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第7話 なんで好きになったんだろ

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餅撒きならぬお菓子撒きが終わったあとは、片付けをして本日の宿泊ホテルへ向かった。
有史さんが手配したとなれば、前回と同じホテルになるわけで。
チェックインしたら前回と同じスイートに案内された。

「部屋に荷物置いたら来るわー」

ただし、檜垣さんとは別の部屋だ。

荷物を広げて必要なものを取り出したところで、檜垣さんが私の部屋に来る。

「なっつねちゃーん!」

「はーい」

そろそろ、このハイテンションも苦笑いで流せるくらいに慣れてきた。

「しっかし、スイート二部屋とか天倉さん、正気かよ」

檜垣さんは笑っているが、その気持ちはわかる。
今日の宿泊は有史さん持ちになっていた。

「ん?
こっちの部屋のほうが広くないか?」

確かめるように檜垣さんは部屋の中を見て回っている。

「やっぱ、こっちのかなり広いし、立派だよな。
あれかよ、俺は一応スイートで、夏音ちゃんには最上級って感じ?」

彼は不満げだが、有史さんがそんな差別をするんだろうかと信じられなかった。

「天倉さん、なんだかんだいって夏音ちゃんに甘いもんなー。
部屋が別なのもきっとあれだぞ、俺と夏音ちゃんが一緒の部屋で一晩過ごすとか自分が耐えられないから」

呆れたようにため息をつき、彼がソファーに座る。
どこの座ろうか考えていたら隣をぽんぽんと叩かれ、仕方なくそこに腰を下ろした。

「そんなはずないですよ。
だって有史さんは、私に檜垣さんを勧めてくるんですよ?」

檜垣さんはオススメだと何度か言われた。
それに私と有史さんとは愛のない偽装結婚だ。
私が檜垣さんを好きになってこの関係が終わったところで、母親避けがなくなったくらいでさほど問題はないはず。

「へー、あの人そんなこと言うんだ」

彼は苦々しい顔になったけれど、なんでだろう。

「ところで。
今日はいろいろ引っ張り回して悪いな」

気持ちを切り替えるように座り直し、檜垣さんがこちらを向く。

「いえ、全然」

自分の知らない業界の話を聞くのは楽しかったし、それに。
彼の仕事ぶりを見て好感度は上がった。
あんなに嫌々だったのに、来てよかったと思っているくらいだ。

「オープンしたら夏音ちゃんを一番に招待するな。
いや、いっそプレオープンで俺らの結婚式、挙げちゃう?」

想像しているのか、檜垣さんは酷く楽しそうだ。

「いや、それは……」

確かに今日は、彼に対する好感度は上がった。
しかし、それだけだ。
恋に鈍い私だが、それでもこの気持ちが恋心に変わらないのだけはわかる。

「楽しみだなー、夏音ちゃんとの結婚式」

そんな未来が来ないのはわかっていたが、私にははっきりと言う勇気がなかった。

夕食はホテル内のフレンチだった。

「九州の店も先週地鎮祭したんだ。
こっちも棟上げに招待するから、夏音ちゃん来てよ」

「考えておきますね」

ハイテンションに話をする檜垣さんに笑顔で相づちを打ちながら、私はまったく別のことを考えていた。

……有史さん、今頃あの家で、ひとりでごはん食べてるんだよね。

外食の可能性もあるが、深里さんと極力一緒に食べたいからなるべく家で食べると言っていた。
私がいなくてひさしぶりのひとりの食事を、彼はどんな思いで食べているのだろう。
少しくらい、淋しいとか思ってくれたらいいな。

「……ちゃん。
夏音ちゃん」

「……え?」

檜垣さんから名を呼ばれ、意識が目の前に戻ってくる。

「ぼーっとしちゃって、どうした?
もしかして疲れたのか?」

「あー、すみません。
これ、美味しいけど、どうやって作ってるのかなって考えていました」

曖昧に笑ってその場を取り繕う。
今、私が一緒にいるのは檜垣さんだ。
なのに、別の人を考えるなんて失礼に決まっている。
今日は有史さんを忘れよう。

食後、誘われてバーへ行く。
たわいのない話をしながら、お酒を飲んだ。
檜垣さんはウィスキー、私は甘めのカクテルだ。

「夏音ちゃんは、さ。
俺のこと、どう思う?」

聞きにくそうに檜垣さんが尋ねてくる。

「そうですね……。
強引で、押しが強くて……」

「それっていいとないじゃん」

悲しそうな彼を無視してさらに続けた。

「でも、物事に対して真剣な姿は、素敵だと思いました」

「夏音ちゃんが褒めてくれた!」

ぱっと花が咲くように彼が笑う。
そういうところか可愛くて憎めない、も付け足しだな。

「天倉さんのことはどう思ってるの?」

「有史さんの、こと……?」

どうして、そんなことを聞かれるのかわからない。
首が斜めに傾いたせいで、檜垣さんも斜めになった。

「檜垣さんが斜めだー」

それがおかしくて、ケラケラと笑っていた。

「……夏音ちゃん、酔ってる?」

「有史さん、れすよね?
奥様を今でも想ってるの、凄い純愛らなー、尊いなー、って。
でも、最近はそれを見てるのがつらいのは、なんれなんれすかね……?」

グラスに残っていたお酒を、一気に飲み干す。
前は尊いと思っていた彼の行動が、この頃はつらかった。
どんなに頑張っても、私は好きになってもらえないだと突きつけられている気がして。

……ああ、そうか。
私は――。

「……有史さんが好きなんだ」

自覚した途端に、バリバリと裂かれたかのように胸が痛んだ。
ようやくやってきた、私の初恋。
でも、この恋は絶対に叶わない。

「マスター、お代わり!」

ダン!と勢いよく私が置いた空のグラスを一瞥し、マスターは檜垣さんへと視線を送った。

「夏音ちゃん、そろそろやめたほうが……」

「なんれすか、檜垣さんも有史さんと同じで、保護者面れすか?」

じろっと睨んだら、小さく檜垣さんの肩が跳ねた。
彼が頷き、マスターが新しいカクテルを準備し始める。

「なんであの人、私なんか好きじゃないのに、優しくするんれすか?
罪悪感?
そんなの、全然嬉しくないれすよ」

ぐだぐだの私の話を、檜垣さんはウィスキーを舐めながら黙って聞いている。

「檜垣さんが私と仲良くすると、嫌そうな顔するのもわけわかんないれす。
そのくせ、すぐに逃げるし。
言いたいことがあるなら、はっきり言えってゆーの」

つい、人には言えない不満が漏れていく。
そのタイミングで、新しいお酒が目の前に置かれた。

「なんで有史さんなんて、好きになったんらろ」

出てきたお酒を一気に呷った途端、世界が反転した。

「きゅぅぅぅぅぅー」

そのまま、くたくたと身体が倒れていく。

「あぶねっ」

檜垣さんがそれを支えてくれたところで、意識が途絶えた。
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