あるよ。
だから夏音にはできる限りのことをするつもり」

有史さんは穏やかに笑っているが、それ以上はなにも言わせない空気を発していた。

「それに無理強いはしてないよ。
夏音も納得済み」

黙ってうんうんと頷く。
それで檜垣さんは気が抜けたみたいだった。

「だったら、いいけどさ」

ようやく笑った彼は、完全に呆れているようだったけれど。

整地が済んだだけの土地を見ながら、タブレット片手に打ち合わせをする。

「天使と天国ってお話だったんですが、それだとゴシックアンティークなイメージなんですが……」

ピックアップしておいた、該当する教会などの画像を檜垣さんに見せていく。

「んー、こういうゴテゴテしたのは違うんだよな」

それらを見て、彼は渋ーい顔だ。
カジュアルフレンチと聞いていたし、リゾート地レストレランとしては違うだろうなという私の勘は当たっていたようだ。

「もっとこう、……ふわふわ?」

「ふわふわ?」

出てこない言葉をどうにかしようと、檜垣さんは手でもやもやと形を作っている。

「店の名前、フランス語で『神様の贈り物』って意味なんだ。
だから、天倉さんにもっと具体的なイメージを出せって言われて、天使と天国って言ったんだけど……」

もどかしそうに檜垣さんは頭をガシガシと掻いていた。

「んー、神様の贈り物というと……小さな女の子が天使からプレゼントをもらう、……とか?」

今までもらったヒントから、イメージを膨らませていく。

「あー、それいい!
そんな感じ!
んで、その女の子が大人になって天使と再会……」

「森の小さな教会で!」

最後は、ふたりで仲良く同じ言葉を言ってしまい、顔を見合わせて笑った。

「将来的にはリゾートウェディングもできるようにするとのお話ですが……」

話しながらイメージにあう画像を検索していく。

「そうそう。
いっそ、小さな教会を建ててもいいかもな」

「となるとこんな感じですかね?
これはがっつりパステルですけど、くすみカラーでアンティークっぽく?」

見た目のイメージと色のイメージふたつの画像を交互に檜垣さんに見せる。

「そう!
こんな感じ!」

私の顔を見て彼は大興奮で、うんうんと何度も頷いた。

「スゲー。
夏音ちゃん、俺がなかなか上手く言葉にできないイメージ、的確にわかってくれるんだもんな」

「え、いや、そんな」

檜垣さんはしきりに感心していて、照れくさくなってくる。

「……はぁーっ」

ふたりでこれはどうだああだと盛り上がっていたらため息が聞こえてきて、その主を見ていた。

「仲がよくて羨ましいね。
おじさんはお呼びじゃなかったかな」

これ見よがしにまた、有史さんがため息をつく。
それにびくりと身体が震えた。

「おじさんって天倉さんと俺、ふたつしか違わないじゃねーか!」

同意だとこくこくと頷く。

「別に僕と夏音は偽装結婚だし、誰とどうなろうと関係ないけどね」

呆れたように有史さんは笑っている。
事実を言われただけなのに、責められているように感じたのはなんでだろう。
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