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第一章 三千万の借金
1-3
どうにか定時までで仕事を終わり、昨日連絡を入れたキャバクラへと向かう。
即体験入店ではなく、会ってから決めるといわれていた。
「こりゃ地味なのが来たな」
私をひと目見るなり、年配の男性店長はあきらかにがっかりした顔をした。
「いや、昨日の電話からそんな気はしてたけどさ……」
煙草に火をつけ、面倒臭そうに彼が煙を吐く。
「なあ。
ここがどういう店かわかってる?」
「……わかってます、が」
少しでも印象をよくしようと、ピシッと姿勢を正す。
そんな私に彼はさらにため息をついた。
「自分が向いていると思う?」
「それは……」
正直にいえば、こんな事態でもなければこんな店で働こうとは思わないだろう。
いや、別にキャバ嬢という仕事を見下しているわけではない。
地味で実直、話の機転も利かないような私ができるような仕事ではない。
「わかってんなら帰りな」
邪険に彼が手を振り、背後で控えていた男がドアを開ける。
しかし私はここで引き下がるわけにはいかないのだ。
「そこをなんとかお願いします……!」
座っていたソファーから飛び降り、汚れるなどかまわずに土下座する。
「どうしてもお金が必要なんです……!」
ひたすら、額を床に擦りつけた。
雇ってくれるというのなら、その靴を舐めてもいい。
「ちょっ、やめてよ。
オレが悪いことしてるみたいじゃん」
私のあまりの勢いに店長は動揺しているようだった。
「まあ、金が必要っていうんなら……」
「雇ってくれるんですか!?」
期待を込めて頭を上げたものの。
「知り合いの風俗になら紹介してやらんでもない」
きっと彼としては親切心からいってくれているんだと思うが、できるのなら最初からそちらへ行っている。
いや、お金のためならそうするしかないのはわかっているのだが、やはり好きでもない男、しかも複数と身体を重ねるのは抵抗があった。
だからこそ、苦手だけれどここに来たのだ。
「そこをなんとか……!」
「えー」
さらに食い下がるが、店長はいい顔をしてくれない。
これはもう、諦めるしかないのかと思ったとき。
「てんちょー、シフトの件なんですけどー」
甘ったるい声とともに私とはかけ離れた派手な女性が部屋に入ってきた。
「あ、お話中?」
可愛らしく彼女が小首を傾げる。
それだけで絶対に男性にモテて、この店のナンバーワンなんだろうなと直感した。
「あー、もう終わる。
ほら、アンタには無理なんだからさ。
帰りな」
「試しにやってみないとわからないじゃないですか!」
しっしと追っ払うように手を振る店長に、さらに食い下がる。
「えー、なになに?
体験入店とかそういう話ー?」
女性が店長にしなだれかかる。
「そー。
レイカちゃんからも無理だって言ってやってよ」
店長は鼻の下を伸ばして彼女を見上げた。
「んー?
やりたいならやらせてあげたらいいんじゃない?
それで現実を見せてあげるのも、親切ってもんでしょ」
私へ視線を向けた彼女の目が、嫌らしくにたりと歪む。
親切どころか私を貶めて笑いたいのは理解していたが、それでも今は渡りに船だ。
「レイカちゃんがそう言うのならいっかー」
へらへらと笑いながら店長はあっさりと彼女の提案を承知した。
「ありがとうございます!
よろしくお願いします!」
店長の気が変わらないうちにお礼を言い、勢いよく頭を下げた。
「じゃあ、こっちー」
レイカさんに導かれ、女性たちの控え室へ向かう。
「メイクとヘアセット、しなきゃね。
今日は体験だからやってあげるけど、本入店になったら自分でやって」
「はい」
私を鏡の前に座らせ、彼女は私の眼鏡を外してメイクを始めた。
「肌は羨ましいくらい綺麗だよねー。
デパコスとか使ってるの?」
「デパコス……?」
それは少し考えて、ようやくデパートで買えるコスメ品だと気づいた。
「いえいえ!
ドラッグストアのプチプラ、しかも適当手抜きなので……」
基礎化粧は時短でオールインワンのジェルを塗っただけで、ろくな手入れはしていない。
「それでこれだなんて、ほんとに羨ましいー」
話ながらテキパキとレイカさんは私の肌に化粧品をのせていく。
「これは……化けたわね」
「へ?」
ヘアメイクも終わり、眼鏡をかけて鏡の中の自分を見る。
見慣れたお堅い黒縁眼鏡をかけた、美女がそこにいた。
「……誰?」
「誰って、アンタでしょ!」
「いたっ!」
おかしそうに笑いながら、レイカさんが背中を思いっきり叩いてくる。
……これが、私?
いやいやいや、きっとなにかの間違いだって。
「こりゃー、私もうかうかしてられないな」
渡されたドレスに着替える。
それは太ももにまでスリットが入っていて、酷く恥ずかしい。
そのうち、店長が様子を見に来た。
「こりゃ化けたな」
「ま、私ほどじゃないけどね」
じろりとレイカさんが、ぼーっと私を見ている店長を睨む。
咳払いをして誤魔化した店長も、私の変わりっぷりが信じられないようだ。
「この眼鏡がなければ最高だけどな」
「あっ」
私の顔から店長が眼鏡を取り上げる。
「それがないとなにも見えないので勘弁してください」
「……二割アップ」
私が渋っていると、店長がなにかぼそりと呟いた。
「眼鏡なしなら時給、二割アップしてやるんだけどなー」
「うっ」
ちらっと私に視線を向け、素知らぬ顔で店長が宙を見る。
喉から手が出るほどお金は欲しい。
しかし、眼鏡は死活問題なわけで。
でも……。
「……わかりました」
少しのあいだ悩んだあと、私は身の安全よりもお金を取った。
「よしっ。
これからよろしく頼むよ」
バンバンと私の背中を叩いてくる店長は、あれほど私を追い返そうとしていたのを忘れているようだ。
私としては助かるけれど。
即体験入店ではなく、会ってから決めるといわれていた。
「こりゃ地味なのが来たな」
私をひと目見るなり、年配の男性店長はあきらかにがっかりした顔をした。
「いや、昨日の電話からそんな気はしてたけどさ……」
煙草に火をつけ、面倒臭そうに彼が煙を吐く。
「なあ。
ここがどういう店かわかってる?」
「……わかってます、が」
少しでも印象をよくしようと、ピシッと姿勢を正す。
そんな私に彼はさらにため息をついた。
「自分が向いていると思う?」
「それは……」
正直にいえば、こんな事態でもなければこんな店で働こうとは思わないだろう。
いや、別にキャバ嬢という仕事を見下しているわけではない。
地味で実直、話の機転も利かないような私ができるような仕事ではない。
「わかってんなら帰りな」
邪険に彼が手を振り、背後で控えていた男がドアを開ける。
しかし私はここで引き下がるわけにはいかないのだ。
「そこをなんとかお願いします……!」
座っていたソファーから飛び降り、汚れるなどかまわずに土下座する。
「どうしてもお金が必要なんです……!」
ひたすら、額を床に擦りつけた。
雇ってくれるというのなら、その靴を舐めてもいい。
「ちょっ、やめてよ。
オレが悪いことしてるみたいじゃん」
私のあまりの勢いに店長は動揺しているようだった。
「まあ、金が必要っていうんなら……」
「雇ってくれるんですか!?」
期待を込めて頭を上げたものの。
「知り合いの風俗になら紹介してやらんでもない」
きっと彼としては親切心からいってくれているんだと思うが、できるのなら最初からそちらへ行っている。
いや、お金のためならそうするしかないのはわかっているのだが、やはり好きでもない男、しかも複数と身体を重ねるのは抵抗があった。
だからこそ、苦手だけれどここに来たのだ。
「そこをなんとか……!」
「えー」
さらに食い下がるが、店長はいい顔をしてくれない。
これはもう、諦めるしかないのかと思ったとき。
「てんちょー、シフトの件なんですけどー」
甘ったるい声とともに私とはかけ離れた派手な女性が部屋に入ってきた。
「あ、お話中?」
可愛らしく彼女が小首を傾げる。
それだけで絶対に男性にモテて、この店のナンバーワンなんだろうなと直感した。
「あー、もう終わる。
ほら、アンタには無理なんだからさ。
帰りな」
「試しにやってみないとわからないじゃないですか!」
しっしと追っ払うように手を振る店長に、さらに食い下がる。
「えー、なになに?
体験入店とかそういう話ー?」
女性が店長にしなだれかかる。
「そー。
レイカちゃんからも無理だって言ってやってよ」
店長は鼻の下を伸ばして彼女を見上げた。
「んー?
やりたいならやらせてあげたらいいんじゃない?
それで現実を見せてあげるのも、親切ってもんでしょ」
私へ視線を向けた彼女の目が、嫌らしくにたりと歪む。
親切どころか私を貶めて笑いたいのは理解していたが、それでも今は渡りに船だ。
「レイカちゃんがそう言うのならいっかー」
へらへらと笑いながら店長はあっさりと彼女の提案を承知した。
「ありがとうございます!
よろしくお願いします!」
店長の気が変わらないうちにお礼を言い、勢いよく頭を下げた。
「じゃあ、こっちー」
レイカさんに導かれ、女性たちの控え室へ向かう。
「メイクとヘアセット、しなきゃね。
今日は体験だからやってあげるけど、本入店になったら自分でやって」
「はい」
私を鏡の前に座らせ、彼女は私の眼鏡を外してメイクを始めた。
「肌は羨ましいくらい綺麗だよねー。
デパコスとか使ってるの?」
「デパコス……?」
それは少し考えて、ようやくデパートで買えるコスメ品だと気づいた。
「いえいえ!
ドラッグストアのプチプラ、しかも適当手抜きなので……」
基礎化粧は時短でオールインワンのジェルを塗っただけで、ろくな手入れはしていない。
「それでこれだなんて、ほんとに羨ましいー」
話ながらテキパキとレイカさんは私の肌に化粧品をのせていく。
「これは……化けたわね」
「へ?」
ヘアメイクも終わり、眼鏡をかけて鏡の中の自分を見る。
見慣れたお堅い黒縁眼鏡をかけた、美女がそこにいた。
「……誰?」
「誰って、アンタでしょ!」
「いたっ!」
おかしそうに笑いながら、レイカさんが背中を思いっきり叩いてくる。
……これが、私?
いやいやいや、きっとなにかの間違いだって。
「こりゃー、私もうかうかしてられないな」
渡されたドレスに着替える。
それは太ももにまでスリットが入っていて、酷く恥ずかしい。
そのうち、店長が様子を見に来た。
「こりゃ化けたな」
「ま、私ほどじゃないけどね」
じろりとレイカさんが、ぼーっと私を見ている店長を睨む。
咳払いをして誤魔化した店長も、私の変わりっぷりが信じられないようだ。
「この眼鏡がなければ最高だけどな」
「あっ」
私の顔から店長が眼鏡を取り上げる。
「それがないとなにも見えないので勘弁してください」
「……二割アップ」
私が渋っていると、店長がなにかぼそりと呟いた。
「眼鏡なしなら時給、二割アップしてやるんだけどなー」
「うっ」
ちらっと私に視線を向け、素知らぬ顔で店長が宙を見る。
喉から手が出るほどお金は欲しい。
しかし、眼鏡は死活問題なわけで。
でも……。
「……わかりました」
少しのあいだ悩んだあと、私は身の安全よりもお金を取った。
「よしっ。
これからよろしく頼むよ」
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