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第10.5話 そのときは存分に僕を罵っておくれ

10.5-2

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母に連れていかれたあと、両親を説得した。
いろいろ行き違いはあったが、僕は夏音を愛している。
夏音と幸せになりたいと思っている。
――しかし。

「もう、そんな話は信じません」

ぴしゃりと母が、僕の説明を封じてしまう。
一度、嘘をついてしまった故だとはわかっている。
いくら深里を守りたかったからといって、偽装結婚などしてしまった自分が悔やまれた。

それにしては母とは違い、父は跡取りなど気にしていないようだったのに、今日は妙に歯切れが悪い。
どうしたのかと思っていたら、ガンが見つかったのだと聞かされた。
いや、正確には良性腫瘍だったのだが。
しかしそれで少し気弱になっていたところへさらに、父が死んでしまうと母が大騒ぎをしたため、どうも母の好きにさせているようだ。

渋々ながら見合いをした。
とはいえ、僕は離婚届に判を押す気は毛頭ないし、見合い相手とは絶対に結婚できないが。

母が連れてきたのは、旧華族のお嬢さんだった。
この時代に華族とは片腹痛い。
しかし、それは相手も同じだった。

「この時代に旧華族とか旧財閥とか、バカらしくありません?」

ふたりきりになった途端、辛辣な言葉を彼女が吐く。
さらに。

「私、彼女がいるからあなたと結婚する気なんてないの。
ごめんなさいね?」

まるで悪いと思っていない言い草に、反対に笑っていた。

「でも、悪いけど、しばらく隠れ蓑になってもらうわ」

彼女曰く、出奔して恋人の女性と海外で暮らす計画が大詰めを迎えているが、ここにきてどうもそれを親に察知されたらしく、妨害に遭っているらしい。
それでおとなしく見合いをし、親を騙そうと計画したそうだ。

「それはこちらも助かる」

できれば僕も両親に気づかれることなく、もう二度と彼らが口出しできない環境を作ってしまいたい。
そして夏音との幸せを掴むのだ。
そのための時間が欲しかった。

「じゃあ、交渉成立ね」

こうして僕と彼女は共犯関係になった。


携帯は母に取り上げられ、常に母の監視の目があったが、夏音との連絡手段がなかったわけではない。
しかし、しなかったのは計画の漏洩を恐れたのと、声を聞いただけですぐにでも彼女のもとへ帰りたくなるからだ。
今は優しさは必要ない、非情に徹しなければ。
……それでも。

もう一度、夏音が去っていった方向を振り返る。
いくら事情があったからといって、夏音はこんな僕を許してくれるだろうか。
ううん、許してくれなくてもいい、彼女が幸せでありさえすれば。
早く全部片付けて君のもとへ帰るよ。
だからそのときは存分に、僕を罵っておくれ。
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